第8話 逆転

 命を狙われていた王子を呼び戻した。

 病に倒れた王女に快復の希望は持てないために。

 次代の王となる者は、もはや、この王子しかいない。

 だから、王子が狙われることは、これからはないだろう。

 王は苦渋の決断を発表し、不遇な場所にいた甥を次期王位継承者として正式に認めるよう、求めた。反対する者は、いなかった。反対しても、他に王子や王女はいない。血統が途絶えてしまうだけだ。


「頼む、セレスタン。ユルシュルに『聖なる光』を発させることは免れぬだろうが、せめて」


 平伏する父親の背中に、冷たい視線を落とす。


「邪神との契約だな。『聖なる光』を定期的に捧げよと。その血と苦悶は、多ければ多いほど国を豊かにすると。しかし、安易に殺すなと」


 王弟だった頃のエドモンが、兄から王位を簒奪するためにした、愚行。そのつけを、娘のユルシュルが払うことになった。


 前国王マルタン。セレスタンの父は、邪神の力で気狂いの病とされた。さらに大雨、地震い、落雷、河川の氾濫、疫病が次々と国内を蹂躙し、都市部まで雪に閉ざされるような異常にも見舞われた。すべて、エドモンが邪神に願ったゆえに起きたことだ。それなのに、それらは正気を失っていたマルタンの招いたことだとされて、彼は囚われ、処刑された。

 幼い王子は怒れる臣民に命を狙われるとして城から出され、行方しれずとされたが、真実は違っていた。エドモンが邪神と交わした契約の贄とされたのだ。新月の前後10日間。その血と苦悶の叫びを捧げるように。


「彼女が私と同じ経験をすることはない。『聖なる光』の儀式の後、あなたが彼女の様子を知れるようには計らおう。だが、無事を確認するだけだ。二度と会わせない」


 復権した王子は、国王よりも強い権力を持つようになっていた。もう既に、エドモンは傀儡も同然。彼は、飾りの王としてしか機能していない。

 それほどに、側近たちを掌握するセレスタンの国家元首としての力は、大きかった。言葉も、態度も、思考も、振る舞いも、すべてが。地下牢で震え、痛みに泣き叫ぶことさえあった少年だった彼は、冷徹な次期王位継承者の青年に姿を変えた。

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