諦めない為に諦めた
目を開けると、医務室の天井と改の姿が見えた。
「八日さん。目が覚めましたか、現状は把握できます?」
小さく頷く。
それから、僕は弱いままで良いのか、守られるだけの立場であり続けていいのか、考えた。
自分はどうして生きたいと願うのか。決まっている、好きな人と共にいたいからだ。なのにどうして死を願うのか。こんな世の中を全て放棄してしまいたいからだ。いずれも生きなければできないことではないのか。生きることに必要なものは何だ。今の世の中生き残れる者は強い者ではないのか。
起きて、歩き出す。
「かやねの元に行く」
人を散々好き勝手してきたあいつのことだ、きっとこれからも弄り倒して嗤うのだろう。
それでもいい。
● ● ●
「お久しぶりです! もう大丈夫なんですか?」
最後に見たのはいつだったか。覚えていない羽翠の言葉には返さず、真っ直ぐ嫌な男の元に向かう。
「かやね」
名を呼ぶとゆっくりその顔をこちらに向けてきた。今でも好きになれない、恐らく向こうも好きじゃないだろう。けど、それは今どうでもいい。
心音の叫びを、今鳴らそう。
「僕に強化装備を頂戴。身体に負担がかかる物でも良い、生き残れるならなんだっていい。それから……僕を亜人にして」
「そんなの、あたしは許さないから」
割って入ったのは、大好きな声だった。
陽花達の元へやってきて、ニワトリ帽子の下で真っ直ぐかやねに対抗心を見せる。
「負担を考えて、体にも精神にも触るよ。……陽花、頑張るのは良いけど限度を知りな」
「限度を知れ……?」
「陽花、」
「限度が分かってるからそれを超えようと頼みに来てるっていうのに……、亜人になると戻れなくなるし失うものも多いってこと分かってる、それでも、それでももう嫌なんだ、っ、守れる立場でい続けて、陽花の為に死んじゃうとか、そういうの、嫌なんだよ!! 分かったら止めるな!」
不意に軽快な音が鳴る――頬を叩いたお姉ちゃんは、静かに最後の一言を告げた。
「自分のしたことで大切な人が悲しむかもしれない、それも想像してから決めなさい」
陽花が詰まってしまう。動揺と共に目を瞬かせて、周りの表情を確かめる。
怒りからか、少し震えているお姉ちゃんは今にも泣きそうにも見えるし、近場でおろおろと様子を見守っている羽翠は、何処か心配そうだった。
「はあ……」
陽花の思考を溜息の音がかき消す。視線をそっちへ向けると、手招きをされた。
「かやねくん……」
「何、言わなきゃ分からねえの? どー茶番したって結局は八日チャンのご決断次第なんだよ。分かったら黙りな第三者」
お姉ちゃんに暴言を吐くかやねに、陽花は眉を潜めつつも近付いた。陽花が従えば、かやねは矛先を陽花に変える筈だ。
狙い通り、屈んだその高い体躯に囁かれた。
――『他の皆に手を出すな』って言ってたよね。まだ嫌だって思ってるなら協力しなよ。あのオネーチャンも狙おうと思えば狙えるんだけど。俺今虫の居所悪いしさあ。ね?
「人間のまま返せば文句はないでしょ?」
陽花に執着したまま、かやねは小さく笑う。
(……これでいい)
よーかの価値は、命は、人生は、これからもこの男のものなんだ。
陽の中に散る花よ 青夜 明 @yoake_akr
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