第7話 犠牲
「王女殿下は、〝立場を取り替える〟と仰っておられました」
ドニの言葉に呆然とする。
腕の中で涙に濡れ、呼びかけても何の反応もない少女は、見たところ、身体に傷を負ってはいない。だが、その瞳は何も映そうとせず、その唇は何も語ろうとしない。
「ええと、〝魔法で焼きつけられた贄の証を、移すのだ〟と。血と苦悶の声に贄の証があるのなら、それを自分の身に移すと」
「なんてことを! ユルシュル……!」
ドニが涙をぽろぽろと零した。
「王女殿下が伝えてほしいと仰いました。セレスタンさまの16年を、お返ししたいと。それは我が身で贖うから」
しゃくり上げ、さらに告げる。
「そして、どうか、この国を、お願いします、と」
「もういい……!」
それ以上、聞きたくなかった。
彼女のいる国だから、この身を供えよと求められることを受け入れていた。勿論、今までも拒めたわけではない。けれど、これまでは死をちらつかせて回避していた傷をも、避けないようになった。どれほどの苦しみをも受けようと決めた。たとえ、それで死が訪れたとしても。その私の苦悶にこそ、光を宿らせられるのだから。血を流せば流すほど、彼女の国も潤うのだから。
それなのに。
「ユルシュル……!」
その贄に、彼女が替わりに立とうとするなんて。
なんの反応も示さない彼女を抱きしめた。
「青薔薇公⁉︎ 何故!」
息を切らした男性の声。
はるか昔、聞いた声。
「陛下……」
「ま、さか、ユルシュル⁉︎」
青褪めた王。
こんなところに現れたということは、なにかしら、予期していたのだろう。だが、想定以上の事態だということは、その表情を見れば判る。
「本気だったのか……?」
その言葉に爆発した。
「知っておられたなら、何故、ここに来ることを阻まれなかったのですか、叔父上! どうして! ユルシュルを止めてくださらなかったんですっ」
閉じ込めてでも、止めていれば。
「……部屋から出すなと命じていた。見張りも立てていた。だが、香を焚いたようだ。意識を沈める香を」
言い訳でしかない。
跪き、娘の顔を覗きこみ、彼は嗚咽した。
「ユルシュル……おお……なんてことだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます