第3話 無垢

 お気に入りのドレスは軽くて、素敵な淡いクリーム色をしていた。

 フリルもレースも細かくて、近づかなければ、気づかない。遠目には、それほど華美には見えない。

 けれど、生地に織り込まれた花柄は光沢が綺麗で、本当に、大好きなドレスだった。ベルにも似た意匠のドレスを下げ与えるほど。


 通りすがりに出会う侍女も侍従も、文官も、大臣も、決まって笑顔で褒めてくれるから、嬉しくなって、どんどんと進んで行った。

 城内を歩き回るうち、裏庭の外れまで来てしまっていることに気づく。

 こちらのほうには人通りがない。


 城壁よりも手前。柵で囲われた一角がある。その近くに騎士が座っている。近衛騎士の制服だけれど、何故、座っているのだろう。近づいて行った。そして、わかった。眠っているのだ。


 その途端、空から真っ青な塊が柵の向こうに舞い降りてきたのが見えた。国鳥である、アオツグミ。

 ──会いたい!

 柵の周囲を見渡すと、一箇所、板が傾いている。近寄って確認してみた。釘が抜けているのだ。思い切り引っ張り上げると、くるりと板が回ってくぐり抜けられそうな穴になった。

 嬉しくなって、穴を潜る。

 そこに、彼はいた。


 『青薔薇公』。

 前王の長子であるのに王子殿下と呼ばれない存在。

 知らなかった。

 その説明を受けたのは、彼と逢うようになって、かなり経ってから。彼と逢えなくなったときだ。


 横たわっていた彼の黄金色の瞳に、どきりとした。

 近寄って、お辞儀する。

 素性は分からなかったものの、彼の纏う雰囲気は、父王に近しく感じられた。着ているものが決して上等ではなくとも。ただ、彼は傷を負っていた。腕にも脚にも、整った顔にさえ。

 手当てするとしても、まずは、用意できるまで、ここで待ってもらう必要がある。自分を信じてもらわなければならない。だから、挨拶をした。

「こんにちは! 私はユルシュル。エドモン王の娘です。貴方は初めましてね。お名前は?」

「……王女が耳になさる名を名乗れる者ではありません」

「そんなことはいいわ。でも、それより貴方は傷だらけよ。手当てをしないと」

「できません」


 どうしてなの? と、聞くと。

 彼は微笑んだ。

「この血を流すことで国を支えているからです」

 驚いた。

 そして、悲しくなった。

「貴方が血を流すことで支えなければならないような脆弱な国なら、何をしようと、早晩、斃れるわ」

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