第4話 寸刻

 憎しみも恨みも、怒りも、なにも、わたしに安穏を与えてはくれない。

 だから、その瞬間が来ることだけを望んでいた。

 わたしの終わりを。


 冷たい石の床が身体を冷やす。

 熱を出したときだけ運び込まれる寝台は、ただ、わたしを死なせないためだけのもので、安らかな眠りさえ許されない身なのだと理解して久しい。

 傷を負い、血を流し、力を放出する。

 眠りさえわたしには優しくはなく、悪夢に魘されて度々目を覚ます。

 この世に希望が持てなかったから、あの世に光を見出すしかなかった。

 命ながらえる苦痛に耐えるには、死後の安寧を夢見ることしかなかったから。


 それなのに。

 何故、君は現れた?


 はじめは、きっと偶然だった。

 それから彼女は、まるで知っているかのように、庭で陽射しを浴びていると現れた。甘い菓子と、香りのよい茶を大きなポットに用意して。軟膏や当て布や包帯を籠に詰めて。誰にも見咎められていないのが不思議だった。

「内緒なのよ。だから、カップが、一つなの。許してくださる?」

 こちらが困惑するほどの無防備な笑顔。

 王女とカップを分かつなど出来ない。

 そう言っても、彼女は、

「誰も知りはしないのに、誰が文句を言えて?」

 ころころと笑った。楽しそうに。


 胸が絞られるように苦しい。

 何度でも名を訊いてくる、その無邪気な瞳。

 輝く頬と、艶めく唇。

 さらさらと靡く髪。

 柔らかそうな手に小さな野花を摘んで、

「ヒナギクよ」

 微笑む姿は、天使のようだった。


 せめて、この穏やかな時間が、いつまでも続けば。

 願うようになっていた。

 愚かにも。


 終わりの瞬間というのは、いつも突然に襲いくる。


「王女殿下! こちらで何をなさっておいでです⁉︎」


 年嵩の侍女らしき者の叫びが、耳を貫いた。

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