第22話 ケンスケの手紙
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ユキへ
元気にしてるか?
ユキに手紙なんて書くの、初めてだな。
俺は、工房の人たちも良い人で、水がいいおかげか食事も美味しいし、
元気にやってるよ。
工房では家事手伝いなんかをやって、職人の人たちのサポートをしてるんだけど、
オルゴールの作り方なんかも、ちょろっとだけど教えてもらったりしてるんだぜ。
今までオルゴールに触れる機会も沢山あったのに、
オルゴール作りがここまで知識と技術のいるものなんだって、知らなかったよ。
金属の知識はいるんだろうくらいに思ってたけど、
木工の知識も必要だし、音楽の知識も必要だって言うんだから驚いた!
(知ってた?)
あんまり色んな専門知識が必要だから、
それぞれの分野の人同士、協力して作ってるとこもあるらしい。
ネジの締め具合や、部品の位置がほんのちょっとズレるだけで、
音色どころか音の大きさやリズムまで変わるくらい繊細なんだ。
すごいよな!
それから、ここの工房の人たちが特に大切にしているのは、
設計思想っていうのをいかに読み取るか、なんだそうだ。
そのオルゴールを作った人がどう考えて設計したか、ってことらしいんだけど、
オルゴールを修理する時に、図面があれば図面(あるのは珍しいそうだ)、
なければ部品や構造だけを見て、設計思想を考える必要があるらしい。
これが読み取れないと、職人としては半人前なんだって。
この話聞いて、面白いなって思った。
どれだけ言葉にしても伝わらなかったりするのに、
組み立てた機械を見ただけで、思いが伝わったりするんだもんな。
なんかさ、魔法みたいじゃね?
俺たちもさ、いつか本当に、何も言わなくても分かり合えてるみたいな、
そんな関係になれたらいいなって思ったよ。
ツーといえばカーとかさ。
アウンの呼吸とかも言うんだっけ?
いいよな、そういうのも。
って、そんな話しといてあれなんだけど、
メールも電話も厳禁ってルール、自分で作っておいて、
今ちょっと後悔してる。
もうユキの声が聞きたくなってる……。
小っ恥ずかしいけど、ユキとこうして離れてみて、よく分かったよ。
俺がどれだけユキの虜だったのか。
ユキのためなら何処へだって駆けつけるし、
ユキのためなら何だってする。
今も昔もそれは変わらないけど、誰かのために生きるには、
まず自分のことをキッチリしないと、
自分の人生に対しても、自分を大事にしてくれる人に対しても、
失礼なんだって分かってきた。
自己コウテイ感とかのためじゃなく、俺はお前が好きだよ。
タカヤマ ユキノリって存在が、俺は好きだ。
これからもずっと、ユキと生きていきたい。
今までサボってきた分、しっっっっかり!
フジタ ケンスケって人間についても考えようと思ってるから、
待っててくれ。
愛してるよ、ユキ。
ケンスケより
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「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ」
ユキに出す初めての手紙を書き終えて、恥ずかしさで声がでた。
「文章にすると、こんなに恥ずかしく感じるものなんだな……」
自分で改めて読み返して、悶えたくなる感情を抑えられず、
ベッドの中でジタジタとした。
時計を見ると、もう深夜の一時をとうにまわっていた。
手紙一つ書くのに、四時間近くもかかってしまったらしい。
「ヤベェ」
物音を立てて、隣の部屋で寝ている職人ご夫婦の迷惑になってはいけない。
明日も早く起きて、工房の掃除からやっておかないと。
朝ご飯はパン食にしよう。
トマトとキャベツもまだあったから、サラダも作って。
俺が作る食事、口に合ったみたいで、本当に良かった。
男子厨房に入らず、なんて古い!って考えで、
母さんに子供の頃から台所の手伝いをさせられていたけど、
正解だったなぁ。
「ケンスケくんが淹れてくれるコーヒーは格別だなぁ」
職人夫婦のこの言葉が、お世辞だったかもしれないけど、
すごく嬉しかった。
俺、人に食事を作るの、結構好きなのかも。
いいかもなぁ、それも。
とりあえず資金を貯めて、どっかの店舗とか借りて、
ご飯屋さんとか、カフェとか。
自然環境とか大切にしたようなカフェとかもいいな。
お客さんが落ち着けるようなシンプルかつ上品な木造基調の内装に、
エプロンや食器なんかもリサイクルとか、
そういう理念で作ったものにしてみたり。
ここの工房で作ったオルゴールをBGMにしたりしてさ。
販売も出来るなら、したりして。
ホームページやチラシも作ってさ。
……うん、これが“夢を持つ”ってやつなのかな?
いいな、これ。
すごくいい。
犬、飼いたいな。
ゴールデンレトリバーとかいいな。
あとは絶対、ユキが隣にいてほしい。
空想の中、俺とユキが、お洒落なカフェの前で幸せそうに笑う。
犬も一緒に、嬉しそうに尻尾を振っている。
何一つ実現すらしていない、ただの妄想なのに、
胸から温かいものが溢れてくるように、幸せだ。
生まれて初めて、幸福な涙を流しながら、いつの間にか眠りについていた。
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