火無き陽の花

 敵に囲まれた。


「……はは、」


 しかも、辺りを見渡すと、お姉ちゃんの姿が見える。敵に気付かれないように、と少し俯いてから笑顔を浮かべてみた。

 でも、敵が待ってくれず、倒れ込むように衝突を仕掛けてきた。

 よーかは勢いで地面に投げ出され、目と鼻を覆っていた前髪が小さく踊って払い除く。それが合図のように他の敵達も動き始めた。

 身体を起こして、浮かんだ動揺を押し込め、お姉ちゃんに再び笑いかける。

 お姉ちゃんは目を見開き、固まった。


「──え──ひ、ばな」


 よーかの──陽花の腕に敵が噛みつく。

 お姉ちゃんは、音を立てないように一歩後ろへと下がって、溢れ出た涙も止めず、全力で駆け出した。

 陽花は安堵のため息を洩らす。


「あーあ……いたいし、ばれるし、さいっあくぅ……」


 腕を貪られる。断面から血が滝のように流れ落ちる。下半身を貪られる。片足を失い地面に倒れる。機械や骨の砕かれる音が響き渡る。頬や髪に赤い水面が触れる。腹を空かせた敵は沢山存在していて、陽花を獲物を狙う目で見降ろしてくる。

 月さえ見えなくなる。駄目かもしれないけど。


(……いきたい、や……)


 骨や機械の砕け散る音を聞きながら、陽花は未だ無事な右手で服を探り、貰った通信機のスイッチを入れていた。


『ようかいっぱんへいがてきのむれにおそわれていて……ほんみょうは、ふくりひばな、おねがい、たすけて、……っだれか、むりょくなあたしのかわりにひばなをたすけて……!』


「……へへ、あいかわらず、ばかだ、おねえちゃん」


 届けられた声に、微笑みながら目を閉じていく。天使のような何かが、こちらに向かってくるのを見た気がした。



 ● ● ●



 指先に触れた"何か"に、全く冷たさを感じない。

 ぼんやりと開けて流した視界に、見慣れた医務室と、お姉ちゃんの泣き顔が映った。


「……あーあ、ばれちゃったねぇ」


 笑みと一緒に漏らせば、驚き顔を挟んで、更に泣いてしまう。そんな顔見たくなくて、僕は。


「あのね、ぼくね……にんげんがにくいっておもってたよ……」


 そう告げると、お姉ちゃんはひゅっと息を呑み、それから唇を噛んだ。

 でも、ごめんね、と音も無く動いたから、そんな必要はないんだって、ゆっくりと首を振って、笑いかけた。


「でもね、……そうだなぁ……いろんなひととあって、あったかくて、たのしかったぁ……いつのまにか、わすれるぐらいひとをすきになってたよ……」


 ただ、それだけじゃないから、忘れられない現実に、笑みなんて浮かべ続けられなくて、消えてしまった、だから、逃げるように視線を外した。

 数拍瞬きを置いて、……続ける。


「……それでも、ないあしのいたみがうずいてる、……そんなときもあって、ぜんぶがどうしてだろぉってなるときもあったんだけど、……しにかけのいたみ、の、ほうがすごかったから、もういいんだぁ」


 視線を戻して、へらりと笑ってみる。ね、……安心できたんだ? うん、僕も、安心したよ、だって、……


「いきててよかった」


 力が抜けて、眠りに落ちる。

 起きてもお姉ちゃんがいる、それが、嬉しいんだ……

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