第9話 房事

「ユルシュル」

 まばたきはするものの、その視線が向けられることはない。

「ユルシュル」

 返事はもう、望めない。


 いつも、侍女が丁寧に世話をしている。言葉は交わせず、意思の疎通は全く出来ないが、導けば、その通りに彼女は身を動かす。食事も入浴も散歩も、介護の手があれば問題ない。つきっきりの侍女はゾエひとりだが、もともと女騎士であった彼女の力強い助力があれば、生活に不便はあれど、支障はなかった。

 セレスタンは、朝食と夕食をユルシュルと摂るよう努めていた。

 一言の相槌さえも望まず、ただ、楽しい話題だけを食卓に飾った。

 自分が傍に居られないときは、ドニにトラヴェルソを吹かせ、無聊を慰めさせた。


 決して避けられない、『聖なる光』の儀。

 ユルシュルの寿命が尽きるまでは、終わらせられない。

 めてしまえば、また、あの災厄が起きる。今度は国の全土が滅ぶまで、められなくなるだろう。

 だから、ユルシュルの血と苦悶の声を捧げなければならない。定められた期間のあいだ。彼女の命が続く限り。

 セレスタンは、自分が唯一、許せることで、それを凌ぐことにした。


「ユルシュル。君が私を愛していると言ってくれたことを、愚かにも信じているから、こうすることに決めたよ」

 頬を撫で、薄く開いた唇に、深く口づける。

「君を苦しませるのだとしたら、それは、私の重すぎる愛を知るときでなければ。本当は君の肌に傷をつけたくはないんだが」

 そう言って、小さなナイフを取り出すと、セレスタンは自らの腕に刃を走らせた。鮮やかな朱の血が滴る。しかし、彼は自分の傷には慣れきっていて、この一閃だけで声を上げることはない。

 持ち上げたユルシュルの指に刃を当てる時のほうが、彼の顔は苦しげに歪んだ。

 そっと力を込める。小さな血液の滴が盛り上がるのを、彼は手巾で優しく拭った。軽く押さえて、すぐさま止血する。自分の傷は放置して。


 それから、彼女の夜着を開いた。

 少女の幼さを残した身体。

 香油を擦り込ませた肌は艶やかで、しっとりと手のひらに吸いつく。


 興奮を訴えていけば、彼女の瞳に涙が浮かぶ。きっとそれは生理的なもので、感情はいっさい宿っていない。けれど、ふたりの呼吸は乱れ、荒く昂っていく。

「ユルシュル」

 呼びかけてから、彼女の内に押し入った。

 ありったけの愛を込めて、彼女を揺さぶる。

「……っは……あっ」

 苦しげな息に混じる、小さな声。

 今の彼女が発する、唯一のもの。

 セレスタンの黄金色の瞳から涙が止めどなく溢れて、彼女をも濡らしていった。

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