一章・始まりの村
(うーん……思い出したのはいいものの、この先どうすればいいのかさっぱり分からない。メゴトさんに聞いてみるか…ええと、メゴトさんの連絡先はっと……)
ストレージから連絡先を開いてメゴトさんに連絡を取る。これからどうすればいいか。どこに向かえばいいかを聞くためだ。
「もしも〜し、メゴトで〜す。」
相変わらずのゆるふわボイスが聞こえる。その声色は、少しウキウキしているようだった。
「あ、メゴトさん。実はかくかくしかじかで…」
今起きた出来事を話す。
「あら〜、ごめ〜ん。転送場所間違えちゃったわ〜。てへっ☆」
てへじゃない、てへじゃ。そのせいでこっちは今結構迷惑してんの!
そう言いたい気持ちを抑え、これからどうすればいいかを聞く。
「えっと、僕はこれからどうすればいいんですか?」
「そうね〜……ストレージのところにマップがあると思うから、それを見ながら村の方に歩いていくといいわ。そうすればきっと大丈夫だから!」
本当か?少し疑いつつも、分かりましたと返事をして、通話を切り、マップを開く。ここからそう遠くない位置に小さな村がある。ここに行けばいいのかな…とりあえず行ってみよう。
それから数十分、ただひたすらに広がっている芝生を歩き続けると、遠くに村の入口が見えてきた。僕は思わず早足になる。村の入口にはこう書いてあった。
『ようこそ、モナック村へ』
転生してから約一時間、ようやく最初の村に到着した。
入口をくぐり、村に入る。村の状態は、何者かに襲われたのだろうか、半壊している建物や、何やら襲撃されたかのような跡があちらこちらに広がっていた。すると、村の人々が僕のほうを見るやいなや、怯えた表情を見せて、家の中へ隠れてしまった。その不思議な光景に首を傾けながら、村の中をてくてく歩く。すると、
「何やつっ!」
いきなりどこからか声が聞こえたかと思えば、ヒュンッ!ヒュンッ!と何かが飛んできた。間一髪で交わし、改めてそれを見ると、金属のナイフが、木に突き刺さっていた。しかも刺さった木が溶けている。毒だ。
飛んできた方向を見ると、そこには一人、女の人がこっちをじっと見つめながら立っていた。
スタイル抜群で、黒い長髪は風でなびいている。細い脚は少し力を入れただけでも折れてしまいそうだが、きっとモデル体質とか言うやつなのだろう。そのうえめちゃめちゃ美人で、胸も大きい…ってそこは関係ないだろうが!自分自身を叱責して質問する。
「えっとあなたは一体…」
「私か。私はこの村の門番をしている、クリスシフォン・ファイパスラだ。貴様こそ、一体何者だ。暗黒軍の手下か?」
あ、暗黒軍?なんだそれ。とりあえず僕も自己紹介しないと。
「ぼ、僕はカムル。洲崎カムルと言います。暗黒軍の手下ではありません。ついさっきこの世界にきた転生者です。」
果たして転生者と言って伝わるのだろうか。でも、自分が何者かを説明するには、こういうしかない。
「無断で立ち入ってしまってすみません。でも僕は決して怪しいものでは無いです。」
「嘘をつけ!転生者とか言っておいて怪しくないわけないだろう!」
まぁ、そうだよな。そりゃそうだよな。うん。
「まぁいい。暗黒軍の手下ではないということは信じよう。もし嘘だったら、貴様を真っ先に殺すからな。」
そう言ってクリスシフォンさんは僕の方をじろりと睨む。
ひぇぇぇ〜…おっかねぇ…まさか村に入って初っ端からこんな怖い人と出会うとは…第二の人生も楽じゃない…
「そして、貴様…カムルと言ったな。この村に何をしに来た?観光か?この村には魅力的な観光スポットは何一つ存在しないぞ。」
あなた今さらっとこの村を侮辱しませんでした?まぁいいや。とにかく経緯を話そう。
「あの、実は…」
ここに来るまでの経緯を話す。すると、クリスシフォンさんは血相を変えて、
「なんと、メゴト様が召喚された転生者でしたか!これはご無礼を致しました。この通り、お詫び申し上げますので命だけはお助けを…」
と、いきなり土下座をしてきた。
ちょっとまってどういうこと?メゴトさんを知っているの?詳しく聞きたい…
「あの、あなたは…クリスシフォンさんは、メゴトさんをご存知なのですか?」
「クリスで構わない。ああ、知っているさ。なんて言ったって、メゴト様はこの村で信仰している女神様なのだからな。」
なるほど。そういうことだったんだ。まさかメゴトさんが信仰されていたなんて…確かにあの人は綺麗で、美人で、優しくて、んでもって胸が大きくて…って何考えてるんだ僕は!
首をふるふるする僕に、クリスさんは不思議な表情を浮かべる。
「あ、いや。なんでもないです。へぇ、メゴトさんって信仰されているんですね。そんなに凄い人なんですか?」
「凄いも何も…君は見なかったのか?メゴトさんの力を。」
力?あの人、僕と少し会話しただけでほとんど何もしなかったような…
「いや、何も見てないですけど…」
「そうか……なんでもない。さっきの質問は忘れてくれ。」
なんだったのだろうか…少し気になるけどまぁいいか。気にしてても仕方がない。
「そういえば何だが、君は荷物は持ってないのか?見るからに手ぶらで来たように見えるのだが…」
荷物…そっか。使うものは全てストレージにあるからないように感じるのか。
「あ、えっと、全部この中に…」
そう言ってストレージを見せる。どれどれと言いながらストレージを眺めるクリスさんの顔が徐々に徐々に険しくなっていく。
「君、本当に凄いのを持っているな…これもメゴト様のご加護か…」
聞けば僕がメゴトさんに貰ったアイテムはレアアイテムばかりで、売ればどれも金貨百枚はくだらない代物らしい。それはどれほどの価値があるのかをクリスさんに教えて貰ったら、銅貨一枚で、転生前の世界の百円相当らしい。つまり、金貨百枚は百万円という事になるらしいけど…って、ええええ!!!ひ、ひゃくまんえん!!すげぇやこりゃ…
「それだけでは無い。君が持ってる武器や防具、それにスキルも拝見させてもらったが、どれもこの世界では最強クラスに強いものだ。それにレベルもMAXときた。今まで数々の転生者に会ってきたが、これほどまでのやつと会うのは君が初めてだ…やはり、メゴト様のご加護が…」
なんでも、この世界に転生してくる人は少なからずいるらしいが、メゴトさんの手で転生してくる人は僕が初めてらしい。なるほど…転生させた人によって初めに貰えるやつも変わるのか。そう尋ねると、そうだと言う返事が帰ってきた。僕が貰ったアイテム・武器や防具・スキルはメゴトさんが渡すことが出来る全てのものと言っても過言ではないらしい。メゴトさんは、余程自分の手で転生させることが出来るのか嬉しかったのかな…そう考えていると、今晩泊まるところはあるのかと聞かれた。さっきそれを探していた。その時にあなたに襲われたと話すと、申し訳ないと深く謝られた。そして、良ければうちに来ないか。歓迎しよう。と言われたので、お言葉に甘えてついて行くことにした。
「おじゃましまーす…」
クリスさんの家は豪邸だった。前世の僕の家の何倍だろう…と考えていると、クリスさんが僕に手招きをしていた。我に返り、クリスさんの元へ駆け寄ると、元々はクリスさんの弟さんが来ていたという服を着せてもらった。なんでもクリスさんは三人姉弟の長女で、いつも弟達の面倒を見ていたらしい。しかし、数ヶ月前に起きたとある出来事がきっかけで、弟たち二人を、暗黒軍を名乗るやつらに連れ去られてしまったようだった。なるほど。だから村に入った僕を、暗黒軍の手下だと思い込んだのか。村の人たちの様子も見る限り、みんな僕のことを暗黒軍の手下だと思い込んでいるのだろう。街のあちらこちらに襲撃の跡もあったし、きっとその線が強そうだ…
「だから、君を見ていると、まるで弟たちを見ているようなんだ。弟たちもちょうど君と同じくらいでな。私にすごく懐いていてとても可愛いんだ。」
優しげに微笑んで話しているクリスさんの目には、少し涙が浮かんでいる。きっと今日までずっと一人で暮らしていたんだろう。可哀想に…
「すまない。無駄話がすんだな。今日から君はこの家の一員だ。これからよろしくな、カムル。」
この家の一員…すなわち、クリスさんの家族となることだけど…って、ええぇぇぇぇぇ!!!!
「え、僕今日からここがお家になるんですか?」
「そうだ。家族二人水入らずで過ごそうじゃないか!」
乗り気だなぁこの人…まぁいいか。どうせ住むところも確保出来ず終いだったし、それにクリスさんと一緒にいれば何かと安全だろう。それはそうとして…
『グウゥゥゥゥゥウ……』
盛大にお腹の音が鳴る。時刻は午後一時過ぎ。まだご飯を一口も食べてない僕にはそろそろこたえてくる時間だ。
「お腹がすいたのか。よし。ここはお姉ちゃんに任せろ!とびきり上手いのを作ってやる!こう見えても私は料理は得意なんだぞ。」
気合十分でキッチンに入っていくクリスさんを見て、僕は思わずクスッと笑ってしまった。
「な、何がおかしい///」
少し赤面した顔でこっちをじっと睨みつける。けどその表情はさっきまでの狂気ではなく、優しげな、家族に向けるものだった。
「あ、いえ。なんでもないです。」
するとクリスさんは、少し焦り気味に答えた僕に近づいてきて、お姉ちゃんをからかうとこうだぞ!と、デコピンをした。
「痛っ!」
思わずおでこを抑え込む。そんな僕を見て笑ったかと思えば、キッチンの奥へ消えてしまった。
「料理が出来たら呼ぶ。それまで、家の中を散策しててもいいぞ。」
キッチンから声が聞こえた。じゃあお言葉に甘えてっと……
建物は二階建てで、一階には、玄関、リビング、ダイニング、キッチン、洗面台、浴室、トイレなど、生活する上で必要となる部屋が中心に広がっていた。二階は主に、各個人の部屋を中心に、ちょっとした広間やベランダ、トイレといった、いわゆるちょっとした遊び場みたいな感じだった。もちろん公園よか広くはないが、それでも遊ぶには十分なスペースだった。
部屋の扉にはそれぞれ、『クリスの部屋』、『トロヤの部屋』、『クルの部屋』と書かれている。クリスさんと弟さんたちの部屋か…どんな感じの部屋なのか気になるな…そう思っていると、下から
「おーい、ご飯できたぞー」
という声が聞こえたので、はーい。と答えて、下に降りてキッチンに向かった。
キッチンの中は、思わずよだれがでそうなくらい、いい匂いでいっぱいだった。何も入っていないお腹をさらに刺激する。もうこれ以上は限界だ…早く食べたい…
「お、きたきた。ほら、こっちに座れ。」
言われるがまま、椅子に座る。さ、食べろと言ってだされた料理はどれも美味しそうで、それぞれの匂いを放っていた。黄金色に輝く卵で、グリーンピースやコーン、鶏肉など、様々な具材と米をケチャップで炒めたチキンライスを包んだオムライス。ふんわりと広がる優しい味噌の香りが広がる味噌汁。具材は豆腐とわかめといった、オーソドックスなものだ。ガラスの器に、見るものの目を引くような盛り付けをされたサラダは、とても新鮮で、ごまのドレッシングがかかっている。コップに注がれているオレンジジュースはキンキンに冷えているし、横にちょこんと置かれている小鉢には、一口大サイズのほうれん草のごま和えが入っている。昼食というには少し豪華なものだった。
「いただきます。」
早速、オムライスにスプーンをのばし、口に運ぶ。するとどうだろう。チキンライスの少し濃い味を、ふわとろ卵の優しい風味が包み込み、優しく口の中に広がって、噛めば噛むほどに幸せに満ちていく。もはや美味しいだけでは伝えきれない何かが押し寄せてきた。一度リセットするために味噌汁を一口飲む。しょっぱ過ぎない味噌の味が、口の中を洗い流す。ガラスの器を手に取ってサラダを食べる。レタスのシャキシャキ食感とトマトの甘酸っぱさがたまんない。そこにかかっているごまドレがまた更に美味しさを引き出しているようだ。口に運ぶ箸が止まらない。気がつくと、サラダが入っていた器は空っぽになっていた。ここでオレンジジュースを一気に流し込む。喉を通った時の爽快感がたまんない。ぷはーっと息をつき、小鉢に手を伸ばし、一口で口の中に放り込む。ほのかなごまの味がなんとも言えない。自分自身、ほうれん草のごま和えが好きなため、とても嬉しかった。そして、もう一度味噌汁を飲んでリセットしたあと、オムライスを口いっぱいに頬張る。至福の時間、ここに極まれり!
最後の一口を食べて、味噌汁を飲みきる。
「ご馳走様でした。」
美味かった。いや、美味すぎた。まさかここまで美味いとは思わなかった。これは三ツ星級と言っても過言ではないな…
「お粗末さまでした。米1粒残さないで食べたんだな。感心感心。」
そう言いながら、クリスさんが空いた食器を片付ける。
「あ、手伝いますよ。」
片付けくらい僕もやらないと。そう思って手伝おうとしたのだが、いいから休んでろと拒否されてしまった。クリスさんの片付ける手際が驚く程よすぎて、次々とお皿が綺麗になっていく光景は、見ていてとても気持ちの良いものだった。
「食後のデザートにパインはどうだ?」
食器洗いを済ませたクリスさんがそう聞いてきた。パイン!前世、果物の中で一番好きだったもの。それがパイン。まさかこの世界でも食べれるなんて…ありがたやありがたや…
「はい!食べます!」
「よぉし。じゃあ条件だ。この条件をのまない限り、パインはお預けだ。」
「はぇ?条件って?」
「金輪際、私に向かって敬語禁止。そしてクリス姉と呼ぶこと。家族なんだから当然だろ?」
よ、呼び捨て…それにクリス姉…家族とはいえ少々躊躇いが…うぐぐ…でも背に腹は変えられない…
「わかった。クリス姉、パイン頂戴!」
これでどうだ。言い切ってやったぞと言わんばかりの顔で内心にやっとする。すると、
「/////はい、どうぞ/////」
と、今にも火が出そうなくらいにまで顔を真っ赤にしてクリス姉はパインを差し出す。僕はさらに、追い打ちをかけるようにこう言った。
「ねぇクリス姉、僕、クリス姉にあーんしてもらいたいなぁ…だめ?」
おねだりするように、上目遣いでクリス姉を見る。クリス姉はタジタジしながらも、お、おう。任せろと、パインを一切れフォークでとって、はい、あーんとしてきた。
「あーん。」
パクっ。差し出したパインを一口で食べる。パイン独特の風味と酸味で舌がビリビリする。これこれ。これがたまんないんだよねぇパインは…昔好きでパイン缶を三つくらい一気に食べた時あったっけ…その時は流石に舌が痛すぎて、三缶目を食べる時には味なんてわかんなかったけど…
「ど、どうだ?う、美味い…か?」
少しドギマギしながら話しかけてきたクリス姉が可笑しくて思わず吹き出してしまった。口の中に入っていたパインの一部が飛ぶ。
「うん、美味しいよ!クリス姉があーんしてくれたから今までに食べてきたパインの中で一番美味しい!」
「そ、そうか。そう言ってもらえれば私としてもやったかいがあったと言うものだな。うん。」
もしかして緊張しているのか、それとも恥ずかしがってるのか、言葉に気持ちが入っていない。
「クリス姉、もう一個。」
続けざまにおねだりする。しょうがないなぁと真っ赤な顔になりながらパインを一切れとって、あーんと差し出してきた。
「あーん。」
酸味の中に確かにある甘味が、口いっぱいに広がる。思わず顔がにやけてしまうほど美味しい。こんな美人なお姉ちゃんにあーんして貰って食べる大好きなパイン。これを幸せと言わずしてなんと言うのか。全く考えがつかない。
「ど、どうだ?う、美味いか?」
なかなかどうしてこんなにテンパっているのか。さっきと同じ質問をしてきた。
「うん!美味しいよ!クリスお姉ちゃん!」
「ク、クリスお姉ちゃん…」
クリス姉の顔から湯気が出そうだ。ははーん、なるほど。この人、ブラコンだな…
「弟たちでさえお姉ちゃんなんて呼ばなかったのに…カムル、君はどうしてそんなに可愛いんだ。君は私のものだ。絶対に離さない。」
そう言ってクリス姉は思いっきり抱きついてきた。その拍子に、僕は思いっきり尻もちをついてしまった。
「痛ってぇ…」
「ああ!すまん!カムル、大丈夫か?私としたことがつい取り乱してしまった…立てるか?」
優しく手を差し伸べてくれる。さっきまでのクリス姉とはうらはらに、その姿はまさに姉そのものだった。
「う、うん。あ、ありがと。」
「なに、礼はいらん。弟を助けるのは姉として当然のことだ。」
当然のこと、か…そうやって言い切れるの、なんかかっこいいな…さっきまでのクリス姉とは、まるで別人みたいだ。トロヤ君とクル君にも、こうやってあげてたのかな…
「…ムル…カムル、聞こえるか?おーい?」
我に返る。顔をあげればそこには、心配して顔を覗き込んでいるクリス姉の顔があった。
「大丈夫だよ、クリス姉。」
僕は少し微笑んでそう言った。
「それならよかった。ほら、パインの残りだ。食べな。」
残り数切れ残ったパインを差し出してきた。よし、じゃあ今度は僕が!
「クリス姉、あーん。」
受け取ったパインを、クリス姉にあーんする。クリス姉は一瞬驚いたような顔をしたが、じゃあお言葉に甘えてと、一口でぱくっと食べてしまった。僕は満足気な顔をしながら、パインを全部食べる。すると、
「…これで、お前は私と関節キスしたことになるな。」
と今度はクリス姉がからかってきた。思わず頬が熱くなる僕を見てくすくす笑うクリス姉の顔は、飛びっきり可愛かった。
夕方、夜ご飯何食べようかとクリス姉と話しながら市場へ買い物に来た。どうやらここの市場は朝早くから夜遅くまでやっているらしい。詳しい時間を知りたかったのだが、開始時間と終了時間、共に日によって違うらしく、詳しい時間は決まっていないんだそうだ。驚きつつも感心しながら、市場を見て歩く。
「いらっしゃい、いらっしゃい。今の時間から果物のタイムセールが始まるよ!全品半額の大安売りだ!さぁ、さぁ、買ってった!買ってった!!」
「さぁ、たった今釣ったばっかりの新鮮で活きのいい魚が入ってるよ!奥さん、今日の夕飯にどうだい。なんてたってそこら辺のやつとは鮮度が違うんだから…」
「いらっしゃいませ〜。ただいまこちらの食パンが焼き上がりましたよ〜。ふっくらもちもちの食パン、いかがですか〜?」
三者三様、十人十色。みんなとにかく買ってもらおうと必死だ。市場は前世では二回くらいしか行った時がなかった。それも自分がまだ物心つく前に行ってるから、実質初めてか。へぇ、市場ってこんなに盛り上がるんだな。
「お〜い、親父さん、鮭の切り身二切れくれ。」
「お!クリスちゃん毎度!いつもいつもありがとねぇ。弟さんたちは元気かい?」
「それが、先日の暗黒軍の襲撃の時に連れ去られてしまってな…元気だといいんだが…」
「そうかい…変なことを聞いちまったな。そんで、こっちの坊主はなんだい。知り合いかい?」
「この子はカムル。今日転生したばかりの転生者なんだ。親父さん、聞いて驚くなよ?なんとカムルはあの女神・メゴト様が、直々に転生させたやつなんだぜ?」
「そいつは本当かい?!いやはやありがたやありがたや…」
「あっと、えっと、その…」
しどろもどろしている僕を見て、クリス姉はクスッと笑う。
「ほら親父さん、カムルが困ってるだろ。」
「おっと、そいつは失礼した。ほいよクリスちゃん、鮭の切り身な。坊主に免じて二つオマケしておいたからよ。」
「ありがとう、親父さん。」
そう言ってクリス姉は銅貨六枚を渡す。
「毎度!また来てな!」
親父さんに一礼して、また市場を歩き出す。こうして見れば、市場には色んなものが並んでいる。魚屋や八百屋の様な食品屋はもちろん、他にも雑貨屋や、衣服屋、そしてちらほらと飲食店もある。クリス姉曰く、この市場には生活に必要なものは大きい家具等は抜いてほとんど全て揃うらしい。僕もそう思う。むしろ、これだけの店が出店してて揃わない方がおかしいくらいだ。果たして一体どのくらいの店舗が出店しているのか…後で確認してみよう…
僕らは魚の他にも、肉や米、野菜、果物を買った。僕が荷物持ちを引き受けたのだが、思いのほか重くて、結局クリス姉にも少し持ってもらう羽目になってしまった…
家に帰る前に、少し広場で遊んでいくかと言われ、うんの二文字で返事をして広場へ向かった。広場はとても広く、野球のグラウンドの広さ二個分はありそうだった。僕は、おもむろにストレージから剣を取り出し、何回か素振りをした。短剣だったけど結構重い。僕自身のレベルはMAXで、スキルも沢山持っているのだが、何故か戦闘に関してのスキルは何一つ持っていない。そんな状態で、最強クラスの短剣を連続で振るには、まだまだ練習が必要だった。僕を近くで見ていたクリス姉は、まるで我が子を見るかのような優しい目で、ずっと見つめていた。
三十分後、剣の操作に慣れてきた僕は、試しに連続斬りに挑戦した。すると、最初は一回や二回で限界だったのに、なんと六連続で振ることが出来た。
「やったぁ!」
ガッツポーズしてクリス姉の方を向く。クリス姉は、よくやったなと言わんばかりの笑顔を見せてくれた。その笑顔が何よりも嬉しく、そして何よりも可愛かったため、思わずドキッとしてしまった。
そのあと何本も連続切りを練習した結果、十連続で出せるまでに成長できた。クリス姉曰く、剣の練習を始めた初日に、連続切りを十連続で決めた人は、クリス姉が知る限りでは僕が初めてらしい。良くても七か八連続なんだそうだ。それもみんな初級クラスの短剣。僕みたいに初っ端から最強クラスの短剣を、たった数十分やっただけで十回も連続で振れるのは、やはりメゴトさんの恩恵が大きいのだそうだ。へぇ、そうなんだ。そういえば、スキルはどうなったんだろう。僕はおもむろにストレージを開いてスキル欄を確認する。すると、《短剣使い・極》というスキルが追加されていた。これは何かとクリス姉に聞くと、短剣使いとは、短剣を十回連続で振れたものにつくスキルで、比較的取得しやすいスキルなんだそうだ。最も、それは極はついていない。極がつく称号は、最強クラスの武器を使うのが条件で、僕は最強クラスの短剣を十回連続で振ったから、このスキルが付与されたんだそうだ。改めて短剣を持ってみると、心なしか軽く感じた。今のこの状態なら十連続はもちろん、十五連続、二十連続と続けれそうな気がした。よし、これからも剣の腕を磨いていこう。そして剣だけじゃなく、他の武器のスキルも身につけていこう。僕はそう心に決めて小さくガッツポーズをした。
家に着いた瞬間、さっきまでの興奮が消え、今日一日蓄積された疲労が押し寄せてきて、思わず腰を下ろしてしまった。疲れた。もう一歩も動きたくない。そう思っていると、クリス姉が僕の顔を覗き込んで、
「お疲れ。よく頑張ったな。」
って言いながら頭をなでなでしてくれた。
「すぐにご飯の支度するからな。まだ寝るなよ?」
そう言ってクリス姉はキッチンへと消えていった。少し頬を赤らめた僕は、残りの余力を振り絞って立ち上がった。すると、ピンポーンと、玄関のチャイムがなる音がした。誰だろう。僕まだ全然この村の人達のことわかんないから怖いな。そう思いながら、はーいと返事をして玄関のドアを開けた。そこに居たのは、ボロいフードを被った、小学校低学年くらいの子供だった。
「えっと、どちらさま?」
「あの…お願いです…助けてください…」
女の子だ。顔を上げた時に見えた綺麗な紅色の瞳に、涙が浮かんでいる。
「えっと、ちょっとここに上がって待っててください。」
玄関に上げて、クリス姉を呼ぶ。すると、クリス姉を人目見た女の子は、わっと駆け出し、クリス姉に抱きついてきた。
「クリスお姉ちゃん…会いたかった…お願い…助けて…」
「その声は…もしかしてフェルムか?一体どうしたんだ、そんなに脅えて。」
「クリスお姉ちゃん…私…悪いお兄さん達に虐められて…せっかくお姉ちゃんから貰ったお金も取られて…こっそり逃げ出そうとしたら追ってきて…怖くて…怖くて…」
泣きながら、女の子・フェルムはそう話す。
「そうか…それは辛かったな…だけどもう安心しろ、お姉ちゃんが一緒だ…カムル、お前には話してなかったな。この子の…フェルムの親と私の親はとても仲が良くて、私とフェルムは、いわゆる幼馴染みたいなものだ。フェルムはいつも、私のことをクリスお姉ちゃんと呼んでいるんだ。私もフェルムのことを実の妹のように思っている。最近姿が見えないと思ったらそうか…そういう事だったんだな…」
クリス姉は悲しそうな顔をして、フェルムの頭を撫でる。フェルムは安心しているのか、いつの間にか泣き止んで、クリス姉の腕の中で眠っていた。そっか…フェルムにそんなことが起きてたんだ…助けたい…大したことは出来なくても、フェルムの助けになってあげたい…気づけば、血が出るくらい手を握りしめていた。その時だった。またしても、ピンポーンと玄関のチャイムがなった。
「カムル、フェルムを頼む。」
クリス姉はそう言って僕にフェルムを渡すと、はい、どちら様ですかと玄関のドアを開ける。そこに居たのは、まだ若い青年の三人組だった。
「すみませーん。ここにボロっちいフード被ったガキ来ませんでした?」
フェルムのことだ。三人組のリーダーらしき青年が嘲るような声でそう言った。ほかの二人も、嘲るように笑い出す。その光景を目にした僕は、怒りのあまり、青年たちに殴りかかろうとする体制をとったその時だった。突然、リーダーと思われる青年の体が激しく吹き飛んだ。痺れを切らしたクリス姉が思いっきり顔面をぶん殴ったのだ。
「…言わせておけば、ボロっちいだのガキだの随分と私の妹に向かってご挨拶なことを言ってくれたな…それに妹から金も巻き上げたらしいじゃねぇか…テメェら…この代償は高くつくぞ…分かってんだよな?あ?」
鬼の形相で三人を睨みつけるクリス姉のその眼には、とてつもない殺気が宿っていた。
「ひ、ひぃぃぃぃ…」
青年二人とも腰を抜かして、立ち上がれないでいた。クリス姉がさっきぶっ飛ばしたリーダーらしき青年は、痙攣して、口から泡を吹いて気絶している。
「おい、立てよテメェら。男だろうが。」
そう言ってクリス姉は青年二人を蹴り飛ばす。
「あぐぅ…」
「うぐぅ…」
お腹を抑えて悶絶している二人を見下して、十、九、八…とカウントダウンを始めるクリス姉。手には、僕を襲った時に使っていた毒付きのナイフを持っていた。そのただならぬ殺気と迫力に押されたのだろうか。青年二人とも、白目を向いて気絶してしまった。それを確認したクリス姉は、はぁっと一息ついて、僕の方を向き、しーっと人差し指を口につける。誰にも喋るなという指示なのだろうか。僕は首を縦にこくんと振る。実を言うと僕も、クリス姉の迫力に押されて立てないでいるのだった。クリス姉は、三人を無理やり起こして、今度うちの妹になにか仕出かしたらこうだからよく覚えておけと、首を切るジェスチャーをする。一瞬で顔面蒼白になった三人は、命だけはお助けをと所持金全てと、フェルムから奪ったお金全てを置いて、全速力で逃げ出した。置いていったお金を拾って、家の中に戻るクリス姉の表情は、安堵と悲しみ、どちらも混ざっていた。いつの間にかフェルムも起きていて、クリスお姉ちゃんっ…と、クリス姉に抱きつく。クリスは、いつも通りの優しげな表情に戻って、フェルムの頭を撫で、取り戻したお金を返す。すると、みるみるうちにフェルムの顔が明るくなっていった。
「お姉ちゃん、ありがとう!」
と、泣き笑いの表情で言うフェルムは、誰がどう見ても天使そのものだった。
「どういたしまして、フェルム。そうだフェルム。今夜はもう遅いし、うちに泊まっていきなさい。親には私から連絡しておくから。」
「あ、実はね…お姉ちゃん。私、お父さんに言われて、今日からお姉ちゃんの家で暮らして、お姉ちゃんから仕事を教わりなさいって言われたの…」
「そうだったのか。よし、わかった。お姉ちゃんに任せろ!」
「わぁいやったぁ!お姉ちゃんありがとう!」
「そうと決まれば…そうだな、フェルム。カムルに自己紹介をしようか。」
「わかった。あの…初めまして…フェルムです。今日からよろしくお願いします。」
「あ、こ、こちらこそ。洲崎カムルって言います。よ、よろしく…」
「よしカムル。今日からお前はフェルムの兄だからな。よろしく頼むぞ。」
そう言ってクリス姉は、僕の肩にポンと手を置くと、キッチンへと戻って行った。
「は、はい?」
「…カムルお兄ちゃん。」
そう言ってフェルムが僕の腕を掴んできた。はいよ。分かりました。そんなことされて断れるわけないだろ。
「これからよろしくな、フェルム。」
そう言ってフェルムの優しくフェルムの頭を撫でる。フェルムは嬉しそうな表情を浮かべ、ただ静かに、頭を撫でられていた。
「さ、お前たち、ご飯の準備ができたぞ。冷めないうちに食え食え。」
「「はーい!」」
二人揃って返事をして、いい匂いのするキッチンへと向かった。
女神様が転生させた少年は、この世界で最強クラスの逸材だった。 神久津 @kamiQZ
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