第9話 タカ型獣兵

 最後に彼は「神のご加護を」と添えた。仲間たちも口々に「神のご加護を」と言った。

 カルロスは脚に挟んでいたFNP90を拾い、スライドを引いてセーフティをフルオートにした。カルロスは前方を走る高機動車の天井ハッチにいる隊員を、フロントガラスごと撃ち抜いた。

 助手席側のフロントガラスが消し飛んだ。ボディアーマーさえ貫くP90の5.7x28mm弾は、ヘルメットを容易く破壊して隊員の脳を破裂させた。高機動車の両サイドから隊員が身を乗り出し、89式自動小銃でこちら側に銃撃を始めた。

 カルロスと運転手は身を屈め、第一波の銃撃から免れた。窓ガラスが砕け散り、サイドミラーが飛んだ。銃撃が止んだ瞬間、蜂の巣になったシートの前に素早く起き上がり、カルロスは高機動車を銃撃した。

 真下に排出される薬莢が、カルロスの腿の上を跳ねて足下に溜まる。後部座席にいる仲間が日本兵と同じように窓から身を乗り出し、M4カービンで応射した。マイク・デーンから購入したRPG-7とブローニングM2重機関銃、そしてM4カービンは、中古とは思えないほどその威力を遺憾なく発揮していた。

 先頭でもまた、カーチェイスと並走した銃撃戦が繰り広げられていた。ワゴン車の後部ドアが全開され、中から三人もの『信ずる者を救う会』の戦士が軽装甲機動車に応射していた。

 日本兵が放ったミニミ軽機関銃の弾は、ワゴン車にいる戦士のうち一人を仕留めていた。が、その傍らに居る戦士二人の一斉射撃が、天井ハッチにいる兵士を撃ち殺した。

 戦士の一人が、AK-47のマガジンを交換しながら背後に向かって怒鳴った。

「ジゼフ! 上の日本兵は始末したぞ!」

「ありがてぇ」

 ジゼフはRPG-7の発射機に擲弾を装填し、サンルーフから再び身を乗り出した。死んだ隊員が車内に引きずり込まれ、別の隊員が天井ハッチから姿を現す。戦士はジゼフを守るために、ミニミ軽機関銃を構える隊員に身を挺して銃撃を浴びせた。

 仲間に全幅の信頼を置くジゼフは、恐れを一切抱いていなかった。彼は己の仕事にのみ集中した。日本兵は戦士の妨害を受け、思うようにジゼフを狙えなかった。ジゼフはRPG-7の照準を、軽装甲機動車のフロントに合わせた。

 ワゴン車が加速する。それを合図に、戦士二人は後部ドアを急いで閉めた。後部ドアが閉まるのとほぼ同時に、ジゼフは二発目の擲弾を放った。擲弾を放つと、ジゼフは行く末を見届けずに発射機を捨てて、もぐら叩きのモグラのように車内に頭を引っ込めた。

 ミニミ軽機関銃の5.56x45mm弾を掠りながら飛んだ擲弾は、軽装甲機動車の運転手の目の前に着弾した。擲弾はジゼフの狙い通りの位置で爆発し、前部乗員席を吹き飛ばした。

 前部乗員席を炎上させた軽装甲機動車は僅か145メートルのカラマントンネルを脱し、カラ里トンネルとの間にある短い道路の中腹で停車した。後方に居た軽装甲機動車を薙ぎ払ったブラウンのワゴン車は96式装輪装甲車を追い抜き、対向車線に横向きに停まって道路を塞いだ。停車した軽装甲機動車の手前で、96式装輪装甲車は停まった。その後ろに最後の高機動車が停まる。

 高機動車から20メートルほど離れて停まったジープから、カルロス含む四人の戦士が降りた。その手には各銃器が握られている。道路を塞ぐワゴン車二台からも、『信ずる者を救う会』の戦士が降り、銃を構えて戦闘車ににじり寄った。先頭を行くカルロスとジゼフは、それぞれハンドシグナルで仲間に戦闘車を囲むよう指示した。

 一方その時、カラ里トンネル前に立ち往生させられた三台の戦闘車の乗員には、無線にて「外に出るな」との指令が下されていた。

——曰く、「巻き込まれるぞ」と。

 それは上空100メートルを旋回し、ジープとワゴンを離れ迷彩柄の戦闘車に近づく者たちを捉えていた。

 その中の一人に狙いを定めると、それは直角に限りなく近い角度で急降下を始め、森の中へと飛び込んだ。両翼の角度を変えて徐々に態勢を持ち上げると、それは木々の間をすり抜けるように鮮やかに飛行した。樹木が視界の隅へと避けては消え、戦闘車が停車する100メートル程の短い道路のガードレールが、眼前へと急激に迫る。順調に加速を重ねたそれの飛行速度は、時速80キロに達していた。

 何かが、カルロスの背後を、左から右へと凄まじいスピードで通過した。風を切る気配に振り向いた時には既に遅く、何かが砕けるぐしゃりという音が響いた。

 中央線を隔てた対向車線から高機動車に接近していた仲間が、その場でひっくり返ってアスファルトの上に倒れた。倒れた仲間の真上を何かが飛び去り、森の中へと消えて行った。

 カルロスは目を凝らし、仰向けに倒れた仲間を素早く観察した。片目から頭蓋を抉られ、開いた額から脳が露出していた。当然、絶命している。足元に、抉られたのと同じ方の目の穴が異常に拡大したケブラーマスクが落ちていた。

 戦士の一人が突如倒れたことに、他の仲間たちはどよめいた。各々あちこちに銃を構えて、仲間を葬った何者かがどこに行ったかを探した。険しい顔で、カルロスは呟いた。

「獣兵か……!」

 カルロスは日本兵の乗った高機動車に警戒を払いつつ、ジープの方へ取って返した。トランシーバーを口に寄せて彼は怒鳴った。

「タカ型獣兵だ! 車に戻れ!」

 ジゼフは片手を挙げて仲間を止め、引き返すように命じた。

「後退! 車へ——」

 ジゼフが後ろを振り向いた瞬間、最後尾に居た仲間が何かにぶん殴られたように横へ飛んだ。路上に転がった仲間は、狙撃を受けたかのようにこめかみに大きな穴が空き、首が折れていた。

「この獣め!」

 仲間たちが空に向かって銃撃した。ジゼフは陽光に顔をしかめながら、空を見上げた。一羽の巨大な鳥が、銃弾を毛ほども気にかけず空を舞っていた。あっという間に100メートル近く上昇した黒いシルエットは、しかしはっきりと見て取れるほど大きかった。ジゼフたちが立つ路面を、翼を広げた黒い影が舐めていった。

 黒い両翼を広げた幅は約2メートル、本来は白い体の羽毛は品種改良により目立たない灰色へと変貌を遂げ、鋭い嘴と鉤爪は刃物、あるいは弾丸と遜色ない。高速の狩猟を行うそれが金色の瞳に宿す動体視力は、人間の十倍にも及ぶ。

 タカ型獣兵『弾丸鷲だんがんわし五式』。

 南アメリカから購入したオウギワシを改良したタカ型獣兵のなかでも最新式の弾丸鷲五式は、平常時には監視員として上空から護送車を見守っている。しかし有事の際、人間の兵が防御に徹するとしたなら、弾丸鷲五式は監視員から転じて攻撃の要となる。特別護衛小隊二十一人目の隊員にして、弾丸鷲五式は屈指の戦闘要員なのだった。

「無駄だ、車に戻れ!」

 空を飛ぶ弾丸鷲を銃で狙う仲間を、ジゼフは𠮟責した。弾丸鷲は上空を数度旋回した後、また森の中へと身を隠して『狙撃体勢』に入った。

「早くしろ!」

 先頭にいたジゼフがそのまま殿を務め、軽装甲機動車にAK-47を向けながら仲間とともに後退した。前部乗員席が炎上する軽装甲機動車の後部ドアが開き、小隊長の米林少尉が下車した。

 部下を殺された怒りに顔を歪める米林少尉は、ジゼフたちを睨みつけると、大きく息を吸って唇をすぼめ、大音量で口笛を吹いた。

 道具を用いず大音量を発する特殊な口笛は、多くの獣兵師が最初に習得する技術の一つだった。特別護衛小隊小隊長兼獣兵師、米林少尉は弾丸鷲のマスターである。立て続けに二人の『信ずる者を救う会』構成員を殺したのは、異常事態を察知した弾丸鷲の自己判断だった。たった今、彼らの間でしか聞き分けられない口笛の旋律により、米林は明確にこの者たちが敵であると、弾丸鷲に告げたのだった。

「ピュ~、ピッ!」

 二度目の高低差をつけた口笛は、攻撃開始の合図だった。様子見しながら攻撃を仕掛けていた弾丸鷲は、米林の命令によって戒めを解かれ、完全なる殲滅兵器としてその本領を発揮し始める。

 再三、森から現れた弾丸鷲は、グレーのワゴンに乗り込もうとしていた戦士へ突撃した。時速80キロで突撃する弾丸鷲の鉤爪の威力は、ライフル弾にも匹敵した。滑空し獲物を捕らえるが如く、鉤爪を標的の急所に突く。それが弾丸鷲による人狩りの手法だった。

 鋭く、強靭な鉤爪が戦士の頭蓋を貫き、脳幹へ達する。巨大な翼で弾丸鷲が煽ぐと、屈強な戦士の肉体が浮いた。数メートル引きずったのち死体を捨て、鉤爪から血を滴らせながら弾丸鷲は空へと退避した。

「早く車に戻るんだ!」

 米林をAK-47で銃撃しながらジゼフは叫ぶ。米林は後部乗員席に身を隠し、ジゼフに応射した。

『信ずる者を救う会』が怯んだ隙に、日本兵たちは反撃を始めた。高機動車の乗員が車体を盾に、カルロスたちに発砲した。カルロスと二人の仲間は車へ急いだ。

 ジープの運転席に辿り着こうとした戦士のその後頭部を、背後から突撃した弾丸鷲の鉤爪が一撃した。戦士は窓ガラスに頭から突っ込み、運転席から下半身をぶら下げた。即死だった。ルーフの上すれすれを通過した弾丸鷲は、鉤爪についた血をカルロスのケブラーマスクにかけ、頭上を飛び去った。

 カルロスはボンネットを尻で滑り、ジープの右側に隠れた。窓から垂れた死体の足を挟み、隣にもう一人の仲間が車体に背を付けて跪く。高機動車から日本兵が放つ弾が、車体を跳ねて火花が飛んだ。

「27連隊にあんな獣兵が居たのか!?」

 弾丸鷲が飛び去った森を睨みつけ、仲間がマスクの下に大汗をかく。カルロスはボンネットからFNP90のみを出して銃撃しつつ、冷静に語った。

「彼らは札幌の部隊だ。智東の部下に付き従い、あの獣兵もここまで遠征していたのだろう」

「どうするカルロス、このままじゃ全滅だぜ」

「ああ。あれほど凶悪な獣兵は想定していなかったね」

 弾丸が尽き、カルロスはマガジンを捨てて素早くリロードした。一連の鮮やかな手捌きは熟練され、軍人顔負けだったが、手の動きとは別にカルロスの頭は忙しく回転していた。

(さて、どうしたものか)

 時速80キロの高速で飛び回る知能を持った飛行兵器に、銃弾を当てるのは限りなく困難である。姿を現すのは攻撃の際にほんの数秒間だけで、必ず一人仕留めてくる。この波状攻撃の最も厄介な点は、弾丸鷲がいつどこから現れるのか予想できない点だった。

 道路の周囲は深い森に囲まれ、弾丸鷲の姿を視認することは不可能と言っていい。ところが縦横無尽に飛び回る弾丸鷲にとって、生い茂る森林は視界を塞ぐどころか飛行の邪魔にすらならなかった。文明の発達に伴い自然界から離れていった人間と違い、もともと大自然の狩りを常とするオウギワシの子孫にとっては、この森こそがホームグラウンドだった。

(あの男が口笛を吹く前から攻撃を始めていた……あの獣兵師を仕留めても、タカ型獣兵の攻撃が止まるわけではないということか)

 日本兵の弾がカルロスの頭上のサイドミラーを撃ち抜いた。飛び散る破片を浴びながら、カルロスはジゼフたちの方を覗き見た。ジゼフたちはなんとかワゴン車まで退避していたが、次なる問題が生じていた。

 護衛対象の獣人イリスを乗せた96式装輪装甲車の上部に取り付けた、96式40mm自動擲弾銃がジゼフたちを狙おうとしていたのだ。ジゼフたちの技術ならば擲弾が撃ち込まれる前に装甲車を制圧することは容易かったが、今外に出ては弾丸鷲の餌食となる。だからとじっとしていては、ワゴンごと灰にされてしまう。

「ピューピィッ!」

 米林が再び弾丸鷲に殺害命令を下す。カルロスは手前の森と、ジゼフたちと96式40mm自動擲弾銃を構えた日本兵を見た。次はどこに現れる? 弾丸鷲は誰を狙う?

 カルロスの心拍は加速した。鼓動が彼に判断を迫る。さあどうするのだカルロス、早くこの悪魔的波状攻撃を止めねば、仲間が死ぬぞ。さあ、四人目の犠牲が出る前に、お前が何とかするんだ!

 判断に迷ったカルロスの背中を押したのは、彼の中にいる神だった。彼に宿った神、あるいは天から彼の奮闘を見守る神は、たびたび彼に啓示をもたらした。神が最初に彼に啓示を与えたのは、二十年前に脱獄した時だった。あの時神はカルロスに語りかけ、彼を戦士として目覚めさせたのだった。

 カルロスが戦士として戦うことは神の思し召しだった。カルロスの殺戮と愛護は神の意思だった。そう、全ては神の御手にある。

「私に任せたまえ」

 仲間にそう告げ、カルロスは車の陰から躍り出た。

「待てカルロス! 奴らの餌食だ!」

 仲間の制止を無視し、カルロスは高機動車の兵士を銃撃しながら対向車線を走った。銃撃を逃れて兵どもが身を隠した隙に、カルロスは96式装輪装甲車の天井ハッチに居る兵に、照準を合わせた。 FNP90を単射に切り替え、今まさに、ジゼフたちのワゴン車を撃とうとする兵士に、カルロスは発砲した。弾丸は兵士の右上腕を貫通し、脇から体内へ潜り込んだ。

 被弾した兵士の体が傾き、自動擲弾銃の照準がずれた。直後に発射された40mmグレネード弾は、対向車線に横向きに駐車したブラウンのワゴン車の後輪を爆破し、右へ逸れてガードレールと森を蹂躙した。

 見たことか。カルロスはマスクの下で微笑んだ。神の思し召し通り、私が撃った弾は当たった。私の行動は正しかったのだ。

 軽装甲機動車の中から、米林はカルロスの姿を視認した。白い長髪に、キャソックを着た風貌から男がカルロスであると気づいた。

「あの野郎……!」

 米林は口笛を吹いた。「ピー! ピィィイ!」

 標的変更の命令を受けた弾丸鷲は、森から飛び出すと誰も狙わず、道路を横断してすぐさま対面の森へ消えた。弾丸鷲は森をぐるりと迂回し、左車線側を向くカルロスの後方数百メートル、対向車線側から、射撃体勢に入った。

「……」

 カルロスはFNP90を路上に捨て、腰の鞘からククリナイフを抜いた。カルロスは瞼を閉じ、森のさざめきに耳を澄ませた。

 道路の真ん中に棒立ちするカルロスを睨みつけ、米林は口元を歪ませた。最も多くの日本兵を殺す凶悪なテロリスト、皮剥ぎカルロス……奴もここまでだ。俺の獣兵は世界最速の獣兵だ。弾丸鷲の狙撃から逃れられる人間など居ないことを、弾丸鷲の観測主である俺が誰よりも知っているのだ。

 俺と弾丸鷲の功績となれ——胸の中でカルロスに死刑宣告し、米林は相棒が彼を狙撃する時を待った。


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