第10話 僚機

 敵の先行部隊との戦いは、すぐにも乱戦と化した。《カロン》一機あたりに四機の割合で《モスキート》が襲い来る。

 ココの提唱したダブル・ローリングコースターは少なくとも二機の連携が必要な上に、敵はすでにその戦法に順応しつつあった。

 アスタリクは散開を指示した。極力戦場(フィールド)を広く持つことによって敵の術中にはまらないようにするのが精一杯だった。《モスキート》の唯一の弱点はトップスピードが辛うじて《カロン》に及ばないことである。しかし機動性や戦闘持続能力ははるかに敵が勝っている。いずれジリ貧になって逃げの態勢も崩れてしまう。

 撤退は敗北を意味する。オートマチックに行動する敵の追撃からは、逃れる術がないからだ。そして迫り来る《アイランド》を止めることができなければ、王国そのものが灰燼と化す。

 それでもアスタリクには一縷の望みがあった。他でもない《エンタール》の戦闘力。彼女たちを頼る気持ちは卑屈なものだったが、もはやそこに賭けるしかないこともまた自明だった。

『なんだあれは!』

 無線から仲間の声が聞こえた。アスタリクはハッとして高度を上げた。

 雲の隙間からぬっと巨鯨のごとく金属の塊が滑り出た。スラスターの轟音をかき消すような低い唸りが空に満ちる。

 それは金属の糸で編まれた蚕の繭のような姿だった。全長二キロに及ぶ人工の浮遊島。地上のコンビナートと同じく、景観などにこれっぽっちの配慮もない、金属による機能美の集合体。――その《アイランド》が部隊の眼前にまで移動してきてしまったのだ。誤算だったのは、敵の進行速度がはるかに予想を上回っていたこと、そしてその巨体にレーダーを無効化する能力が備わっていたことだった。

 それは紛れもなく、アスタリクが最も恐れていた事態だった。

『機械だ。機械の塊が……!』

『あんなものがなんで浮いているんだ!?』

 王国民の間にパニックが拡がる。歴戦のパイロットであり、ここまで生き残った勇士であっても、空中に浮かぶ巨大な精製プラントの姿を見た瞬間、理解できない情報の波が脳を駆けめぐり、行動力を奪ってしまう。

 それが、バーミアの民に仕掛けられた呪いなのだ。この影響を受けないものは、洗脳装置を持たない国王ただひとりである。

 ――いかん!

 瞬く間に一機がやられた。巨大な母船(おや)の姿に景気づけられたように、《モスキート》の運動が機敏になる。そして間を置かずまた僚機が破壊された。残り五機。

「散れ! 速やかにこの空域から離脱しろ!!」

 もはや勝負は決していた。予想以上にそれを目にした影響は大きかった。空中戦においてはコンマ数秒の判断の遅れが敵にとってはこの上ない勝機となる。また一機が空中で破滅の花を咲かせたとき、アスタリクの頭の中は真っ白になった。

 こんなことはわかっていたはずだ。

 むざむざ死なせるために彼らをここに連れてきたのか?

 ルーベルトの裏切りをあぶり出す、そんなことのために皆は犠牲になるというのか?

 死ぬなら自分だけでよかったはずだ。いやむしろ、ルーベルトの言うとおり降伏して国民を眠りにつかせてしまえば、犠牲者はゼロにできたかもしれない。俺がいまやっていることは、王としては当然でも、人間としては最低だ。そんなことが、文明と進歩を否定してまで誇りたかったことなのか!?

『陛下、陛下だけでも逃げてくだせぇ!』

 キレのいいロールを見せて、ガニッシュ機がアスタリクの前に出た。なぜかその動きには、他のパイロットのような迷いは感じられない。

「ガニッシュ、おまえなんともないのか……?」

『ええ、陛下。俺はね、なんとなくわかってたんですよ』

 雑音混じりの無線の声はひどく落ち着いていた。

『俺たちが戦っている相手は、きっとこんなやつなんじゃないかってね』

「ガニッシュ……?」

『南の独裁国家ハイラウンド。でもそれは悪の帝国って〝見なして〟るだけなんでしょ? 確かに俺たちとは根本的になにかが違う連中だ。だけども、あれはなんというか、俺たちとは運命的なつながりを持った〝天敵〟だ。あれと戦うことは、宿命みたいに感じるんですよ。えへへ、自分でもなに言ってるかわかんねぇが……』

 アスタリクは呆然となった。ガニッシュは、理解できないながらも受け入れているのだ。目の前の敵が、自分たちとルーツを共にするものだと。それでいて王国が定めた〝設定〟を否定してもいる。それは、〝洗脳装置〟の働きとは矛盾する考えだった。

『だから俺はねぇ、こういうこともできるんですよ!』

 ガニッシュがまっすぐ《アイランド》に向かって加速する。その挙動を認識して、大勢の《モスキート》がガニッシュの機体を追った。他の機を攻撃しようとしていたものもすべて追随した。恐らくは母船に対する脅威と見なし、防衛システムが働いたのだ。

『陛下、逃げてください! それで国のみんなに伝えてほしい! あいつらを恐れる必要はないと。俺たちには立ち向かう勇気がある。あいつらがどんな手で襲ってこようとも、最後のひとりになるまで戦い続けるってね!!』

 それはバーミア王国の基本理念でもあった。かつての反文明進化論者たちは、〝進歩〟という人類普遍の理から背を向けた、僻んだ根性を持った衰退主義者だと罵られた。それでも先祖たちは、自分たちの考えが正しいことを証明しようと、誰の援助も受けられない辺境の惑星へとやってきたのだ。

 それは逃亡でも諦めでもなく戦いだった。銀河の片隅に手を伸ばした人類の中で、なにが正しいかを実践しようとする研究者たち。間違いなく自分もこのガニッシュも、そういった人々の血を受けついているのだ。

 生き延びなければならない。なにもかもがゼロに戻ろうとも、生きて再び問いかける必要がある。アスタリクは、自分の中に新しい火が灯るのを感じていた。

 そのためにもう、誰ひとり殺すわけにはいかない。

「戻れガニッシュ! 命令だ!」

『無線の故障です陛下! 聞こえませんなぁ!』

 豪快な笑い声。命を賭して君主を護ることに陶酔している。アスタリクは奥歯を噛んだ。違う、自分はそんな存在じゃない。〝国王〟は単に王国を管理するための歯車なのだ。そんなものに命を賭ける必要はない。

 アフターバーナーをふかし、トップスピードに乗った一機の《カロン》が鉄の浮遊島に向かっていく。その背後に羽虫のように群がる敵機を引き連れて。しかし《アイランド》からは新たな《モスキート》の一群が放たれた。防衛用の編隊を別に用意していないはずがないのだ。

『うおぉぉぉ!! バーミア王国、ばんざぁぁいっ!!』

 浮遊島までほんのもう少しというところで、ガニッシュの《カロン》は無数の敵機によって挟み撃ちにあった。アスタリクの目の前で、隻眼の勇士は爆炎の中に散っていく――美しい光の中に身の焦げるような啓示を残し――。

そのはずだった。

 突如視界に現れた白い軌跡が、ガニッシュ前方の敵機一群を貫き、爆発させた。

『うがあっ!』

 体勢を崩したガニッシュ機が旋回しつつ離脱する。すっかり特攻の意気込みを挫かれてしまった。

 敵を破壊したミサイルに続いて、デルタ翼の戦闘機が一機、敵軍の中に突っ込んでいく。

 そして残った編隊をすべて引き連れながら、《アイランド》よりもさらに上空へと引き離していった。

 それは紛れもなく《インフェルノ》だった。その機体は、いつかのようにジグザグのマニューバを用いながら《モスキート》の追撃を引き剥がそうとする。しかし他の機体を追っていた別働隊がそれに気づき、迎撃コースで近づいていく。

 ――危ない……!

 アスタリクは右へ左へと移動する機体を狭いキャノピー越しに見守った。その単騎の《インフェルノ》は向かい来る敵とすれ違いざまに機銃をお見舞いしたものの、爆発した敵の破片がエンジンに直撃し、機体後部を爆発させた。

『よくやったわ、イーリー』

 その声は、秘匿回線特有のクリアさでアスタリクの耳に届いた。

 中破した《インフェルノ》が錐揉みになりながら落下してゆく。あまりに回転が早く、座席を射出できる状態ではない。それがパイロットが助かるような墜落ではないことを、アスタリクは知っていた。

『ヤー、ジャンヌ。戦線を……離脱し……ま……』

 その声はそれっきり途絶えた。

 ガニッシュを救ったのはイーリーだったのだろうか。そして目の前で繰り広げられた数十秒の空戦ののちに、彼女は戦場から消えていった。

 呆然とするアスタリクの両翼に、スッと二機の《インフェルノ》が並ぶ。

 聞き覚えのある声がまた届いた。

『遅くなりました、王さま』

「……ココ、なのか」

『お気持ちは決まりまして?』

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