第2話 魔法剣士だった俺の話 2
あれは魔王討伐の旅の三年目の出来事だった。
トトラム遺跡のダンジョンで、俺一人だけトラップにかかって地下六十階層まで落ちてしまった。
その頃はまだ瞬間転移魔法を取得していなかった俺は散々迷ったあげく、隠し扉の奥の部屋にいたリッチと遭遇してしまった。
俺とリッチは七日間ぶっ続けで戦った。
不眠魔法のおかげであんな無茶なことができたのだと思う。
闘いは全く決着がつかず、最後にはなぜかお互い笑って肩を組み、七日間に及ぶ激戦を称え合った。
死闘を乗り越えたおかげでモンスターとの間に友情が芽生えた気がした。
「いやはやこの魔力量に魔法のレパートリー、それに劣らぬ剣の腕前。こんな強者に出会ったのはこの八百年で初めてよ。気に入ったわい」
「おっさんこそ、魔法耐性が高すぎて俺の攻撃がかすりもしなかったよ。こんなにしぶとい敵は初めてだった」
「お主、聖属性魔法が使えないんだろう?もしお主の魔力量で使えるならわし、とっくに浄化されとるよ」
「ああ、聖属性魔法の練習しとけばよかったよ。待てよ、ということは、俺のパーティーの僧侶がいたら、おっさんでも何ターンかであの世に行ったかもな」
「ほう。ソロ冒険者じゃなかったのかい」
「パーティーで魔王を倒す旅に出てるんだ。たまたまこのダンジョンで仲間とはぐれておっさんに出くわしたんだよ」
「魔王退治か。わしの知ってる奴からは代替わりしとるかもね。奴なら弱点教えてあげるんだけど」
「いや大丈夫だ。俺にはとんでもなく強い仲間達がいるからなんとかなるよ」
突然、リッチのおっさんが黙りこくって、俺の顔をじっと見つめたような気がした。
目の部分が真っ黒な空洞のドクロ顔で表情が全く読み取れない。
おっさんはいきなり立ち上がり、さっきまでの激しい戦いで倒れた棚まで近づいた。
散らばった数々の魔道具の残骸から、骸骨の指で何かを取り出し、俺の隣に戻ってそれを差し出してきた。
「これあげる」
「なんだそれ?魔法のスクロールか?」
リッチのおっさんの骨だけの掌の上に乗っているのは、たった数巻きの小振りのスクロールだった。
かすかな魔力を感じるが、どういった類の魔法か全く見当がつかなかった。
「あのねわしね、魔法の研究の追求のためにどうしても死にたくなくて、ハンサムなリッチになる方法を探したけど、見事に実験失敗でこんな無茶苦茶怖い顔になってしもうて」
おっさんが突然、過去話を語りだした。
「弟子もみーんな怖がるようになったもんだから、何百年も地下に引きこもって研究に明け暮れる日々よ。けれど未だにハンサムリッチ魔法もハンサムリッチ整形魔法も完成してないし、後悔しっぱなしでの」
何百年もの昔に思いを馳せているかのように上の方を見つめている。
ハンサムになった自分の姿を未だに夢想しているのだろうか?
「その代わりに開発に成功したのが転生魔法なんよ」
「転生魔法?そんなの可能なの、か……。んぅふ……」
「理論上はできるのよ。リッチになった時の魂の変換の魔法陣をちょいといじってな」
「そんな簡単に……?い、意味が分からん…ふあー、ぁ」
「ところがわし、アンデッドだから死ねなくて転生しようがないんよ。ちょっと最近独りぼっちも寂しくなってきたから、お主が殺してくれるかなってちょっぴり期待したけどやっぱり死ねないし」
七日間の闘いの大部分がリッチのおっさんの、よしこーーーい、ばっちこーーーい、まだまだいけるーーー、で俺のターンばかりだったのはそういうことだったのか、って、目の前がグラグラしてきた……。
「どうやらお主、不眠魔法が切れかけてるな。本題に入ろう。お主、魔王相手に死ぬ覚悟はあるとは思うが、実際仲間の僧侶の蘇生魔法を当てにしとるだろ?」
「ぁふわぁ……もう一回かけてもらった……」
「そうなのか。ところが首と胴体が離れたら蘇生魔法は使えないのは知っとるの?」
「う、そ…知らなかった…」
「だろ?だから、これに名前を書いて血印押しとけは、たとえ体がバラバラになっても勝手に感知して発動して転生できるぞ。そしたらまた魔王に挑戦すればいい」
おっさんはスクロールを両手で広げた。
眠気でぼんやりしか見えないが、余り大きくない羊皮紙の上にびっちりと描かれた魔法陣と文字が見えた。
「眠くて頭がガクガクしとるが、寝る前に名前を今書いとけ。後で気が変わったりせんうちにな。わし、研究者だから、懐にペン持っとるよ」
「ん…あ…そっか…?」
なんか、実験台にされようとしている……?
というか、蘇生魔法が使えるぐらい綺麗な体で死んでも転生してしまうのか?
だが、七日間の不眠魔法が切れた反動の強烈な睡魔で頭の中がぐわんぐわんしていて、もう細かいことは考えられなかった。
どうせこんなの引きこもりのおっさんの空想の産物だ。
俺はリッチのおっさんに言われるがままスクロールの一番下のスペースに自分の名前を書き、その上に俺の剣先で刺した指をなすりつけ、血液を羊皮紙に染み込ませた。
「よしよしこれで完了。危険な旅で命を落としたらお主の才能がもったいないからなあ。わしは死ねない以前に骨になって血が出んから、自分用のスクロールに骨削って粉をなすりつけたけど、仮に死ねたとしても自分に術が発動するかぜーんぜん分からんし、ダンジョンの魔物は殺したら姿が消えて成功したっぽいけど、転生先がさっぱり分からんから実験が成功したか確かめようがないし。お主もどこに転生するか一切保証できんが……、ん、寝たか。なんか布でもかけてやるか、わしベッド持ってないし……」
おっさんの独り言を聞きながらついに俺は意識を失い、目覚めた時はすっきりしていた。
どうやらおっさんは俺を転生魔法の実験のために殺さなかったらしい。
寝っぱなしの俺に何の危害も加えなかったおっさんともう少し話したかったが、俺はすぐダンジョンを去ることを告げた。
まだ四大魔族将軍の部下の獣魔十六衆や鬼道軍団すら倒していなかったからだ。
ダンジョン地下六十階層からの抜け道を教えてくれたリッチのおっさんは、別れ間際に手を振りながら淋しそうに言ってきた。
「今度はぜひ仲間と一緒に遊びにおいでな。後な、万が一転生に成功してわしのことを覚えていたら、ぜひ報告しに来てくれ。短い間だったが話し相手がいるのは楽しかったぞ」
「ああ、約束する。パーティーに合流したら、僧侶に魔王討伐の後におっさんを浄化するよう頼んでやるよ。転生なんて正直よく分からないが必ず新しい姿を見せに来るよ、ありがとう、またな」
俺はダンジョンを後にし、無事パーティーに再会し、更に五年の旅を続けた。
腰に下げた空間拡張バッグに転生魔法スクロールを入れっぱなしにして。
転生魔法剣士の居場所探し 犬城たつき @Tatsuki_Inushiro
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