第6話 抵抗

 二年が過ぎたように思うけれど、もう、時間の感覚も薄れている。

 自分の意識が覚醒したのが半日前なのか、数瞬前なのかも分からない。


 肉体が訴える苦痛に死を色濃く感じるようになってから、彼女の夢を、よく視る。ふわりと広がる黄褐色の柔らかな髪が頬に触れて、耳元で、あの愛らしい声が歌うように告げる。わたしの名を。


 明るい響きが呼ぶだけで、この名にも光が降り注ぐような気がする。忘れえぬ、救済そのものの彼女の声。

 開きかけた蕾のような、ふっくらとした唇が紡ぐ呼び名……

「セレスタン」

 ……涙を含んだ声?

「セレスタン。ああ、ごめんなさい、遅くなって」

 頬が濡れる。

 雨の音など、しないのに。


「セレスタン?」

 柔らかな手の感触が両頬を包み、指で水滴を拭われた。

 絶望の吐息。


「ああ、あなた、目まで?」


「──ユル……シュル……」

「ごめんなさい。ごめんなさい、セレスタン。わたしは何も知らなかった。知らなかったの、あなたのことを。酷い罪だわ、わかっているの」

「わたしを、覚えて、いたのか」

 首筋に熱い息を感じた。

「忘れるわけないわ、愛しいセレスタン。貴方は私の大切な、たった一人のひとよ」

「あり、が、とう」

 あちこちが砕かれ、傷つけられている身体を、彼女は抱きしめることも出来ないでいる。それを悲しいと思ったが、言葉を交わせただけで、もう、思い残すことはなかった。

 しかし。否、だから。


「聞いて、セレスタン。私、やっと見つけたの。ひとつだけ、貴方を助けられる方法を。今からそれをするわ。時間がないから、これ以上は説明できないけど、ドニに全部、話してあるの。あとで彼に聞いて頂戴」


 ──なにを?


「ああ……愛してるわ、私のセレスタン。ずっと、これからも、いつまでも」

 唇が、優しい熱に塞がれた。

 乾いた口に入ってくる潤みは、口腔内で何かを探っている。

 そこから、何か禁じられた魔法の力を感じた。

 急速に身体の傷が癒えて、体力までもが戻ってくる。


「⁉︎」


 思わず細い肩を両側から掴んで、離そうとした。しかし、彼女はぴくりともしない。

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