第5話 ユキノリの場合

 僕は、幼なじみのことが好きだ。


 幼なじみのフジタ ケンスケは二つ上で、

 兄がいればこんな感じなのかな、なんて思ったりもする。


 いつから恋愛感情を抱いていたのかは、正直もう覚えていない。


 記憶があまりない頃からの付き合いで、

 家族と言っても差し支えないくらいに一緒に居て当たり前の存在だったから。


 十七年間生きてきて、ケンスケ以外の人を好きになったことがない。


 というより、他の人にあまり興味が持てないという方が近いように思う。


 僕は他人から見ると性的に搾取しやすく見えるようで、

 性欲を持て余した老若男女の標的にされることが多い。


 男性は物理的な力や社会的な権力、金にものを言わせて

 僕を自分のものにしようとするし、

 女性は知能も環境もあらゆるものを駆使して僕を自分のものにしようとする。


 一般的には楽しい思い出で溢れるはずの学校生活も、

 こういう男女たちのせいで揉め事ばかりが起こった記憶しかない。


 手段は違っても全員共通して、僕の気持ちなんて無視しているのが分かった。


 僕はもはや、人間そのものに失望にも近いものを抱いているのだ。


 ケンスケと、ケンスケの家族だけを除いて。




「タカヤマ〜、今日また告白断ってたろ」


 放課後、帰り支度をしているとクラスメイトが数人で囃し立ててきた。


 度し難い話だが、僕がひと月に何人からの告白を断るのか、

 同級生たちの間で賭けが行われているのだ。


「今月は六人だったな」

「くそ、一人読み違えた」

「やった! 次も頼むぜ? タカヤマせんせ!」


 目の前を万札がホイホイと行き交う。


 しょうもない。


 同類と思われたくないから離れてやってくれ。


 ここは国内でも有数の子息令嬢が集まる品位の高い学校のはずなのに、

 実態はこれだ。


 大人の目を盗んでは後ろ暗い事をしている輩。

 自分たちを特権階級だと憚ることなく言い、公立校の人間などはゴミとしている。

 そういうやつばかりだ。


 幼稚舎からの付き合いのやつもいるが

 親しい友人と呼べるような関係の奴はいない。


 三々五々、賭けの配当を済ませると同級生たちは去っていったのだが、

 一人だけ残って話しかけてくる奴がいた。


「しかしタカヤマはつくづく変わってるよなぁ、

 あのレイカ嬢になびきもしないなんて」


 確か同じクラスのはずだけどあまり印象に残ってない、名前なんだったっけ?


「興味ないな」


「おいおい、あれだけの美人だぜ?

 とりあえず一回だけでもお願いしてみたくなるのが男心だろ?」


 下衆。


「フン、僕からするとああいう清純そうな子は役不足でね。

 もう少し色々と知ってそうな子じゃないと」


 程度を合わせて、くだらない妄言を吐いた。


 くだらなすぎて、鼻で笑ってしまった。


 なんの用か知らないけど早くどっか行ってくれ。


 誰なんだお前は。


「へへ……、やっぱお前ってそうなんだな。まぁ、この見た目だもんなぁ……」


 興奮したような気持ち悪い語尾に、嫌な予感がした。


 クラスメイトなのだろう見覚えのない男は、こっそりと耳打ちしてきた。

「なぁ、一回やらせてくれよ」


 鼻息荒く、氏名不明男はボソボソと続けた。

「男の経験もあるんだろ? 金なら言い値で払うからさ」


 またか。


 こういう手合いも後を絶たない。


 どう生活していれば、ここまで誰彼構わず性欲の対象にできるのか。


 僕は相手の目を見て、わざと大きめの声ではっきりと言った。


「一回? やらせてくれ? 言い値で払うって、どういうこと?」


「あ、ばか!」

 低脳下賤な屑は、慌てて手で僕の口を塞ごうとしてくる。


 センセーショナルな単語の羅列に、

 まだ多くの同級生たちで賑わっていた教室中の視線が一斉に集まる。


「いや……、ハハ……。ドラマだよ! ドラマの話!

 じゃあなタカヤマ、また明日話そうぜ!」


 誰にしているのか分からない言い訳をしながら、

 そそくさと退散していく後ろ姿は滑稽そのものだ。


 バーカ、二度と近寄るな。


 心の中で中指を立てて、家路を急いだ。


 最近になって、ようやく対応もわかってきたけれどそれまでは大変だった。


 肝要なのは、泣いたり怒ったり感情で対抗しようとしないこと。


 状況にもよりけりだけど、自分が相手に何を言ってるのか自覚させるのが

 一番安全な対処法だと思って、さっきのような方法を好んで使うようにしている。


 過去、対応を誤ったせいで『タカヤマ ユキノリはゲイ』とか

 『幼稚舎の頃からウリをやっていて尻も開発済み』などなど

 好き勝手な噂が流されているようで、

 さっきのように真に受けたマヌケが声をかけてくることも増えてしまった。


 中等部の時には、僕を真性半陰陽だと信じた阿呆に襲われそうになったほど、

 バラエティに富んだデマがまことしやかに出回っているようだ。


 ウリや開発済みなんて下卑た噂を流す己を恥じる知能すらないのだろうか。


 ………………同じ男であるケンスケが好きなのだから、

 ゲイは真実かもしれないけれど。


 だけど、同性が恋愛対象なのだとも言い切れないでいる。


 そもそも僕の恋愛観は一般的なそれとは少し異なるようで、

 精神的な繋がりが強くない状態では好きとかそういう感情が働かないようなのだ。


 とりあえずお付き合い、なんてとんでもない。


 性的衝動なんて、もってのほか。


 顔が好みだとかスタイルがそそるとか趣味が合うとか、

 それで恋愛関係を結びたいという考えに至ることが信じられない。


 18禁の本や映像を見て性的に興奮はするけど、

 妄想相手はグラビアアイドルやAV男優でもなく、絶対にケンスケになる。


 そうしないと快感が得られないのだ。


 初めて自分で自分を慰めたのも、五年くらい前。


 両親が家を空けたのをいい事に、ケンスケが当時の彼女を家に泊めた時。


「お前んとこのおばさんにもバレないように協力して欲しい」

 とケンスケから頼まれていたので、僕だけは知るところになっていた。


 夜になり、自室の窓から見えるケンスケの部屋の電気が付いて、

 しばらくして消えたのを見て妄想をした。


 ケンスケが服を脱いで裸になっている様子や気持ちよさそうな声を上げている顔。


 想像が膨らんでいくにつれ、酷く興奮して、

 疼きが止まらなくなり触らずにはいられなくなった。


 左手にベッタリと付いた白いものを見て、

 ああ、あの時の『知らないお兄さん』もこんな感じで気持ち良かったのかな、と

 幼い頃の記憶がふと頭をよぎった。


 うっすらとしか記憶に残っていないが、裏山で遊んでいた僕に声をかけて、

 古寺に連れ込み服を脱がし、僕の顔や胸に擦り付けて果てていた

 あのお兄さん。


 当時は幼かったこともあり「なんだか嫌だったな」くらいの認識で

 その日の晩ご飯の時にはちょっと忘れてたくらいだったと思う。


 性の知識を得た当初こそ、

 あのお兄さんに対しても性的なことに対しても

 嫌悪感を抱いたことがあった。


 でもそれもほんの一時で、そもそも人間とはそういう衝動とともに生き、

 発展してきたのだと知ってからは、変態には気をつけないといけないという

 教訓に過ぎないものになっていった。


 それよりもケンスケが僕と関わったせいで

 大人に殴られて血を流すほどの怪我をしたことの方が怖かった。


 家への帰り道でも、ケンスケがずっと震えていたのを覚えている。


 僕のせいでケンスケがとても怖い思いをしたんだと、悲しく思った。


 ケンスケはあの事件を知っているからか、それからずっと、

 時には過剰なほど僕を色んなものから守ってくれている。


 今でこそ僕もある程度は自衛ができるようになって、

 ケンスケは好んで喧嘩こそしないが、実はめちゃくちゃ腕っぷしが強いので

 危険はほぼ無くなった。


 しかし幼い頃はそうはいかず、

 僕を守ろうとしてケンスケがたくさん危ない目に遭った。


 僕と一緒にいると、ケンスケが危ない目に遭う。


 そう気付いても僕は、ケンスケから離れようとは思わなかった。


 大切だと思っていながら、離れられなかった。


 もうとっくに、ケンスケの存在が僕の中で大きくなりすぎていたから。


 これは、恋なのだろうか?


 それとも、依存なのだろうか?

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