第2話

「えっ、ユキ、うちの大学受けんの?」


「うん」

 クルクルと、クリームがたっぷり乗っかったカフェモカをスプーンで混ぜながら、

 ユキが頷く。


 買い物を済ませ、休憩がてら入ったカフェで驚く話を聞かされた。


「えー!? お前んとこ実質付属みたいなもんじゃん?

 推薦で有名大学確定だろ? なんで外部? しかも俺んとこ?」


 飲んでいたブラックコーヒーをこぼしそうになるくらい驚いた。


 ユキは逆にバカなのかと思うくらい頭が出来過ぎて良いので、

 外部に進学するとしても海外の有名大学や、

 赤い門で知られている大学やなんかに行くものと思っていたからだ。


「ケンスケんとこの大学、心理学強いから。

 将来そっち系の仕事か、研究職もいいなと思っててさ」


「へえー……、あ、クリーム付いてるぞ……、ほら。

 そういやそっち方面で有名な先生いたっけなー。よくテレビにも出てる……」


 喋りながら、ユキの口元に付いていたホイップクリームを親指で拭いとって舐めた。

 甘い。


「コフセ先生だろ? その先生の講義、受けてみたいんだ。あとカリキュラムが……――」


 ユキは俺と違ってしっかりしてる。

 それは年端のいかない頃から変わらないことだった。


 器用で聡明なコイツなら、どこで何をやっても人並み以上の存在になるだろう……。


 ユキの話は俺にとっては少し耳の痛い話だったので、

 ついつい意識をそらしていた。


 すると、ちょっと離れた席の女の子二人が俺たちの方をチラチラと見ては

 コソコソ楽しそうに話をしているのに気がついた。


 歳は俺と同じか、ちょい上くらいかな……。


 二人ともかなり可愛い……。


 俺一人であれば尻込みするレベルの女の子たちだが、今はユキがいる。


 悲しい話だが、あの子たちがユキの見た目に惹かれて

 こちらに注目していることは分かっていた。


 上背こそまだ物足りないが、毛穴が見当たらないほど白く綺麗な肌に

 艶のある青みがかった真っ直ぐな黒髪が映えて、

 両方が互いの美しさを引きたて際立たせている。


 爪楊枝どころかマッチ棒が何本でも乗りそうな長く密な睫毛に、

 二重どころか三重も四重もあるパッチリした大きな目、

 『スッとした鼻筋』の見本になりそうな鼻に、形の整った厚すぎない唇。


 これらの中性的な顔立ちが握り拳とも大差ないような小さな顔に

 整って配置されていて、

 スタイルもスラリとしているが細過ぎることはなく、

 全体的に神秘的とも言える雰囲気まである。


 一言でいえばユキは、超がつくイケメンなのだ。


 ユキを連れて歩くと逆ナン率が平時とは比較にならない。


「聞いてないだろ」

 不機嫌そうに言いながらユキが足でスネを小突いてきたが、

 緊急事態なので伝達が先だ。


「おい、見てみろよ、向こうの席。可愛くね?

 こっちのこと気にしてるみたいだし、いけるぜ」

 少し身をかがめて目線だけで方向を示して伝えた。


 ユキがチラリと俺が指した方に視線を送ると、

 女の子たちが色めきたつのが分かった。


「えー……興味ない。ねぇ、疲れたし帰ろうよ」

 ニコリともせず、冷たく女の子たちから目を離して

 つまらなそうに言い放ってくる。


 ユキはいつもこうだ。


 恋愛に対しての意欲が異常なほど低い。


 理由は分かるものの、勿体ない話だ。


「お喋りして、一緒にブラつくだけ! な?」


「あ、ちょっと!」


 ユキが止めるのも聞かず、女の子たちに声を掛けに走った。


 前の彼女と別れて九ヶ月、いや十ヶ月が経とうとしている。


 学生時代のモラトリアムに終わりが迫っている今の俺には、

 このロスがあまりにも大きく思えていた。


 さらに言えばここまで長い期間、彼女がいなかった経験がないせいか

 色々と限界だった…………主にシモの理由で。


 大学での嫌な出来事も相まって、

 このチャンスを逃すまいという思いが強くなっていたのかもしれない。




「えー! じゃあユキノリ君はまだ高校生なんだ〜」


「若〜い」


 キャイキャイとはしゃぐ女の子たちと仲良く街を歩いた。


 するりと取られた腕に、女の子の胸の感触とぬくもりが伝わってくる。


 多分Cはある。


 こっちの子は脚がいい。


 スラッとしてて、脱いだら脚と脚の間がエロそう。


 可愛い女の子に囲まれホクホクの俺を、

 ユキがちょくちょく恨めしそうに見つめてきた。


 帰りたいって言ってたもんなぁ……。


 後生だ、頼む。

 一生懸命にそう念を送り、なんとかデートを続ける。


「どうする? どっかまたお店とか入る?

 なんか行く予定のとこあったらどこでも付き合うよ?」


 女の子たちに聞いた。


「あ! そうだぁ~、ねぇどうするぅ? あのお店行くぅ?」


「そだね~、でも男の子はちょっと退屈かもぉ……?」


 聞けば、クチコミで話題の雑貨屋がこの辺りにあるらしく、

 向かう途中だったとか。


 ホームページすらないという店で、地図にも載っていない。


 なので店を探してもたどり着けなかったり、

 やっと見つけても休業日で店に入れないなんてこともある、

 隠れ家的なノリを売りにしているような店だと言う。


「へー、いいじゃん! 皆で行こうよ!」

 ぶっちゃけ雑貨屋なんて興味はなかったが、女の子たちが喜ぶならそれが一番だ。


 しばらく歩いてみると運良く、なのか

 どうやら目当ての雑貨屋に到着した俺たちは揃って全員絶句した。


 店構えが、あまりにも凄かったからだ。


 凡庸な街中に突如現れた海外ファンタジー映画のセットかのような、

 非日常感に溢れる店だった。


「……ッキャー! ここじゃん?! うちらスゴくない?!」


「ヤバー! 早く写真撮ろ! 写真!」


 女の子たちが夢中で写真を撮り出した。


 これはSNSに上げれば注目が集まるのも納得だ。

 海外に遊びに来ました、でも通用しそうだもんな。


「こんなお店出来てたんだね」ユキが店に見惚れながら言う。


「ああ、スッゲーよな。外国みてぇ……」


「ドイツの観光地でこういう建物見たことあるよ」


「ええー……その感想もすげぇ……」


 ユキが子供の頃は特に頻繁に海外旅行へ行っていたのは知っていたが、

 ドイツにまで行っていたとは。


 ひと通り外観の写真を撮って女の子が満足したようなので、いよいよ店内に入る。


 正直、外観で期待値がかなり上がっていたのだが内装もそれを裏切らず、

 足を踏み入れた途端、異世界に来たのかと錯覚を起こしそうだった。


 所狭しとアンティーク家具が並べられ、

 高そうな額に入った絵なんかも壁中に飾ってあって、

 店に入った人間にそれらが全部襲いかかってくるような不思議な迫力を感じる。


 落ち着いた色調のものばかりなのにカラフルに感じ取れるほど、

 どの商品も輝いて見えた。


「うっわー……」感嘆の声が漏れる。


 繊細かつ華美な装飾が施された鏡、スタンドライト、

 大金持ちの家にありそうな仰々しい置物、

 意匠を凝らしデザインされたドレスやタキシードなんかも置いてある。


 どうやら客は俺たちだけのようだった。


 これは見る価値がありそうだなと思ってキョロキョロしていると、


「いらっしゃいませ」男の声がした。


 商品の物珍しさに気を取られすぎていたのか、

 目の前に人がいたことに気づかなかったようだ。


「おっと……」

 驚いて声を掛けてきた男を見る。


 店員だろう長髪のその男は、変な格好をしてはいるが

 ハーフのようなエキゾチックな顔立ちで、かなりの男前だ。


 店の雰囲気に合わせているのか、立ち襟の付いたマントを羽織り、

 相貌も相まってさながら魔法使いのようだった。


 イケメンのご登場に女の子たちがまた色めき立つ。


「ここってぇ、すごくステキなお店ですねぇ~♡」


「どれも可愛いぃ~♡ 全部欲しくなっちゃ~う♡」


 女の子たちのロックオンが店員に移ってしまった。


 邪魔してんじゃねぇよ……、立ち去れ……立ち去れ……。


 その様子を歯ぎしりして見ていると、

 店員がふと俺たちの方へ視線を流してきたのが分かった。


 ビタリと店員の目が止まったので俺は警戒した。


 自分が睨まれた、……からではない。


 店員が明らかにユキを見ていたからだ。


 一秒にも満たないほど短い時間だったが、目を見開いてジィっと。


 ユキは男女問わずモテる。


 俺は店員がユキに変なちょっかいを出さないか注意しながら

 店内を見ることにした。


 アンティークは趣味ではないが、

 ここまで凝った作りのものばかりだと芸術鑑賞のようで楽しい。


 フライパンに食器……、キッチン用品なんかもあるのか、

 母さん、いらないって言うかな……。


 このネクタイは父さんに似合いそうだ。


 どれも値札が付いていないのは、やはり高額だからなのだろうか。


 思いがけずウィンドウショッピング気分でいると、

 例の店員がいつの間にかユキと喋っているようだった。


 あっ!


 店員の手がユキの顔にのばされようとしたのを見て、

 飛ぶようにして二人の間に割り込んだ。


「……なんか面白そうなもんあったか?」

 それでも余裕そうに微笑む店員を睨みつけながら、ユキに声を掛けた。


「あ、……ケンスケ、コレ見て。『願いを叶えるキャラメル』だって」

 ユキが手に、五センチほどの立方体の箱を持って言った。


 少しぼーっとしているような気がする。


 この店員に何か変なことでも言われたのだろうか。


 ユキの様子を気にかけながら箱に目をやると、デザインされた明朝体で天面に

『願いを叶えるキャラメル』と書いてあった。


「……なんだそれ胡散臭ぇ」

 どこか宗教じみてもいるような感じがして薄気味悪さを覚えた。


「これはね、食べた人の願い事を叶えてくれるキャラメルなんだ」


 店員がそう言って、ユキの口にそのキャラメルを一粒押し込めた。


「あっ! おい!」

 予想外過ぎる行動に何も対応が出来なかった。


「わぁ、美味しい!」

 ユキはそれをモグモグと食べている。


「お前……! バカ、食ってんなよ!」


「え? 美味しいよ……?」

 ユキはたまに天然ボケみたいな発言をする。


 胡散臭いものをいきなり食わされたのに平然としてるんじゃねぇ。


 毒とまではいかなくても、変なもん入ってたらどうするんだ。


「試食サービスだよ、君もどう?」

 顔に貼り付けてるような気に触る笑みを浮かべたまま、店員が言う。


 よほど美味しかったのか、ユキは目を輝かせてキャラメルの味を噛み締めている。


「……俺はいらねぇ」

 二人の様子に、怒っている自分がアホらしく思えて溜飲を下げた。


 これだからユキからは目が離せないんだ。


 そのあとは店員がユキに近付けないようにべったりとくっついて店を見て回り

 満足して店を出た頃には、辺りが薄暗くなっていた。


 迂闊だった。


 こんなに時間が経ってたとは。


 まだ七時前だが、もう解散だな。


 ユキの家は門限がある。

 ユキがおばさんにキィキィと小言を言われているのを見るのは、

 子供の頃から嫌いなんだ。


 女の子たちは不服そうだったが、適当に謝って帰ることにした。


 連絡先の交換はバッチリなので、次のチャンスを伺おう。


「ケンスケってホント女癖悪いよね」

 家への帰り道、車内でユキが不機嫌そうに言ってきた。


「いきなりなんだよ」


「前の彼女と別れてまだ一年も経ってないのに」


「いやいや、半年以上も経ったんだぞ」


「別れた時、あんなに泣いて愚痴ってたのに」


「うぉ、おいヤメろよ、思い出させんな」顔が熱くなるのが自分でも分かる。


 前の彼女、リエに振られた時。


 俺なりに、次こそはと思っていた恋だった。


 また理不尽な結果を迎えた悲しみに耐えきれず

 ユキの部屋に押しかけ、一晩文句を言いながら泣き明かしてしまった。


 ユキはその時、子供みたいに泣く俺をうっとうしがることもなく、

 ちゃんと話を聞いてくれて、ずっと隣にいて頭を撫でて慰めてくれたりした。


 優しいんだ、こいつは。

 ユキみたいに俺を理解して一緒にいてくれる子に、いつか出逢いたい。


「お前のおかげで立ち直れたんだから、そんなこと言うなよ。

 いいもんだぜ? 恋愛って」


 信号待ちになったので、

 まだ隣でぶすくれているユキの頭にポンと手をやり、続けた。

「嫌がってたのに付き合わせて悪かったよ。今度埋め合わせするから、な?」


 サラリとして潤いに満ちた髪が気持ちよくて、撫でる手が止まらない。

 よく手入れされた猫を撫でる感覚に似ている。


 少し甘いシャンプーの香りが鼻孔をくすぐる。


 ユキはムスッとして両頬を膨らませたまま、こっちを見てきた。


 子供みたいなその様子に思わず吹き出して笑ってしまった。


「エサ食ってるハムスターかよ、可愛いな! こいつめ!」

 膨らんだほっぺを両手で包んでウリウリと撫でた。


「やめろよー」


 ユキもやっと笑ってくれて、安心して俺は言った。


「あーあ、お前が女の子だったら絶対彼女にしてたんだけどなー、マジ惜しいぜ」


 ついつい漏らした言葉だった。


 ユキはいいやつだし、女の子だったらさぞ美少女だったに違いない。


 ユキとわいわい話しているうちに家に着いたので、またなと別れて、

 食事や風呂を済ませてベッドに入り今日一日を思い返していた。


 今度またあの女の子たちを遊びに誘おう。


 ユキはもう行きたくないって言うかな……。


 それにしてもあの雑貨屋はスゴかったけど、変な店だった。


 意味のわからん店員はムカついたし。


 ユキが腹を壊さないといいのだけど。


 ……と思っているうちに沈むように眠りに落ちていた。

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