第2話 生贄

 痛みに慣れるのは、ほんのひととき。

 痺れてきた身体が何も感じなくなるよう、頭を空っぽにしようとする。そうすると、脱力して、突き刺さった杭に脚の肉を裂かれ、酷い苦痛に叫んで耐える。けれど、もう、声はかすれてしまっている。


 ドニが水の入った鉢を差し出してきた。

 反射的に飲み下す。


 この苦痛も明日には止まる。

 月の満ち欠けで決められているらしい数日間を生き延びれば。

 ただ、孤独なだけの日々に沈む。

 終わりのない、にえとしての義務。


 血を多く流し、苦悶の叫びを上げることで、『神』に捧げられた『聖なる光』が国を覆い、守り、繁栄させるのだと覇王は言った。だから、おまえは生き続けなければならない、と。


 『青薔薇公』。

 隠され、忘れられた、前王の長子に押しつけられた、この名の屈辱を、決して忘れてはならない。


 父が病まなければ、こんなことにはならなかった。

 否、父が病んだから、こんなことになったのか。


 気を失いそうになる度に、あの輝く笑顔が瞼の裏に浮かび上がる。

 あの、無邪気で純粋な、愛おしい笑顔。

 無知で愚直で、浅はかな、可哀想な……それは、わたしか。


 あの頃は、ときどき腕を切りつけられて血を抜かれるだけだった。それでも苦しかったが、今よりはましだ。


 陽を浴びないと長く生きられないという医師の言葉にあったのは事実だけで、同情心なんて無かっただろう。けれど、午前中、少しだけ城の庭に造られた一角に出されて草の感触や日差しの暖かさを肌で感じられることは、ただ、悲しいほどに嬉しかった。鳥の声を聞き、風に吹かれ、小さな名もない花を見て。生きている、と、感じた。


 逃げようとしなかったのは、誰も自分のせいで死なせたくなかったからだ。

 忠実なドニは三人目の童僕だ。

 先の二人は、わたしが抗ったり死のうとしたときに殺された。

 従わなければ、次々と、死ぬのだと言われて。

 わたしは逆らう気力を失った。

 童僕たちは、皆、わたしに親切で、優しかった。そうせよと言われていたからだとしても。心遣いは細やかで、そこに嘘は見えなかった。


 晴れた日の午前中。

 決まった数日を除いて。

 成長途上のわたしは庭に出されていた。


 あなぐらのような地下の狭い空間とは違う場所。

 離れた四方を高い柵が囲ってあり、花壇も植木もない原っぱのような場所だが、たまに舞い降りてくる小鳥や昆虫が、生き物の営みを教えてくれていた。

 そこに、彼女は現れた。

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