第3話 したたかに生きる
半ば強引とも云える形で有美の部屋に上がり込んだ
祖母が有美の小さな四畳半のアパートの一室に座ると、それまで無言だった有美が、小さなテーブルの上にお茶を置いて、祖母の前に座ると、
「どうして怒らないんですか?
私はあなたの御亭主を寝とった女なんですよ」と
呟くと、
「ふふふっ、ははははははっ」と大笑いを始める祖母
しばらく笑いが止まらない祖母に有美が、
「あの…あの…私を怒って下さい」と、
真っ直ぐな目で祖母に訴え掛けると、
笑い声を止めた祖母が、
「あのね!あんな亭主、とっくに愛情なんて
ないのよ!それにそもそも、あたしは兄さんに
言われて結婚しただけなの!
お前みたいな気の強い女は、どうせ嫁の貰い手
なんてないだろうから、俺の言う事聞いとけ
ってね!そんな事言われて、最初は反発したわよ、
なんでそんな事言われて、大人しく兄さんの決めた
相手と結婚しなきゃならないのよって…。
でもね、考え様によっちゃ悪い話しじゃないかも
ってそう思えたの」と、一瞬キラリとした瞳で
ニヤリとほくそ笑む祖母に有美が、
「何かあったんですか?」と尋ねると、
「あたしはね、この世の中で束縛って云うもの程
嫌いなものはないの!
勝手だと思われるかもしれないけど、
自分の意識を曲げられたりするのが嫌なのよ!
自分が思う様に生活したいし、誰かの為にそれを
制限されるのが嫌なの!
あなただってそう思わない?」と、
目の前に有美の手を取ってそう尋ねると、
有美は困惑しながらも、
「はぁ…。」と、祖母の勢いに圧されるように
頷いた。
それに気を良くしたのか祖母が、
頷くように立ち上がって、窓辺に座ると、
線路脇にある窓を大きく開くと、
のびのびする様な笑顔で有美を見て、
「そういう点ではあの人は理想的だったの!
研究さえさせておけば、あとは何にも言わないし、
滅多に家に帰って来ないのだって、あたしには
正直好都合だった。
だって、あたしにだってやりたい事ぐらいあったん
だから」と、そう言うと遠い目をして過去を懐かしむ様な表情になっていた。
女性ならではの敏感な感性でそれを読み取った有美が
「好きな方でもいらしたんですか?」と聞くと、
「ええ」と祖母が躊躇わずに答えた。
そんな祖母に有美が、
「好きな人がいるのに結婚出来たんですか?」と
すかさず聞くと、
「だから自由がいるんじゃないの!」との返答に
有美が反発する様に、
「そんな自由を主張するんなら、
その人と一緒になれば良かったじゃないですか!」
興奮しながら迫ると、
それに一歩も怯まぬ祖母が、
「それが自分の兄でも?」と、
真っ直ぐな目で問い返した。
驚いて目を見開いたまま無言になる有美に、
「正直あたし達、やりまくってたのよ…。
あの人と結婚する前からね、そういう仲だったの」
悪びれもせずに話す祖母から目を背けて俯く有美が、
「その人から結婚を勧められて辛くなかったん
ですか?」と、小声で聞くと、
開き直った様な祖母が、
「したたかって言葉って分かる?
世の中ね、いろんなルールや決まり事がある
わよね…。世間から常識って思われてる事に
おおぴっらに背いて公開したら、
そりゃ叩かれるに決まってるわよ!
でもね、そんなルールや常識には縛り付けられない
気持ちってものがあるじゃない⁈
それをどうやって、世の中に合わせながら
整合性を取っていけるか…。
それがしたたかってものじゃないかしら?
だから、あなたがやったことにも、なんら腹は
たたないのよ…。」と答える祖母に、
有美が躊躇いがちに
「あの…、だったら、先生との…そのお子さんは
あの…、あの…その…」と、
もじもじ尋ねる有美に痺れを切らした祖母が、
「残念!あの子はクズの子よ!」と、
大声で先回りして答えた。
そのまま俯いている有美が、
「好きじゃなくても出来るんですね」と、
些か嫌悪感を滲ませて返すと、
呆れた様な表情になった祖母が、
「だから言ったでしょ!
したたかだって!
あいつの子どもさえ一匹作っときゃ
後はやりたい放題なの!
世間はそれで納得するの!
分かる⁈」と、
世間知らずの小娘を蔑む様に声を張り上げていた。
それにはさすがに反発した有美が、
「だったら私達のことをどうのこうの言う資格ないじゃないですか⁈」と目を向いて声を上げると、
再び呆れ返った様に祖母が、
「あのね、だから、あんた達のことに腹なんて立ててないって言ってるでしょう⁈
元々あいつに愛情なんてひとっかけらもないんだから!
ただね、あいつは私と別れないって言ったのよ?
そんな男の子どもを産むのは不憫でしょうって言ってるの!
あいつがクズでも叩かれるのは、あんたの方なのよ⁈
なんかのメダルを持ってる奴が世間では強者なのよ…。そういう常識や壁に立ち向かうには、
あんたは非力すぎるの」と、
最後は説き伏せる様に云う祖母に有美が、
「だったら、したたかに生きるにはどうしたら
いいんですか?
罪もない子どもを殺したくはありません。
世間の壁が厚いのも、私が今、弱者であることも
分かります。
だから教えてください!
この子を殺さずに、世間と整合性が取れる
したたかな生き方を⁈」と、
必死に訴えた。
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