③ ある王様との別れー1
今回は、500年くらい前の話。
(……と言っても、これを読んでるみんなにとっては約1万年後の話か)
これからの話は、もしかすると人によってファンタジーみたいに感じるかもしれない。でも、僕にとっては全て現実世界で起きた事だ。
ただ、信じる、信じないは好きにしてもらって構わない。何が真実で偽りかなんて、その時々で変わっていくし、自分が信じた物しか真実には成りえない。
例えば、はるか昔には天動説が信じられていたし、地球が丸いと思っている人は誰もいなかった。そう言えば分かると思う。
今では誰も信じていないが、昔はそれが真実だった。
そして、新しい論説は混乱を招きさえする。変化を恐れる人たちは、変化をもたらす人を殺すことだってあった。だからダーウィンは進化論を……
おっと、話がそれてきた。
申し訳ない。
僕の頭の中は、いつもこうして複数の思考回路が同時に動いてる。
だから、時々脱線するかもしれないけど気にしないでほしい。
では、話を戻そう。
500年前、エルディグタールという国で内戦が起きた。
内戦の中心はガーネットと言う人種。
人の命を奪い合う、地獄のような騎馬戦がしばらく続いた。
なぜこのような争いが起きたのか。
その理由は、ガーネットの生物学的特徴にある。
このガーネットというのは、魔法が使える。
ほかにも魔法を使える人種はいるが、ガーネットが一番魔力が強く、この国での地位も高い。しかし、魔力が高い変わりに肉体の消耗が激しく、寿命が25年しかないと言う特徴を持っている。
美しい宝石の名前とは裏腹に、醜い内戦の原因は、いつもこのガーネットだ。
もう少しだけ説明しよう。
魔法を使える人種は、一人につき一つ、魔石という不思議な石を持って生まれてくる。その石は、心臓と同じで失えば命を落とす反面、生前に贈与すると贈与された側の寿命が延びるというからくりがある。
その神様のいたずらが、生前贈与と呼ばれる魔石の奪い合いを生んでしまった。
倫理観に基づけば起き得ない内戦。
しかし、この世に魔法が出現してから、数百年に一回くらいのペースでこんな争いが起こっている。
人類は魔法を使えるように進化したと言うのに、浅はかな考えは一向に進化しない。正義と言う名の欲を振りかざして争いを繰り返す。
同じ人類として、非常に残念な事実だ。
だから、うんざりした僕は地下にある研究施設、トライアングルラボにこもった。
大好きな研究の時間を割いてまで、愚かな人間と関わる必要は全くない。
それに、外の様子は女性型アンドロイドのトワに偵察させれば録画機能で把握できる。今のところ、特にそれで問題はない。
むしろ、とても快適だ。
そう思って地下に潜伏し続け、内戦がひと段落したある日。
荒野を偵察していたトワが、興味深い映像を持って帰ってきた。
トワはいつも通り、見てきたことをホログラムの映像へと変換して目から映し出した。それを見た僕は、いつもと違う違和感を感じて映像を止めた。
「ん? ガーネットの子ども?」
焼け野原と化した山の斜面に、一人の子どもがいる。
再び映像を進めると、歩み寄るトワに気づいた子どもが驚いた顔で見上げた。
真珠のように真っ白なマッシュルームヘアと、宝石のような赤い瞳。
遺伝子の中でも、刺激の影響を受けやすい色素の遺伝子が、魔力の干渉で脱色を起こしている証拠だ。ガーネットで間違いない。
そして、身に着けているヨーロッパ貴族風の服装は、ある程度地位が高いことを表している。
いくら内戦が終わったとは言え、まだ国内では混乱が続いている。生き残った貴重なガーネットの子どもが、一人で山を歩いているなんて本来であればあり得ない。しかも、その少年は見たところまだ10歳程度。親の
「はい、
「新しい……芽吹き? 植物の?」
寿命が短いガーネットは大抵自分のことだけで精一杯で、他のこと、特に、なんの得にもならない植物などに興味を示した事例はない。
この違和感で、僕の中のスイッチが入った。
「面白い。是非この子に会ってみたいね」
翌日。
同じ場所に子どもはいた。
その少年は、黄土色の土がむき出しになった地べたに座り、熱心に何かを見つめている。
風が乾燥した土埃を巻き上げる中、遠巻きに少年を見つけた僕は意識的に明るく声をかけた。警戒心を解く、人当たりの良さそうな笑顔を張り付けて。
「やあ。君はこんな所でなにをしているの?」
子どもが驚いて僕を見上げた。
「わぁ! なんだお前は。昨日のトワと同じような髪の色をしているな」
「僕は龍人。トワの知り合いさ」
「……そうか、トワの知り合いか。私はゼファニア。ゼフでいい」
昨日、トワはこの子どもと上手く関係を築いたらしい。
警戒心のないゼフの様子に、僕は距離を詰めて隣にしゃがんだ。
「ゼフ、君はなにをそんなに一生懸命に観察してるんだい?」
「うむ。ここを見てくれ」
ゼフが指をさした場所には、三センチほどの小さな植物の芽が生えていた。
「何かの植物が生えてきている。ここはフモウの土地ではないと言うことだろ? じいやが言っていた」
「ふむ。これは、モメンヅルだね」
「モメンヅル?」
「うん。強い植物で、厳しい環境でも育つことができるんだ。二年くらいで紫色のきれいな花を咲かせる。そして三年くらいから種がとれるようになって、五年くらいで枯れるんだよ」
「ふーん。五年でだめになるのか。せっかく緑が増えると思ったのに、役に立たない植物だな」
僕の説明を興味津々で聞いていたゼフが、不服そうに唇を尖らせた。
「ははは。僕はそんなこと無いと思うよ。その間に沢山の種をつけて、自分と同じように強くて優秀な子孫を残すんだ。だから、自分が枯れた後も子孫がさらに種をまき、それを繰り返して緑を増やしていく。この荒れ果てたエルディグタールに必要な植物の一つだよ」
「……そうか。すごい植物なんだな、モメンヅルは!」
ゼフが嬉しそうに笑うと、かわいらしい歯が見えた。一本の乳歯が抜けた場所に、小さな永久歯が顔をのぞかせている。
「龍人は物知りなんだな」
「ゼフより長生きしてる分は知ってるかな。昔から植物を沢山育ててるから、植物の知識は結構持ってるよ」
「植物! 本当か⁉ 見せてくれ!」
思った通り、植物という言葉にゼフが食いついた。
今が好機と判断した僕は、さらに言葉を引き出そうと言葉を重ねる。
「ゼフは植物が好きなんだね」
「ああ。私は内戦中に生まれたから、かつての緑の大地を見た事が無い。じいやが言うには、生命力にあふれる木々はとても美しかったそうだ。だから、もう一度この国を緑でいっぱいにして、自分の目で見てみたい。……でも」
希望を語り始めたゼフが、一度言葉を詰まらせる。一瞬だけ寂しそうに瞳を伏せたが、すぐに元の元気な表情で僕を見上げた。
「それは難しいから、龍人の育てている植物を見せてくれ」
植物が育つには、人間が育つのと同じくらいの時間がかかる。
見渡す限り乾いた土がむき出しの大地。ここが緑でいっぱいになるにはある程度の年数が必要だ。
つまり、寿命が短いガーネットのゼフは、植物が大きく育つ前に命が尽きてしまう。きっとそれを理解してるから、寂しそうな表情をしたのだろう。
もし、ラボで育てている広大な植物園を見せたら、ゼフは一体どんな顔で喜ぶのか。そして、その経験はゼフに……ガーネットにどんな変化をもたらすのか。
興味の対象が定まった僕は、一片の迷いもなく返答した。
「良いよ、おいで。僕の
ゼフの宝石のように赤い目が、キラキラと希望の光を宿す。
そして再び、乳歯の抜けたかわいい歯をのぞかせて笑った。
この決断が、良くも悪くも僕とゼフの人生を変えることになる。
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