第7話

「――あ、もしもし、ケンスケ?」


『あー……どした……』


「? あのね、今度ケンスケの大学見に行きたいんだけど、

 案内お願いしてもいい?」


『あー……うん、そう、だな。

 えー……ちょっと……都合のいい日探して連絡、するよ』


「え、あ、うん……。よろしく……。

 ええっと、あとこの前言ってた映画どうする?」


『お、おーあれか、あれな。

 …………いやー、なんかやっぱり別の映画にしようぜ~』


「え? そう? 楽しみにしてたんじゃないの、あの続編……」


『あ、うん、そうなんだよねぇ~、急にちょっと違う映画をなー見たいなーって!

 そういう時もあるじゃん! なぁ!

 おおっとちょっとトイレ行きたい! また今度な!』


「??? う、うん……」


 今までに経験がないくらい会話がぎこちなくてびっくりしながら電話を切った。


 あからさまにケンスケが変だ。


 電話だから表情もわからないし、心配になる。


 僕、なんかしたかな……?


 やっぱりあの日、女癖悪い、とか言ったのを怒ってた……?


 でもあのケンスケがそれを根に持って、あんな態度を取るのは考えにくい……。


 怒ってたら、怒ってるぞ!ってすごく分かりやすく接してくる性格だし、

 そもそもケンスケが僕に怒ることは相当にレアだ。


 確か、僕が三歳の時にケンスケの分のおやつを食べちゃったか何かで

 泣いて怒ってきたのが最後のはずだ。


 何か、僕に隠したいことでもできたのだろうか……?


 まさか、あの時の女たちと何かあった……?


 いや、単に電話のタイミングが悪かった可能性だってある。


 ダメだ、情報がなさすぎてどれも予想の域をでない。


 数日、様子を見てみることにしようかな……。





 こんなにケンスケと会わない日が続いたのは生まれて初めてかもしれない。


 電話やメールはしてるけど、

 どうも顔を合わせることを避けられてるような気がする。


 あれからもケンスケの変な態度の理由を考えたけど、

 やっぱり何も分からないままだった。


 今日からは珍しいことに母親が父さんに会いに行って家にいないから、

 いつもなら一緒に映画でも見て夜更かししたりしてたくさん遊べたのに。


 気分が沈んで溜息ばかりついていたら発情したクラスメイトに言い寄られて、

 さらにうんざりした気持ちになった。


 適当にあしらって、つまらない授業を終えて学校から帰ろうとしたら、

 空にはどんよりと重たい雲が広がっていた。


 まるで僕の心情を表しているよう……なんて、

 くだらない感傷に浸ってしまいそうになるくらい精神に堪えているようだ。


 今日こそはケンスケに会って、話をしてみよう。


 ずっとこのままなんて嫌だ。


 いっそのこと喧嘩してでも分かり合いたい。


 人と仲直りを望んで喧嘩なんてしたことがないから、上手くできるだろうか。


 不安だ。


 家までもう少し、というところで土砂降りの雨に遭ってしまった。


「最悪……」

 雨が降るとは思ってなかったから、折り畳み傘やなんかも持ってなかった。


 仕方ないので走って家の玄関まで着いたが、

 そこでさらに自分がやらかしたことに気づいた。


 家の鍵を忘れて学校に出てしまったのだ。


 母親は僕が学校に行ってから空港に出発したので、

 当然鍵がかかってしまっているわけで……。


 ヨシエさんも今日はお休みなのに。


 絶対ないだろうなと思いつつも

 一縷の望みをかけてカバンや制服をまさぐっていると、


「ユキ!」


 叩きつけるような雨音の中、ケンスケの声がした。


 昔から、こうして僕が何か困っていると

 大体ケンスケが気づいて助けにきてくれる。


 エスパーか何かなのかと、子供の頃は本気で疑った。




 ケンスケがテキパキと僕にお風呂を用意してくれた。


 こういうところは多分、子供の頃から僕の面倒を見てくれていたせいかなと思う。


 実の母親はああなのに、ケンスケのこの面倒見の良さのせいで

 僕はずいぶん甘えん坊に育った気がする。


 お風呂から出ると下着や制服が片付けられ、

 着替えが当然のように用意してあって思わず笑ってしまった。


 良かった。


 怒ってはないのかな……?


 リビングでケンスケが一心不乱にスマホを見ていたので、

 声をかけたら叫び声をあげられた。


 ここ最近の変な態度の理由がスマホにあるような気がして、

 ケンスケがまたスマホを見た時に思いっきり覗き込んだ。


 画面を確認する間もなく、両腕を掴まれ

 腰に跨るように乗っかられて完全に動きを封じられた。


 やっぱりスマホを見られたくなかったのか……と思って謝ろうとしたけど、

 押さえつける力加減がいつものじゃれあいとは比にならなかったので

 異変を感じ取った。


 ケンスケは肩で息をして、

 今まで見たこともないような怖い顔で僕を見下ろしていた。


 怖いよ。


 そう言おうとしたら、すごい勢いで口を塞がれた。


 ヌルヌルとしたものが口の中を動き回って、

 キスされているのだと分かった。


 何が何だか分からなくて混乱していると、

 女の子が出すような高い喘ぎ声が自分の口から出ていた。


 乳首を吸われるのってこんなに気持ちいいんだ。


 妙に冷静に分析していたら、ケンスケが僕の下半身を舐めだしていた。


「あぁっ……!? 」

 自慰をしている時に、快感は電気に似ているなとは思っていたけど

 ここまで痺れるような気持ちよさは初めてだった。


 ケンスケはどうしたのだろうか?


 このまま僕を抱くつもりなんだろうか?


 なぜ急に?


 何があった?


 疑問が次々と頭に浮かんできたけれど、

 何も考えられないくらいに気持ち良くなっていき、

 僕はこの悦びを無防備に受け入れることにした。


 ケンスケが僕に触ってくれている。


 それは僕にとって、一生叶うはずのない願いだったから。


 死んじゃうかと思うくらい気持ちいいことをされて、

 僕はだらしなく涎を垂らしながら放精した。


 汚らしい僕の姿にケンスケが引いちゃったらどうしようと思ったけど、

 大丈夫なようだった。


 荒々しくシャツを脱ぎながら、

 僕を見下ろし舌なめずりするケンスケがセクシーで、

 もう何をされてもいいと思ってしまっていた。


 逞しい胸も、六つに割れた腹筋も、岩みたいに硬い腕も脚も、

 男らしい丈夫そうな肌も、焦がれた手も全部全部、僕のものなのだ。


「ユキ、好きだ……好きだ……」

 熱い声でケンスケが漏らした言葉に、僕は死んでもいいと思った。


 夢だったら醒めないでほしい。


 死ぬまでこの夢だけを見ていたい。


 しかしそんな夢見心地は激痛によって、すっかり醒めてしまった。


 股全体が裂けているように痛む。


 ケンスケ、後ろの経験ないのかな。


 絶対無理だって、僕、ソッチはさすがにいじったことないんだもの。


 痛すぎて、やめてって叫んだのに無理矢理に、もうめっちゃくちゃに動かれた。


 身体は辛かったけれど、ケンスケが僕のナカで果ててくれて感動していた。


 荒い呼吸が、一糸まとわぬ肌が、重なっているのも嬉しくて。


 覆い被さるように倒れ込んできたケンスケの肩越しから見える天井を、

 味わったことのない満足感と幸福感を噛み締めながらしばらく眺めていた。


「ヒィィッ」

 ケンスケがすごい声を出したので、

 何事かと思ったらやっぱり切れてしまって出血していた。


 お尻だけじゃなくお腹も、身体全体が痛むけど全然気にならない。


 これはケンスケに愛された証。


 こんなに幸せな痛みなら天国にいるようなものだ。


 僕に怪我をさせてしまったことがショックだったのか、

 ケンスケが青い顔して震えている。


「ケンスケ、平気だよ、すぐ治る……」


 落ち着かせようと声をかけて、

 人様の家のリビングでこの姿のままはヤバいと思い、

 すぐシャワーを浴びようと急いだ。


 身なりを整えてリビングへ戻ると、そこにケンスケの姿はなかった。


 不思議に思ったが、

 ソファや床が乱れたままだったので簡単に掃除を済ませたところで、

 ケンスケのおじさんが仕事から帰って来た。


 さっきまでここでケンスケとエッチなことしてたと思うと、

 なんだか気まずかったので「今から帰るところでした」と誤魔化して帰宅した。




 ――――ここで、ケンスケの異常に気づけてさえいれば。


 僕は後々、大好きなケンスケに抱かれて

 能天気に浮かれていたこの時の馬鹿な自分を、

 心から憎むことになる。

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