三題噺まとめ
Licca
タオル・霧・振動
こんな寂しいところに引っ越してくるんじゃなかった。
1人暮らしの渋谷の1K、時刻は深夜2時、YouTubeを聞き流しながら私は頭を抱える。
高校を出て、専門学校への進学のために上京した私は、最近ホームシックになっていた。別に田舎が好きだったわけではない。もっとも、私が気付かなかっただけで、近所付き合いなんてちょっとした事で起きる水面下での殴り合いも少なくなかっただろうし。
ただ、ここまで人と人が無関心なのかと、虚しさを覚えてしまって、時々どうしようもなくなる。
仲の良い友達は今どうしているんだろうか。単身で飛び出した故郷の友人も、今となっては連絡さえ取らず、この東京の地で出来た友人もまだ付き合いは浅い。誰に電話したって今更、こんな時間なんだし、出てくれる人もいないだろう。
きっと中学生くらいから夢に見ていた声優を目指して進学した専門学校も、今となっては卒業こそ出来そうではあるが、その先が輝いているようには見えない。学校に行ったからと言って、すぐに事務所に所属出来るわけでも、アニメの主人公に抜擢されるわけでも何でもないもの。
オーディションとか、結局それが全て。しかも声だけじゃなくて、2.5次元とか謳って顔の良さ、スタイルの良さまで求められる時代だし。
必死で掴み取った奨学金は、今の生活になって見れば、学費を賄えるかすらまちまちだし、仕送りなんてない現状じゃ、自分の容姿にまで気を遣う余裕なんてない。
隣接したビルの壁しか見えない窓のカーテンは暫く開けていない。ベッド周辺の生活スペース以外には埃が積もり始めている。本当は今頃、色々頑張っていたはずなのになぁ。
スマホの画面越しの楽しそうな人たちは、動画で成功しなかった何人の人たちの上に立っているんだろう。いっそ、自分も動画でやっていければ……なんて思いもしたけれど。この仕事も声優と同じで、全ての人がキラキラと輝けるわけではないんだ。
上京して割とすぐから、毎晩こんな感じだ。成功している人たちだけ見つめて、自分の現状とか周りの同じ立場の人たちからは目を背けて、大した努力もせずに結果だけ欲しがっている。だって、もっと時間があれば、お金があれば、努力出来るはずなのに、ってそれも言い訳で、怠惰なのは分かってる。もう死にたい。
死にたい深夜のルーティンは水商売の体入サイトを巡回する事だ。病んでる音楽を聞きながら自分が救われる事を願ってる。
布団に入って、ガールズバー、キャバクラ、ピンサロ、デリヘル、ソープランドの店々を丁寧に比較する。それでも不安と寂しさと焦燥感が収まらなければ、家を飛び出す。
今日は、結局深夜徘徊をすると決めた。
田舎にいた頃と違って、今は何時に外に出ても外は明るかった。ふと暗闇に飲まれて死んでしまいそうな恐怖はどこにもなくて、その代わりに生身の人間への恐怖が生まれていた。だってそうだ。こんな時間まで外で何かしている人が、一般的な生活をしているとは考え難い。昼間の無関心な人々とは違う事くらい、理解している。だから私は街の影に溶け込んで、なるべく気配を消して何事にも無関心になって歩く。
グルグルと考え事をしながら無心に歩いていると、もう新宿まで辿り着いていた。夜の街である歌舞伎町はコロナウイルスのせいか、以前より賑わいは少ない。
こんな所にまで来てしまっていたなんて。さすがにもう帰らなければ。そう思って来た道を引き返そうとすれば、少し奥の路地が目に付いた。
光ってる……?
まるで蛍のように微弱に光る何かは、街に落ちた影の中では際立って、それが気になった私は、少し怯えながらも路地に近付き目を凝らす。
人……?
近付けば暗闇の中から人影が浮かびあがって、壁にもたれて座っている誰かがいることが分かった。謎の光は、その人の髪の色、なのだろうか。どう見ても頭部から発光している。
変出者かもしれないと思いもしたけれど、もしも酔っ払って路地で寝ているような人だったなら、声を掛けてあげた方が良いかもしれない。人に関心を持たないこの街で、私は出来心に理由を付けて、路地に入って行った。
暗い路地には鼠がいて、ゴミを漁っていた。驚きはしたが、スマホのライトで照らせば散って行った。そのまま、私は人影のあった方向を照らして見る。
するとそこには、見間違いでもなんでもなく、1人の人が座ったまま、眠っていた。
ライトでは起きるような気配はなかったから、更に近付いて見ると、銀髪の美しい若い男性だった。光っていたのは、この髪の毛だったのか。
顔を良く見ると本当に美しい。どこかのホストにでもいるのだろうか。精練されたような整ったその容姿をまじまじと見ていると、おかしな点に気付く。男性は顔に痣があり、腹部からは血が流れていた。
え、もしかしてこれって何かの事件だったりする?
てんぱった私は、急いで持っていたタオル地のハンカチで腹部を押さえてみる。幸いにも流血は収まっているのか、ハンカチに若干の血が付着したものの、出血多量の心配はなさそうだ。周りに流れた血の量と傷の浅さが矛盾しているような気がした。
「おい」
「?!!!」
安堵した私が、救急車を呼ぼうとした瞬間にどこかから声が聞こえて振り返る。男性が目を覚ましたようだ。
「お前、救急車呼んだのか?」
「い、いえ……、これから呼ぼうとして」
「なら余計なお世話だ。呼ばなくていい」
「え、でも」
「いいから」
睨み付けられて、萎縮した私は彼から目を背ける。
「あの、本当に大丈夫なんですか」
「大丈夫だし、お前がどこの誰かも分からんが、今日この事は全て忘れろ、何も見なかったんだ、口外でもして見ろ、そうしたら俺はお前を従えにくるからな」
「え……」
彼の言葉を理解出来ずにいた私を残して、彼は突如に現れた霧の中に消えてしまった。私の持っていたハンカチに付着していた血の一滴さえ残さずに、一瞬にして消えたのだ。
……従えるって、もしかして。霧が晴れてから全てを察した私は、鼓動が脳まで振動させる程、彼に何かを感じていた。
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