第10話 怪我

授業中に先生が声を上げ、簡単な持ち物チェックが行われたお昼。


お弁当を食べに行こうとすると、いきなり担任と副担任、生徒指導担当の教師数名が中に入り、大声で切り出してきた。


「全員席に着いて、机とポケットの中身を全部出せ! 持ち物チェックするぞ!」


結衣子ちゃんたちと顔を合わせた後、自分の席に着き、言われたとおりに持ち物机の上に。


先生たちはさっきよりも念入りに、一人1列をチェックし、生徒指導の先生は、周囲の動きをチェックするように教室中を見始める。


鈴本君は、さっき雑誌を没収されてしまったせいか、何の躊躇もなく机の中のものやポケットの中身を全て出し、お弁当を食べ始めていた。


「鈴本… お前終わるまで待ってろよ…」


「無理だよ。 腹減って死んじゃうもん」


鈴本君は悪びれる様子もなく、担任に向かってそう言い切り、お弁当を食べ続ける。


廊下から、他のクラスの子たちまでもが見守る中、持ち物チェックが行われていたんだけど、ライターを持っていた山田君だけではなく、たばこを隠し持ってた数名の男女は、その場で無期限停学を言い渡され、生徒指導の担当教師とともに、荷物を持って教室を後にしていた。



41名いたはずのクラスメイトは、この持ち物チェックをきっかけに、33名に。


一気に8人もの生徒がいなくなってしまったんだけど、停学を受けたほとんどのメンバーは、山田君と同じグループの子ばかり。


山田君と一番仲良くしていた藤村君や、とばっちりを受けて彼女が停学になった赤坂君、彼氏が停学になった青山さんは、八つ当たりの矛先を探すように、苛ついているようだった。



『とばっちり受けるの嫌だし、さっさとお弁当食べに行こ…』


静まり帰った教室の中で、お弁当を準備していると、突然、藤村君が怒鳴り声を上げる。


「おい! 大野てめぇ今何言ったよ?」


その声をきっかけに、教室の前のほうを見ると、同じ大野君は数人のグループの輪の中で、少し青い顔をしていた。


「…どうした?」


背後から井口君の声が聞こえると同時に、鈴本君が答える。


「大野が『煙草を吸うなんて、バカだのなんだの』って陰口たたいてた。 そりゃこうなるだろうな…」


「ふーん…」


井口君の言葉と同時に、藤村君はさらに大声で怒鳴りつける。


「大野! こっちこいよ!」


大野君は微動だにせず、ジッとうつむいて黙っていたんだけど、何度目かの怒鳴り声の後、いきなり泣き叫びながら、椅子を振り回し始めると同時に、いきなり腕を引っ張られ、床にしゃがみこんだ。


何が起きたのかもわからないままふと見ると、井口君が私をかばう様にしゃがみこみ、顔をしかめながら聞いてきた。


「…痛ぁ。 大丈夫か?」


大野君の周辺では、大乱闘が始まり、教師たちが教室に飛び込んできたんだけど、騒ぎは大きくなるばかり。


鈴本君は目の前で繰り広げられる乱闘を、全く気にする様子もなく、井口君に声をかける。


「康太、大丈夫?」


「マジ痛ぇ…」


「若菜ちゃん、康太のこと、保健室連れてってあげなよ」


「へ?」


「康太が盾になってなかったら、椅子が飛んできて大怪我してたかもしんないんだよ? それくらいあってあげなって」


「いいよ。 もう痛くねぇし、大丈夫」


辛そうな表情でそう言い切る井口君に、申し訳なさでいっぱいになってしまう…


『ナンパ目的なんでしょ? 下心しかないんでしょ? なんで怪我をしてまでかばうの? おかしくない?』


どんなに考えても答えは出ないまま、井口君の袖をぎゅっと握り、騒ぎにかき消されてしまいそうなほどの小さな声で切り出した。


「…保健室、行こ?」


「…はい」


井口君の制服の袖を引っ張ったまま、保健室に行ったんだけど、中年女性である養護の先生は電話中。


養護の先生が電話を終えた後、事情を話すと、先生は大きくため息をつき、井口君に切り出した。


「頭打った?」


「打ってない」


「痛みは?」


「ちょっとだけ」


「ここまで歩いて来れたのなら大丈夫だと思うわ。 急いで行かなきゃいけないから、三浦さん、湿布貼ってあげて頂戴」


養護の先生はそれだけ言うと、ロッカーから湿布を出し、救急箱をもって保健室を後に。


井口君と二人っきりにされてしまい、思わず立ち竦んでいると、井口君は突然ワイシャツのボタンを外し始める。


「ちょ! 何してんの!?」


「へ? 湿布貼るんだろ?」


「だからってなんで脱いでんの!?」


「痛いの背中だし…」


「せ… 背中?」


井口君はワイシャツを脱ぎ、背中を見せてきたんだけど、そこには内出血でできた赤い線が作られていた。


「内出血してる… 腫れはそこまで酷くないから、骨には異状ないと思うけど… 一応病院行ったほうがいいと思うよ?」


「大丈夫だよ。 湿布貼ってりゃ治るし」


井口君は笑い飛ばすように言い放つ。


「…ごめん」


井口君の背中に向かい、小さい声で告げると、井口君は笑い飛ばすように切り出した。


「気にしなくていいよ。 あ~、でも庇わなきゃよかったかもなぁ… そうすれば、俺が若菜ちゃんの背中に湿布貼れたし」


その言葉で鈴本君の雑誌のことを思い出し、思いっきり背中をバシン!と叩きながらシップを貼る。


「痛ってぇ!!」


「変なこと言うなバカ!! あんな雑誌見て、私に似てるとかホント最低!!」


「雑誌? え? なんで知ってんの?」


「鈴本君が雑誌を没収された時に言ってたの! 『若菜に似てて使える』ってどういうこと!?」


「ち、違うって! まだ使ってないから!」


「…まだ?」


「いや、これからお世話に…」


「最っ低!」


「ちょっと待てって! 冗談だってば!」


井口君は、教室に戻ろうとする私の両腕をつかみ、必死に抵抗しながら言い合いをしていると、養護の先生が戻ってきたんだけど…


井口君はワイシャツのボタンが全開。


しかも私の両腕をつかんでいたから、誤解を招いたようで…


養護の先生は、顔を引きつらせながら井口君に聞いてきた。


「井口くん? 保健室で何する気だったの?」


「え? ち、違うって! これはその…」


「三浦さん、戻っていいわよ。 井口君にはこれからゆっくり事情を聴くからね」


養護の先生に軽く会釈をし、一人、苛立ちながら保健室を後に。



『ちょっと見直したと思ったら… やっぱり最低最悪のナンパ師だ』


改めて確信し、苛立ちながら教室に戻っていた。

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