雨・鯨・涙

 アル中パチンカスの私が風俗落ちすることは時間の問題だっただろう。


ニートの上、膨れた借金と、階段を転げ落ちてでもアルコールを求める日々。先日遂に家族に見捨てられた。

 いつもはあまり声を掛けて来ない母が妙にしつこくて喧嘩になった。とっくに家族は食事を終えた後、のそのそと起き上がって私にとっての朝食。時間帯では夕飯を、食べながらだった。きっと、母は身を切る思いだったのだろう。気まぐれでも私がさっき、ちゃんと働くとでも言っていたら、多分こんなことにはならなかった。

家から最低限の荷物と共に追い出された私は、公園のベンチに寝そべって宿を探す。23歳と若い私だ、さすがに野宿は気が引ける。クソ、どこも高いな。パチンコには余裕で注ぎ込む数千円も、宿代だと考えればケチになる自分に引きもしなかった。数分迷った結果、ネカフェを今夜の寝床に選んで、コンビニで小銭の分だけ酒を買い込み向かう。

年季の入ったビルの中にあったネカフェは小汚さがいい塩梅で、自分の部屋のような安心さを覚えた。悪くないかもしれない、それに、ここに連泊していそうな連中の顔は私より終わってる。確信出来る。

なんと幸せなことか! 絶対無いと思っていたのにこのネカフェの個室には鍵が掛けられるようになっていた。実家の自分の部屋には鍵なんてなかったし。感動しながらも、パソコンに向かい酒を飲む。

大きな画面と使いやすいキーボード。ヘッドホンもある。パチンコの動画を見たり、エヴァ見たりした。日付けが変わってしまったけれど、起きて数時間しか経ってないからまだ眠くない。千円に満たない量の酒じゃギリ手の振るえが収まったくらいで酔いには達しない、完全に素面で鬱になってきた。

 ……これからどうしようか。ネカフェ生活をしようにも、所持金なんて雀の涙だ。手っ取り早く稼ぎたいし。しょうがない。

 私は軽快なタイピングで風俗サイトを調べる。はぁ、今は全寮制と言ってもマンションやアパートの一室が借りれるようになっているのね。よく分かんないから適当に決めよう。

 寮のある風俗店を適当に比較した私は即入店可能な店にメールを入れる。すると小一時間で返信が来て、明日、五反田のピンサロに体入することが決まった。

 ――余裕じゃんね。体入を終えた私は、報酬を手にネカフェに帰る。入寮は保留にしつつ、とりあえず入店だけにすることにした。日給でここの代金くらいはしばらく払えそうだし。



 数日間、割と頑張って働いていたけど、結局飛んだ。母にあれだけ泣かれても、私の決意とはその程度だったんだ。そもそも、借金返すために働いたんじゃなくて、日銭のためだった気がするし。とにかく、もう面倒になった日から店の電話を着拒にして、パチンコに給料を全ツッパしていた。

「ねえ、雨桐ちゃん、ねぇねぇ」

 エヴァの台で必死に打っていると声を掛けられる。確変中ではないので、声の方向へ目をやると、隣の見たこともないアニメの台で打っている男から声を掛けられていたようだ。

「なんでしょうか?」

「昨日五反田で見たんだけどサ、○○ってピンサロの子でしょ?」

「はぁ」

 風俗に働いてる女にわざわざ突っ掛かるなんて頭沸いてんのか? てか雨桐ちゃんってなんだよ。

「数日前に店入ってくの見たし」

「それなら、もう飛びました……」

 私がそう言うと、一瞬目を真ん丸くした男は笑っていた。

「マジ? やるね」

「はぁ」

「もー、はぁばっか言わないでよ!」

 私の返事に満足できなかったのか。めんどくさいな。

「でも、話すこと、ないですし」

 正直に一言。確変きてたら絶対無視してたのに。てか無視すれば良かった。こっちが少し答えるだけで、ワンチャンあるとか、もしかして思ってる?

 明らかに不機嫌な私を見て、男は真面目な表情になってこちらを見る。顔を正面から見れば、今まで見えなかった左目は違和感がある。上下左右に瞳が動くとき、右のように動いていないのだ。あぁ、もしかしなくても片盲目者。

「確かに、でも俺にはあるんだよね。実は俺、○○とかの系列店のオーナー」

「……」

 義眼を見ていると衝撃の一言が頭を劈いた。新手のナンパとかだと思っていたのに。疑わしくはあるけれど、この男が言ったことが本当なら、私ちょっと立場的にヤバいのではないか?

「飛ぶのは良くないよ、連絡しなきゃ。新人の子だ! と思って話掛けたのに」

「なんかごめんなさい」

「まぁ、別に俺はメーワクしないから良いけど。店は困るから」

「そうですか」

「何それ、自分のことだよ。分かってる? 今回は特別、俺が飛んだこと連絡しといてあげる。寮には?」

「入ってないです」

「そう、オケ、わかった」

 男は胸ポケットから取り出したスマホで、誰かにラインでメッセージを送った。そして、QRを表示して私の目の前に掲げる。

「これ、追加して、ほら」

「えぇ……なんで」

 露骨に嫌がる私に、無理やりラインを交換させた男は、いさな、と言う名前で登録されていた。

「またお金に困ったらいつでも連絡してよ」

「はぁ。ありがとうございます……?」

「なんで疑問系」

 いさなは、これから店回ってくるから! と言い残して去っていく。玉を置きっ放しにしていたので、私はありがたく頂戴した。

 1人に戻って、数分後に確変に入った私は閉店まで粘っていくらかのあぶく銭を得た。

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