流れるように

 傷だらけの陽花を抱えてくれながら、直属の上司の真継靖流くれきしずるが言った。


「その怪我が治ったら、極秘の任務に行くぞ」


 陽花は、ああ、と呟く。

 やられた分はやり返さないと。



 ● ● ●



 大っ嫌いな橙色が滲んできた青空の下で、敵に囲まれて立つ陽花の役割は、案外単純だった。

 敵の攻撃を避けて、避けて、避けて、短剣を構えて振りかざす、ぶん投げる、避ける、詰め寄る、蹴り上げる、刃を抜く、共に拘束具を振り回す、振って舞わす、幾重にも、敵ばかりに絡みついて、捕らえて、捕らえて、捕らえて、捕らえて。

 ……その陰から、月と花の色を持つ天使が笑って惨殺プログラムを立ち上げるのを、笑いながら流す。


「よーかを甘く見ない方がいいんじゃないのぉ?」


 陽花は殿か? ううん、違う、……こういうのを『囮』って言うんだ。

 陽花が跳ねると同時にプログラムが発射される、陽花が敵の体を集めて、蹴り上げて、高く、高く跳べば、それも高く、高く飛ぶ、鎖を手放して、落ちて、ああ陽花は敵を蹴り上げて、飛び退きとすれ違い様に、敵だけを狙った大量の槍が降り注ぐ、注ぐ、降りやまない。

 着地地点は既に血の海だ、……全く恐ろしい、本当に、味方の陽花すら恐怖を抱いてしまう。


「次は……」


 ふと、出発前の靖流の言葉が過って、……止まってしまった。


『ようか、振り返るな。敵だけを見据え続けろ、味方の誰一人構わなくていい』

『私は今日、きっと命を散らす』

『それが戦争だ』

『いよいよだ。ようか、だから、お前は自由にやれ』

『いつまでも、いつまでも自由に、戦場で生き続けろ』

『私を安心させてくれる為に、約束してくれるか』


「……馬鹿」


 走り出した僕を止める声を聞いた気がするけど、知るもんか。

 世界が赤い、空も皮肉なまでに赤く染まり、何処まで進んでも、赤、赤、赤、ぶちまけられた赤が、地面に広がって、止まらない。

 その中に一つ、見慣れた腕章を見つける。

 赤に染まってしまった歯車に、馬鹿、ともう一回呟いた。

 どうせ、全部計算通りだったんだろ。僕が泣くことまで、計算通りだったんだろ。馬鹿が。僕が止めようと走り出すのも分かっていて、死に、逝ったんだろ。お前はいつも、そうだったよ。……止められなかったな。

 でも、お前が言ってた"死ぬための人生"なんて、もし止めたら、どうなってたんだろうな。

 手元の拘束具は、赤く染まっているだけ。僕が殺したようなものじゃないのか。けれど、


「……"それが戦争だ"」


靖流の言葉を、繰り返した。

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