食事 電球 ゴミ捨て場

 食事で味がしなくなった。コロナの検査は陰性だった。いつの間にか食欲も落ちて、体重はいくらか減った気がする。食欲・性欲・睡眠欲は人間の三大欲求だとは言うが、今は睡眠欲以外あるとは言えない。

 通っているメンタルクリニックで味がしない事を相談したが、ストレス性だとしか言われなかった。味が可笑しく感じる場合は血中の亜鉛が足りなかったりするものなのだが、味がしない場合はそうなんだろう。

 好きだった料理もしなくなって、コンビニやスーパーで出来合いのお惣菜を買って、それさえ2日か3日に分けてではないと食べきれなくなった。

 私は食べる事も料理を作る事も好きだった。それなのに、今はどちらにも興味が持てない。


 仕事終わりにスーパーに寄る。惣菜の値引きはまだ始まっていない。もっとも、値引きされた物を数日に分けて食べていたら体調が可笑しくなりそうだし、していない。

 今日は珍しく定時で帰れたから、スーパーに寄ったのに、並んでいる惣菜たちはパッとしない。否、私の心が惹かれないだけ。


 結局、大きい出汁巻き卵と、缶チューハイを何本かだけ買って帰宅した。社宅のリビングの電気はイマドキの電気と違って吊り下げるタイプだし、古き良さなんてものを感じて笑ってしまう。

 食卓を囲む人なんて誰も居ない。今年28歳。独身。小さい頃の未来予想では後3年は早く結婚している予定だった。

 テーブルに買ってきた物たちを置き、米を仕込む。そして煙草を3本吸う。これが私のルーティン。少し頭がクラっとして、所謂ヤニクラと共に1本目の缶チューハイを開ける。

 米が炊けるまで、録画していたテレビドラマを流す。ドラマを流しつつも、手にはスマホを持って、ツイッターやらティックトックを見ている。


 小一時間待つと米が炊けたぞと、炊飯器が鳴る。よっこいしょと立ち上がると、米をよそい、買ってきた出汁巻き卵を3分の1だけ切って皿に移し、食事を始める。

 暖色系のライトに照らされた部屋に独り。温かみとは無縁。炊きたてのご飯だけが温かい。口に運ぶ、米、おかず、酒、それぞれはやはり味がしない。

 生きる為だけに取っているこの行動が気怠くて仕方がない。食感はまだある。だから、“砂を食べている~”なんて感覚ではないけれど、水分なしではどうしても何もかも、食べていてだんだんとモサモサとしてきて嫌になる。


 なんとか食事を終えて、5本空けてしまったチューハイの缶やら食器を片付ける。酒が足りていない。そんなわけない、顔は赤くなっている。それでも酔った気はしなくて、家にあるウイスキーに手を出す。炭酸水との1:1のハイボールを作って一気飲みする。すると身体が少し、酒というものに反応してきたような感覚になった。それからも。1:1の濃いハイボールを作っては、一気ではないが飲み続ける。ふと、壁に貼ったカレンダーに目をやると、明日は燃えるゴミの日だった。

 仕事と寝る事で精一杯だった私は、暫くゴミを捨てていなかった。単身なのもあるし、料理もしないから生ゴミなんかは気にならなかったが、いい加減、捨てないといけない。しかし、だ。酒をいつもより飲んでしまったせいで、明日の朝からゴミを捨てる余裕のある時間に起きれるのか、不安である。

 人間とは不思議なもので、意味の分からない時に焦燥感に駆り立てられる時があるのだ。別に、明日起きれなくてゴミを出せなくても困らないのに、いい加減ゴミを出さなければ、という考えで頭の中が一杯になっていた。


 ハイボールを4杯飲み終え、時刻は22時を回っていた。こんな時間だし、今のうちからゴミを出しに行っても、誰とも遭遇しないだろう。そう思い、私はゴミをまとめ、家から出る。

 おぼつかない足取りでゴミ捨て場を目指す。意識は若干朦朧としていた。私は3階に住んでいて、階段を下りる際に、ゴミ袋が邪魔で何度か転びかけたが、無傷で地上へと降り立ったのだ。


 ゴミ捨て場は、家から少し離れたところにあって、小屋みたいになっている。夜に来ると少し怖い場所ではあるのだが、酩酊している私には怖いものなんてなかった。ゴミを出し終え、小屋から出ると、持って出ていた煙草に火をつけ一服。

 やっと朝晩は過ごしやすくなってきた。10月でやっとだ。異常気象だ。そんな事を思いつつ、煙草を吸うのだが、酔った身体には思ったよりメンソールがキツかったせいで、小屋を照らす電球の下で私は吐いた。

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