実験体"八日"

「人間の方がいいって言ったんだって?」

「……誰?」

「僕は夕樹ゆうきかやね。火の中から助けたのはこの僕なんだけどさ、折角助けたその命、お礼として僕に授けてみない?」


 火事から生き残って、意識を取り戻したばかりなのに、見知らぬ人によく分からないことを言われている。分からないのは、僕がはっきりと覚醒しきっていないからかもしれないけれど。


「本当は化学の力を君に与えて、新たな亜人になってほしかったんだけどさ……無理強いはしないよ。人間でも良い。でも、あの火の中を助けて死を迎える筈だった命に生を与えたんだ、それ相応のお礼を与えても良いよね。ね?だから、その身体と命、呼吸、気管、細胞……とかさ、とにかく頂戴。分解する気はないから安心して」


 少し考えて、僕は、命の恩人だからと思った。

 

「……、……いいよ」

「宜しく。八日って名前はどうかな、実験体名。復利陽花? だっけ? 陽花ってひばなじゃなくようかとも読めるし、丁度良いだろ。ああ、良いものを作れそうだ。大丈夫、いっぱい改造して可愛がってあげる。良い物に仕上げてあげるよ。あの時聞こえなかったかな……"もう大丈夫、無駄にはしないよ"」

「……ああ、……」


 でも、これが地獄という名の始まりだったんだ。


「っ……ぐ、ぁあ、あ、あああああああああああああ!」

「手の甲に焼印が綺麗に付いたね、"八日"。これで"八日"は"僕の"物だ。僕が拾ったんだから本当はこんな事しなくても"僕の"物なんだけどさ、"八日"は特別な実験体にするからやっぱり所有印ぐらいは欲しいよね」


 こいつにもう一度、肉が爛れる感覚を教えてもらった。

 遊んだり生産したりできる、"イケナイこと"のやり方も教えてもらった。これで沢山道具を産んでねと言われているみたいで、気持ち悪くて仕方が無かった。

 どんどんこいつの思い通りに構築させる自分が、まるで人形みたいだ。

 泣いても叫んでも外には届かない。吐いても吐いても出せないものがある。

 でも、こいつに僕は拾われたんだ。僕の人生はもうこいつの物なんだ。"それが、全部の真実だ。"だから。

 僕は、……実験体"八日"は、夕樹かやねに所有されている。


 ふと、貰った通信機から声が聞こえてきた。


『あんた何で拒否しないの? 無理強いしてくる男じゃないでしょ』


 実験体仲間の、蒼だ。


「……僕はあの男がいるからこうして今も生きていられるんだよぉ」

『それは私もだけど、馬鹿だと思うよ、そうやって付き合うの』

「……だろうね」


 それでも、僕は口を閉じる。これは僕とあの男の問題だ。

 近付いて来る足音に通信を切る。やがて現れた夕樹が試験管を複数持っていることに気付いてただ目を細めた。せめて注射器を使用してほしい。


「あーん」


 言われたとおりに口を開くとそれを流し込まれていく。ぐ、っと詰まって口元から一部を零せば試験官が離れ代わりに僕の指でゆっくりと掬われていった。


「駄目だろ零しちゃ。勿体ないし汚い。ほら、ちゃんと綺麗にしないと――」


 途中から聞けなくなるぐらいの眩暈が訪れて咄嗟に身体を支える。


「……眩暈、また失敗か。八日、捨てないで済むように全部ちゃんと飲んでくれよ」


(無茶を言わないでほしい)


 大嫌いだ、この男。

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