第2話 飛んだヒーロー
その時のことを僕は何度も祖父から聞かされていた。
その日の朝は眩しいくらいに晴れ渡っており、澄んだ青空が広がっていたと…。
今の僕から言わせれば、「澄んだ青空」って…、
不倫した上に教え子の女子学生身篭らせておいて、
どの口がそんなことをほざくんだかと、そう思うが、
幼い頃に聞いていた時には、純粋にヒーローが決闘の場所に赴いて行く様な、そんなワクワク感を覚えていた。
とにかく決闘の日はやって来たのだ。
50歳になっていた祖父が20歳の女子学生(真幡有美)を連れて、祖母の前に座った。
決闘の場は、久しく帰っていなかった我が家の応接間だ。
綺麗に髪を結いつけてシルバーの品のいい着物を身につけ、背筋を伸ばして応接間のソファーに座る祖母の前に対峙した祖父は、ヨレヨレのシャツにダボダボのスボンを履いて、オシャレではなく、ただ単純にスボンが落ちない様にサスペンダーを使用していた。
そんな祖父の後ろに遠慮がちに、佇む様に立っているのが、女子学生の有美で。
淡いピンクのワンピースを着て、髪をひとつに束ねていた。薄化粧をしているその顔には、ありありと緊急が溢れていた。
そんな2人を値踏みする様に見つめている祖母に、
緊張感に耐えかねる様に、祖父が口を開いた。
「すまん。妊娠は事実だ。俺の子に間違いない。
来年の3月には子どもが産まれる。
私は認知しようと思う」と、そう言うと
両膝に手を置いて祖父はベタっと頭を下げた。
そして祖父の後ろで申し訳無さそうに立っていた
女子学生の有美も深々と頭を下げた。
そんな2人をジロリと見つめていた祖母が、
「今の話しを聞くと全て事後報告ですよね。
子どもが出来た。子どもが産まれる。認知する。
もう決定事項の様なことを報告されても、
はいそうですかと、認めろと言う様なもの、
どれだけ虫がいいんですか?」
呆れる様に吐き捨てる様に言った。
その言葉に下げていた頭を上げた祖父が、
「お前の言う通りだ。虫がいい.自分勝手な理屈だ。
その上私はお前と別れる気もない」と、
そう云うと、
普段上品ぶっている祖母が堪らず、
「はあー」と顔を歪めて大声を上げた。
後ろに立っていた有美は、唇をギュッと噛み締め、
身体を強張らせて顔を背けていた。
そんな有美の下に立ち上がった祖母が近づき
「ねえ、あなた!ほんとにこんな男の子どもを
産む気?間違いじゃないわよね⁈」と、
祖父を侮蔑する様な目で見て、指差して聞いた。
そんな祖母に有美が震える様な小さな声で、
「産もうと思っています……お腹の子どもに罪はありませんから….」と、そう答えると、
祖母は堪らず有美の手首をとって握り締めると、
「悪いこと言わないから、諦めなさい!
あなたまだ二十歳でしょう!
人生これからじゃないの!
私から言わせたら、こんな男の子ども産んだって
何にもいい事ないわよ!
こんなのただのクズよ!クズ男よ!
あなただって、さっきのクズ発言を聞いた
でしょう!
若い女を身篭らせて、俺の子だ!産ませるだ!
認知するだ! 離婚はしないだ!
ただ自分の屁理屈とエゴを周りに押し付けてるだけ
で、周りの意見さえ聞こうとしてなかったじゃない
のよ。そんな男の為に自分の人生棒に振ってはダメ
よ!このあたしが、慰謝料から中絶費から、
何から何まで面倒見るから、もうこんなの男に
関わるのはお辞めなさい。
なんなら、この先の就職口だって、ちゃんと面倒
見てあげるわ」と、クソ男に弄ばれてしまった
女子学生に同情する様に、どんどん優しく親身な
口調で有美を説得し始めていた。
そんな祖母の親身さに打たれた様に、俯いて黙り込むでしまった有美を祖母が抱き抱える様に抱きしめると、「クソ男の前じゃ、ゆっくりあなたの話しも聞けないから、ちょっと外に出ましょうか」と、
俯いたままの有美を連れて、外に出ると、
「これからあなたのお部屋に行くわよ」と
半ば強引に祖母は有美の部屋に案内させて、
上がり込んでいた。
そして、飛んだヒーローから悪役に変わった祖父は、
ソファーに座り込んだまま、何とも言えない表情で
ただ中ばっかりを見ていた。
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