晩夏 香水 洗濯物
大卒派遣勤め3年。日々の生活で精一杯だ。大学はちゃんと学びに行くべきところだと意識すれば良かった、だなんて後悔してももう遅い。4年間、遊び暮れて、趣味に暮れて、資格もロクに取らず、落単ギリギリの学生生活だった。
私の派遣先の工場の上司は高卒だ。私が大学で遊んでいる内にこの人は真面目に働いていたんだろう。学歴社会だ、とは言うけれど、蓋を開けて見ればそうでもない。
今日の勤務を終えて帰路につく。2時間の残業のせいか、帰宅ラッシュはとうに過ぎていて、車道は混んでいない。もう9月だと言うのに、夕暮れでもまだ暑さが残る。だってそうだ、勤務を終えて、帰りの車に乗り込んだ瞬間、車に篭った熱気に嫌気がさした。
私は職場では煙草を吸わない。喫煙所の掃除当番が回ってくる事が嫌だし、職場の人間に、出来るだけ良い印象を付けていたいから。
家に煙草はあと何本残っていただろうか。残業で疲れたし、今日の夕食はコンビニ弁当で済ませよう。
家までの道中にあるコンビニに立ち寄ると、いつもいる店員が「いらっしゃいませー」と機械的に挨拶をする。この店員は社員なのだろうか、フリーターなのだろうか。まぁ、どちらでもいいけれど、派遣社員である私との社会的立ち位置は然程変わらない。そう考えると虚しくなるし、相手の気持ちなんて考えず勝手に同情する。
時刻は20時を回っていた。置いてある弁当も少し数が少なくて、選ぶ楽しさはない。こんな時間に食べるものだから……、と表示されたカロリーを気にしつつも、結局1番安い弁当を買った。
他に軽く酒と菓子をカゴに入れてレジへと向かう。店員はにっこりと笑い、「お預かりしますね」と発し、レジ打ちを始める。
私は嫌いなんだ、さっさとレジ打ちを始める店員には、いつ煙草の番号を伝えればいいのかと。
「あ、あの、すみません、302番を1カートンでください」
「302番ですね、少々お待ちください」
家ではヘビースモーカーである私は、煙草は大体カートンで買うようにしている。最近は苦手だったはずのメンソールの煙草に戻りつつある。
「すみません……、今302番はカートンでなくって……」
煙草の棚を漁り終えた店員が申し訳無さそうに呟く。
「あぁ、全然、大丈夫ですよ。じゃあ並んでる分だけください」
「ありがとうございます」
煙草は6箱しか買えなかった。しかしまぁ、0よりマシだと思おう。会計を済ませ、私が店を出ようとすると、「いつもありがとうございます」店員がそう私に声を掛ける。「いいえ、こちらこそです」そう答え、店を後にした。
家に着いた。労働の疲れがドッと出てきてソファに倒れ込むともう身動きが取れない。それでも、今朝ベランダに干していった洗濯物を取り込まなければと、なんとか上体を起こし、ベランダへ向かう。朝干して、夕暮れに取り込むことができれば、まだあったかい~、お日様の匂い~、だなんておちゃらけた事も言えるのかもしれないけれど、私の洗濯物たちは既に冷えていた。
洗濯物を畳みながら弁当を温める。もちろん、温めの方が早く終わるから、ピーピーと電子レンジが私を急かすようにずっと鳴っている。はいはい、もう終わりますよ。
テレビをつけて、バラエティ番組を見ながらコンビニ弁当を食べながらビールを飲む。私の生活って、もっと華やかになるものだと思ってた。そう思うとどんどん虚しくなって、涙が零れ落ちる。ご飯の味だってしない、これが、これは鬱だって前から私は気付いてた。
それでも、生活のために仕事は辞められないし、辞めた未来が想像できないししたくもない。
味のしなくなった弁当を食べ終え、お風呂はシャワーで済ませた。髪を乾かす事もままならなくて、そのままベッドへダイブする。
あ、先日家に来た大学の同期のセフレの香水の香りがまだ残ってる。爽やかな香りに彼の顔が頭をよぎるが、きっと彼には本命の彼女でもいるのだろう。そう思える。だって、派遣の人間とだなんて、付き合いたくないでしょ。大学時代から遊ぶ仲だったから、それが続いている、それだけ。
夜は自己嫌悪で忙しい。9月中旬になってやっと少し過ごしやすくなってきた夜。手先と指先が冷えて、温めてくれる人はいない、虚しい晩夏。
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