第11話 奇蹟

 混乱に陥っていた《モスキート》たちが《アイランド》を取り囲むように集結しつつあった。残った僚機は――あのガニッシュも含めて――精彩を欠いていたものの、なんとか編隊を組み、まるで《アイランド》を護衛するかのように並進している。その中にはアスタリクも、そしてココ=エンタールとラヴァールもあった。

 奇妙なことだが、この一群はそろって王国の居住地(コロニー)を目指しているのだ。このまま敵の攻撃から逃げ切ったとしても、巨大な浮遊島をどうにかしない限り国に未来はない。

 間もなく《モスキート》の一斉攻撃があるだろう。このままアスタリクたちを見送ったとしても敵の勝ちだが、合理性に富むAIが自分たちを放置することがないのを、彼は知っていた。

 そしてすぐさまそのときはやってきた。

「散れ! とにかく逃げまくれ! ひとりも死ぬことはゆるさん!」

 無数の敵機がアスタリクたちに襲いかかった。《モスキート》はみるみる数を増し、なおも続々と母船から飛び出してくる。総数はもはや数え切れなかった。軽く百機は上回るであろう金属の正八面体が、鮮やかな空を鈍色に埋め尽くしていた。

「ココ、聞こえるか!?」

 その声に反応するように、回線が切り替わった。アスタリクの声はココ=エンタールのみに届く。

「もう俺は迷わん。この戦いに勝とうとも負けようとも、民の命無くして未来はないのだ! 誇りも理念もその先にある。だから頼む、この《アイランド》を止めてくれ。いかなる手を使っても、俺が責任をもって民に説明する!」

 自らも無数の敵機から逃げまどいながら、アスタリクは声の限り叫んだ。襲いかかるGと送り込まれる酸素に抗いながら吐いた言葉はかすれて小さかった。

 アドヴァンスド・テクノロジーを解禁することにもはや抵抗はなかった。目の前の現実を突きつけられてなお、民衆が全うすべき主義にこそ価値があるのだ。

 怯え、隠し、機械で制御する理念など、真に祖先が認めた価値ではない。

『御意のままに、陛下。ではわたくしめと真の契約を』

「契約、だと……? なにが望みだ。国と民の命以外なら、なんでもくれてやる!」

『私の望みは陛下、あなたの飽くなき闘争――いま、辿り着いた境地ですわ』

 ――なにを言ってる?

 アスタリクは《モスキート》の包囲網を急降下で振り切る。頭から血の気が引き、視界が薄暗くなっていった。

「契約を、結ぼう、ココ=エンタール。我らを救ってくれ!」

『かしこまりました。このジャンヌ、戦場にバーミアの旗を立ててご覧に入れましょう』

 どこまでも救国の乙女気取りなのだな、とアスタリクは呟いた。

 なんとか体勢を立て直し、大きくループを描きながらアスタリクは戦闘空域を俯瞰した。

 不思議と《モスキート》の大群が二機の《インフェルノ》に群がっていく。

 そしてそれらは小さな機体を圧し潰し、黒く大きな金属の塊となった。

 爆発音すらしなかった。だが、その《モスキート》の集合体がまさに花火のごとくはじけとんだ。

 中からほんの小さな物体が飛び出す。よく目を凝らすと、それはふたつの人型だった。

 《インフェルノ》のパイロットが――ココとラヴァールが生身で飛び出したのだ。だがそれは、アスタリクが知っている人間の姿ではなかった。

 金属の身体を持ち、四肢に備えた突起から白いビームを放ち、次々と敵を撃ち落とす機械の人形。真白い女の人形はまるで天使のような翼――やはり金属のメカニズムでできたそれを持ち、眼に留まらぬほどの機動力で舞うように敵を屠っていく。

 一方の黒い人形はコウモリのような漆黒の羽根を持ち、赤いリング状の光線を走らせて周りに群がる《モスキート》を片っ端から焼き尽くしていった。

 それは本当にココとラヴァールなのだろうか。ふたりはそもそも、人間ではなかったとでもいうのか。

『ラヴァール、そろそろこの宴を終わらせましょう』

『ウィー、ジャンヌ。仰せのままに』

 紛れもないふたりの声が無線を通してヘルメット内に聞こえてくる。アスタリクは呆然とふたりの戦いを見守っていた。もはや一機の《モスキート》も《カロン》の方には近づいてこない。生き残った仲間もまた、その光景をぼんやりと見ていることだろう。

 黒い悪魔のような姿となったラヴァールが、空中でそう表現するのもおかしいが――奇妙なダンスのような足取りで上空へと舞い上がっていった。特異な翼を羽ばたかせもせず、見えないウィンチで巻き上げられるかのように垂直上昇してゆく。

 残った《モスキート》が一体残らず彼の後を追っていく。おかしな光景だった。おそらく彼は《モスキート》の行動を完全に乗っ取り、自分の手足のように制御しているのだろう。

 はるか《アイランド》の上空で、《モスキート》は直前に《インフェルノ》を潰したときのようにラヴァールに向かって引き寄せられていった。まるで女王に群がる蜂のごとく。

 そして爆光がひらめいた。轟音と閃光が何も残さなかった。あれほどいた《モスキート》も、そしてラヴァールの身体自身も。

『それでは、次は私の番ですわ、陛下』

「きみの、番? なにをする気だ……?」

 アスタリクのヘルメット・バイザー内に表示される空間情報、いわゆるJHMCSの表示が突然予期せぬものに切り替わった。そのシステムがこのような挙動をしたことは一度もなかった。

 中央に大きく二桁の数字が現れ、それがリズミカルに減少していく。

 それはなにかのカウントダウンを意味していた。ココが――そこにいる白き機械の天使が仕掛けたものだとアスタリクにはすぐにわかった。すぐに無線から僚機の困惑する声が聞こえてきた。みな同じ経験をしているらしい。

『少し派手に燃やしますので。どうか速やかにご避難を』

 アスタリクはハッとして全機に全速前進を命じた。一刻も早く《アイランド》から離れるためだ。後部監視装置(バックモニター)には、ココが浮遊島に向かって優美に飛んでいく様子が映っていた。

『王さま、どうかこれからもご健闘を。あなたのある限り王国は滅びませんわ。結局人々はなにかを選ぶよりも、なにかについていく方を望むものです。そのためにはまずあなたが選ばなくては』

「な、なにが言いたい。きみはいったい――」

 そう言いかけた刹那、まるで空を消し飛ばしたかのような閃光が全球を覆った。

 すぐさま強大な爆風が《カロン》を背後から揺さぶった。赤い尾を引く流星が、何千何万と地平線へ向かっていく。はるか後方の火球は、何十秒も消えることがなかった。

 《アイランド》は文字通りこの空から消え去っていた。それをもたらした爆発の正体がなんなのか、アスタリクにも知る術がなかった。それは〝アドヴァンスド・テクノロジー〟などという生易しいものではなかったのかもしれない。

 アスタリクも、〝洗脳装置〟を備えているこの場の仲間も、等しく混乱し、情報を整理しきれないでいた。ただひとつ、自分たちに襲いかかっていた脅威と、《エンタール》の三名が塵ひとつ残さず消え去ったことを除いては。

『奇蹟だ――』

 誰かが無線の向こうで呟くと、無意識にアスタリクは頷いていた。

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