第8話 ゴールデンウィーク
選択授業の前に抜け出し、井口君と二人で保健室に行った日から数日後。
ゴールデンウィークを目前に控えたとある日、自宅に電話がかかってきた。
電話の相手は、お母さんの姉であるマリおばさん。
マリおばさんは、旦那さんとともに民宿を経営しているんだけど、ゴールデンウィーク期間に手伝いに来てほしいとのこと。
中学の時から、夏休みには、住み込みのバイトとして遊びに行ってたから、何の躊躇もなく了承していた。
ゴールデンウィーク前日。
1時間目の授業を終え、後片付けをしていると、唯一、普通に話せるようになった鈴本君が話しかけてきた。
「若菜ちゃんってゴールデンウィークどっか行く?」
「おばさんの手伝いに行くよ」
「なんかやってるの?」
「ん~とね…」
そこまで言いかけた時、井口君が教室に現れ、思わず口を閉ざしてしまった。
愛子から『健太君』の名前を聞き、思わず涙を流してしまい、井口君に付き添ってもらって以降、どんな顔をしていいのかわからず、井口君の前で言葉を出せないでいた。
「何? おばさん、なにやってんの?」
そんなことを気にすることもなく、鈴本君は異常な普通にくらいに話しかけてくる。
「何の話?」
井口君の声が聞こえた途端、居てもたってもいられずに、その場を後にしていた。
結局、鈴本君の質問に答えないまま放課後を迎え、夜には迎えに来たおじさんの車に乗り込む。
車に揺られて3時間ほど経つと、潮の匂いをかすかに感じ、波の音も聞こえてきた。
民宿から徒歩5分の場所には、海水浴場もあるし、釣りスポットも多いせいか、季節問わず休みの前日は基本的に満室状態。
4人部屋が4部屋しかないから、すぐに満室になってしまうのだけど、常連のお客さんがほとんど。
夏になると、釣り目的のお客さんだけではなく、海水浴目的の家族やサーファーのお客さんも来るから、かなり忙しい。
近所に住む、お母さんの妹のたえ子おばさんが手伝いに来ているし、夏の繁忙期にはお母さんも手伝いに来るんだけど、忙しさは変わらない。
連休中の平日で、お客さんの少ないときは、ずっと休みになるから、ひたすらペットの犬であるドンちゃんと遊んだり、釣りに行ったり…
それでも、メリットのほうが大きいから、断ることはなく、毎年決まった時期にはここに来ていた。
民宿の前に車を止め、荷物を持って中に入ると、マリおばさんが切り出してきた。
「若菜、ありがとね。 釣り目的のお客さんばっかりだから、そんなに忙しくないとは思うけど、よろしくね。 すぐにお風呂入れるから、入っちゃっていいわよ」
「わかったぁ~」
力なく返事をしながらカギを受け取った後、民宿を後にし、斜向かいにある倉庫のほうへ。
倉庫に近づくと、ハスキーと柴犬のハーフである、ドンちゃんがこれ以上にないくらいに尻尾を振ってくる。
「ドンちゃ~ん、久しぶりだねぇ! 元気だった?」
ドンちゃんはかなり興奮しているようで、尻尾をブンブンと振り回し、抱き着いてくる。
少しだけドンちゃんと戯れた後、預かったカギでドアを開け、2階に駆け上がる。
以前、住み込みのバイトを雇っていた時に、2階で寝泊まりできるように、おじさんが倉庫を改装し、部屋とトイレ、シャワールームを作ったんだけど、部屋ができると同時にバイトがいなくなってしまい、ここに寝泊まりしているのは私だけ。
荷物を置いた後、布団を敷き、すぐに民宿へ行き、天然温泉がかけ流しされている、おじさん手作りの岩風呂へ。
お客さんの利用時間はとっくに過ぎているから、誰かが入ってくることもなく、一人でのびのびとくつろいでいた。
貸し切りの広いお風呂に満足し、着替えた後にまた倉庫へ。
ドンちゃんは私を見るたびに、尻尾をブンブンと振り続け、後ろ髪をひかれる思いで2階に上がっていた。
翌朝は5時に起床し、入り口付近の掃除を開始。
履き掃除をしていると、釣り具を持ったお客さんが数名現れ、挨拶をしながら海のほうへ。
履き掃除を終えた後、軽く水まきをし、食事の準備を手伝っていた。
準備を終えた後は、掃除をしたり、洗濯をしたり、ドンちゃんのお世話をしたり…
嫌なことは完全に忘れ、悠々自適な自分の時間を過ごし続けていた。
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