第12話

 それからも折を見て話し合いの場を設けた。


「ご飯、ちゃんと食べてる?」


「眠れているかい?」


 おじさん、おばさんは必ず僕の体の調子や生活の様子を聞いてきた。


 話し合いどうこうというより

 僕の健康状態を知るために呼んでくれているようだった。


 僕がおじさん、おばさんを親のように思っているのと同様に、

 僕を自分の子供のように思ってくれているのかもしれないと嬉しく思った。


 こうしていこう、といった結論は出ないままだが

 大筋では、ケンスケの状態も鑑みて

 警察はやめておこうという方向にまとまっていって、

 父は安心したようだった。


 父と母が、僕は悪くないという話になんとか持っていこうと必死で

 僕とおじさん、おばさんが「いや、これはそういう話し合いじゃない」と

 説明する時間が大半だったように思う。


 もっとも嫌うところである非建設的な時間に痺れを切らした父が

「じゃあ一体何を話し合うための場なんだ」と言った。


 おじさんも、おばさんもそれきり何もいえなくなってしまった。

 僕自身、それはさっぱり分からなかった。


 こんなことになってしまって、ケンスケと一緒にいたいなんて言い出すのも

 あまりにも自分勝手が過ぎると思えたし、

 だからと言って、もう縁を切ろうなんて結末には絶対にしたくなかった。


 誰より僕の手で、ただの子供の喧嘩と違えてしまったのだ。


 ケンスケのおばさんが最初の話し合いの時に言ったように

 ごめんね、で済ませていいとは思えない。


 じゃあどうしたら……?


 このまま大人たちの判断でケンスケと遠くに引き離されやしないか、

 それが怖かった。


 僕が原因でケンスケは病んだというのに。


 自分のエゴイストぶりに驚くばかりだった。


 その日の夜も両親が喧々囂々と言い合いしていると、

 ケンスケのおじさんとおばさんが家に訪ねてきたようだった。


「――ユキノリくんを思いやって……」


「――今夫婦で喧嘩なんてやめて……」


 両親にそう訴えるおじさんとおばさんの声が聞こえてきた。


「さすがにそこまで口出しするのは違うんじゃないか」

 

 両親の抗議も聞こえてきた。


 僕はもう小さな子供じゃないんだ。

 いつまでも縮こまって泣いてるしか出来ない子供じゃない。


 意を決すると、両親たちが居るリビングへと降りた。


「お父さん、お母さん」


「ユキくん?! 寝てなきゃダメじゃない……」


「毎日毎日、うるさくて寝れるわけないじゃないか」


 一言抗議すると、おじさんとおばさんにも聞いて欲しいと前置きをして

 僕は言った。


「僕はずっと、お父さんとお母さんは

 本当に僕のお父さんとお母さんなのか疑っていたよ、

 小さい小さい子供の頃からね」


「ユキくん、そんな……急に何を……!」


「ほら見ろ、お前の教育が悪いから子供がこういう事を言い出すんだ!」


「黙って聞くんだ!」

 ケンスケのおじさんが一喝してくれて、父も母もビクリと黙った。


 おじさんとおばさんが僕の側にきて続きを促すように肩を抱いてくれた。


 僕は今までの思いを涙と言葉に変えて続けた。


「……ぼ、僕はお母さんのご飯が食べたかった。美味しくなくてもいいし、

 簡単なものでも良かった。一度でもいいから

 お母さんの手作りのあったかいご飯が食べたかった……」


「だ、だって、食事はヨシエさんが……!」


「お前ってやつは、食事すら満足に作ってやっていなかったのか?!

 良くそれで母親面出来たな!」


「お父さん」

 鬼の首でも取ったように母を責める父を止めた。


「なんだ? 私はお前たち家族のために日々仕事をして! 稼いで!

 いい暮らしをできるようにしてやっているだろう!

 なにを不満に思うことがある!?」


 怒鳴られて怯みそうになったが、おじさんとおばさんが優しく、

 でも強く僕を支えてくれているので、次の言葉を紡ぐことができた。


「……お父さん、僕は……、お金を稼いでくるだけの人を父親だとは思えないよ」


「な! なんていう口の利き方だ! 金を稼ぐことの大変さも知らないくせに……」


「僕と過ごした時間ってどのくらいか覚えてる?」


「だからそれは仕事が……」


「電話やメール、手紙だってあるのに、

 一度だってそんなの送ってくれたことがあった?

 帰ってきた時に、僕がそれまでどう過ごしてたか、学校で何があったか、

 聞いてくれたことあった?

 お父さん、僕は血の繋がりよりも、思い出の数が絆を作るんだと思っているよ。

 お父さんは僕たちとよりも、仕事と、

 向こうで楽しく過ごせる愛人さんとの思い出の方が多いんじゃない?

 じゃあ、僕たちは、一体なんなんだろう……?」


「あ、愛人ですって……?! あなたそれ本当なの?!」


「くそっ! バカな! 大人の事情に子供が口を出すなんてなぁ……」


「タカヤマさん!!」


 おばさんが、あらん限りの声で叫んだ。


「お二人共! よく見てくださいよ……。……変だって思いませんか?

 今、震えて泣きながら貴方たちに思いを伝えてるユキノリくんを支えてるのが

 他人のはずの私たちだなんて……。

 お金を稼いだら親ですか? 勉強させてたら親なんですか?

 今ユキノリくんが何を訴えているのかまだ分かりませんか?!

 ユキノリくんがどうしてケンスケのことが大好きなのか、

 知ろうともしないんですか?!」


 おじさんが間髪入れずに言った。


「何度か話し合いをさせてもらっていますが、

 貴方たちは、ユキノリくんを慰めてあげた日はありましたか?

 気遣ってあげた日は? ……抱きしめてあげたことは?

 自分のやってしまったこと、

 ケンスケにされたことの恐怖で身を震わせながら戦っている

 ユキノリくんの強さと弱さが分かりませんか?

 貴方たちが言うように、彼はまだ子供です。大人の保護が必要な子供です!

 貴方たちはその子供に何をしてきましたか?

 今までの話を聞いてもまだ、私たちが親だからと胸を張って仰るつもりですか?!」


 おじさんとおばさんの気迫に押されたのか、両親は水を打ったように黙り込んだ。


 何も言わない、こちらをチラリとも見ない両親の様子を見て、おじさんが言った。


「ユキノリくん。君さえ良ければ今日からうちに泊まらないか?

 一部屋用意するなんてことは出来ないから、狭いけれども」


「タカヤマさんは、どうぞごゆっくりお話し合いしてください。

 ユキノリくんは、私たちが守ります!」


 二人とも最初からそのつもりだったらしい。


 連日聞こえてくる夫婦喧嘩に堪りかねたとのことだった。

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