第8話

 あれから二週間近くが経った。


 身体も復調したので僕はケンスケに連絡を取った。


 告白をするためだ。


 家に行こうかとも思ったけど、おばさんが居ると思うとさすがに気まずく感じて、

 僕の家に来てもらおうとドキドキしながら電話をしてみたが、出ない。


 いつもほぼワンコールで出るのに。


 仕方がないのでメールを入れておいた。


『話があるので、いつでもいいから家に来て』


 既読は付いたので、きっと来てくれるだろうと待っていた。


 ケンスケから音沙汰が無いまま一日、二日が過ぎた。


 何かあったのかとケンスケの家を訪ねようとした日、

 家のインターホンが鳴った。


 ケンスケだった。


 すごく神妙な暗い顔で大きな身体を小さくして玄関に立っていた。


 どうしたのだろう、照れているんだろうか。


「ケンスケ、良かった、来てくれて。さ、上がってよ」


 おずおずと家に上がったケンスケに、抱きついて言った。

「ケンスケ……、逢いたかった……」


 これでやっと僕の思いも通じる。


 すごく長かった。


 これからもずっと一緒にいられる……。


「やめろ!!」


「わっ」


 ケンスケが叫びながら僕を突き飛ばした。


「なんで?」

 暴力を振るわれたことに驚いて、それしか言えなかった。


「やめてくれ……、俺に触らないでくれ……」

 ケンスケは泣き出して言った。


 はぁ?

 触るな?


 ケンスケは一体何を言い出しているんだ……。


「ちょっと待ってよ、どういうことなのか説明して……」


「近寄るな!! ユキ、俺に近寄らないでくれ!!」


 意味が分からない。


 この反応はなんなんだろう。


 どうして僕を拒否するの……。


「ケンスケ……」

「やめろォ!!!!」


 取り付くしまもないケンスケの態度に僕は絶望してしまった。


 僕のことが嫌いになったの?


 男なんて抱いて、やっぱり気持ち悪かったの?


 でもそんなの、ケンスケがしてきたことなのに?


 あの時好きって言ってたのは、何だったんだの?


 いきなり人を襲ってきておいて、やっぱり気持ち悪いんで触らないでください?


 なんだその理屈。


 通るわけがないだろう。


 通してたまるか、ケンスケ。


 僕はもう、君のものなんだ。


「――――レイプしたくせに」

 吐き捨てるように言い放った。


 泣いていたケンスケが、ピタリと息を止めた。


「ねぇケンスケ、……あの日、君は僕に何をしたの?」


「…………」

 ケンスケは、愕然としたような顔で僕を見るだけで何も言わない。


「思い出せないなら僕が言うよ。あの日、

 いきなり君は僕を押し倒して無理矢理キスをして――」


「ゴメン!!」

 ケンスケが真っ青になって震え上がりながら謝罪の言葉を口にした。


 でもそれは僕の神経を余計に逆撫でした。


「ゴメンってなんだよ!! どういうつもりであんなことしたんだよ!!

 ゴメンで済むのかよォ?!!」


 僕ってこんなに大きな声が出るんだと、

 頭のどこかがすごく冷たいままの自分に違和感を覚えた。


 僕の恫喝に驚いたのか、ケンスケは顔色を青から白にして膝から崩れ落ちた。


「……ね? ゴメンじゃ済まないよねぇ?

 ケンスケは僕にどうやって償ってくれるの?」


「償い……、償い……」

 ケンスケが茫然自失で単語を繰り返し呟く。


「そう、償いが必要だろ? ケンスケは僕に何をしてくれるの?」


「俺……。ユキ……、俺、俺!! なんでもするよ!! だから、だから赦して……!!」


 その言葉を待ってたよ、ケンスケ。


「じゃあケンスケ、これから毎日、僕を抱いて?」


 ケンスケ。

 もう二度と、僕から離れるなんて許さない。




 ――一日目。


 僕の家の玄関で。


 足腰の立たないケンスケに、僕主導でした。


 自分で入れるのも動くのも結構難しかったけど、好かった。


 ケンスケが先にイッて、笑ってしまった。


 身体って、心とは別なんだね。


 ケンスケ、僕も気持ちいいよ。




 ――二日目。


 僕の家のダイニングで。


 昨日と違ってケンスケがしっかりしてたので、

 ダイニングテーブルを使って後ろから。


 律動と呼応するように木製のテーブルが鳴くのが

 この不道徳な情交を煽っているように聞こえて、興奮した。


 今のところこの体勢が一番好きかもしれない。


 ケンスケが避妊具を着けようとしていたので、

 僕とする時は絶対に着けるなと釘を刺しておいた。


 着けた方がいいとか色々と言ってたけど、絶対に着けさせない。


 僕は君のものなんだから、当たり前だろ。


 妊娠なんて絶対に不可能なのに、どこにそんなものを付ける必要があるんだろう。


 ケンスケが最中ずっと泣いてた。


 泣きながらイッちゃうケンスケ、すごく可愛かった。


 悲しいよね、ケンスケ。


 でもまだまだ赦してあげない。




 ――三日目。


 僕の家のリビングで。


 呼び出しに応じて家に来たのに、ケンスケが始めるのを嫌がった。


 こんなの間違っている、別の方法で償わせてくれと、

 真っ当なことを主張してきた。


 言い合いのうちに、君がダメなら他の男性と関係を持つ、と口にしたら

 猛然と反論してきた。


 幼少期からの習慣だろうか、こんなことになっても

 まだ僕を守ることには執着しているようだ。


 他の人間なんて僕自身が無理だけど、これを利用しない手はない。


「俺以外の人間には絶対に触らせるな」


 そう言うと、あの日みたいにすごく激しく抱いてくれた。


 ケンスケの要求を呑むから僕への償いも必ず果たすようにと告げると

 少し迷って、約束すると言ってくれた。


 可愛いケンスケ。


 そんな君が本当に好きだよ。




 ――四日目。


 僕の部屋で。


 また懲りずにコンドームを着けようとしていたので、

 次に着けようとしたらリストカットすると言っておいた。


 よほど出すのが嫌なのか、ゆるゆる腰を動かすばっかりで

 全然気持ちよくないので、上に乗って出させた。


 行為にもだいぶ慣れてきたので、色んな体位で何度も出来た。


 ケンスケが何度か外に出そうと試みてたけど、

 腕を押さえたりカニバサミを駆使して全部飲み込んだ。


 悲しそうな顔しながら、それでも止められないケンスケが愛おしい。


 色んな体勢での行為もコツが掴めてきたけど、

 ケンスケの顔がちゃんと見れるのが一番いいかもしれないと思った。


 明日は休日だから一日中してとケンスケにせがんだら、

 困った顔をしてたけどいいよと言ってくれた。


 明日が待ち遠しい。




 ――五日目。


 隣町のシティホテルで。


 ネットで調べた色々な前戯を試した。


 お互いの身体の知らないところがどんどん無くなっていくようで嬉しかった。


 それ以外にも、あの日ケンスケが僕にしてくれたことを見様見真似でやってみた。


 気持ちよさそうに喘ぐケンスケが可愛くて、僕は奉仕する喜びを覚えた。


 ほぼぶっ続けで十時間くらいしただろうか。


 クタクタになったので抱き合いながら、ゆっくりと眠った。


 ケンスケが腕枕しながら頭を撫でてくれたのがすごく好かった。

 またやってもらおう。


 ふと見たケンスケがやつれたように思えた。


 僕も一緒だよ、ケンスケ。


 なんだか最近、ご飯の味がしないんだ。




 ――六日目。


 駅前のラブホテルで。


 シティホテルを昼前にチェックアウトして二人で駅前をぶらついていたら、

 二十代くらいの衣服の布面積が少ない女が声を掛けてきた。


 遊ぼうとしつこく言ってきていたが、ケンスケが愛想笑いもせず毅然と断っていて

 心の中で感動した。


 あのケンスケが女からの誘いを断わるなんて。


 また別の女が声を掛けてきた時、

 僕はイタズラ心を抑えられずに実験をすることにした。


 女と僕。


 ケンスケはどちらを選ぶのか。


 僕はその女を誘って、三人連れ立ち大人数可のラブホテルに向かった。


 ケンスケはかなり嫌がったけど、

 僕の言う事聞いてくれないの?と言ったら黙ってついてきた。


 室内、女が全裸でケンスケに絡みつきはじめた。


 僕はその様子を少し離れて眺めていた。


 ケンスケのがいつまでもピクリともせず、女が怒りはじめた。


 見かねて僕がケンスケに軽くキスをすると、途端に屹立した。


 ケンスケが女をベッドから突き飛ばして僕を組み敷く。


 女は憤慨してギャーギャー騒ぐと帰って行った。


 信じられない。


 こんな日が来るなんて。


「俺はもうお前じゃないと無理だよ」

 ケンスケが独り言のように呟いた。


 今までで一番、じっとりとして濃厚なまぐわいだった。


 ケンスケが最中に泣くことはなくなっていた。


 そして、僕を抱いたあの日からもうずっと、笑うこともなくなった。


 痩けた頬、昏い虚ろな目で僕を抱くケンスケを見て、

 僕の心は途方もない空虚に支配された。


 ここに来てやっととんでもない事をしたのだと理解した。


 大好きな人を追い詰めて心を殺した。


 僕は初めて、哀しみの涙を流しながらイッた。


 本当だね、ケンスケ。

 心と身体は別々だ。


 それでも君の一番近くにいたい。


 僕は最低な人間だ。

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