第8話 巨影

 長距離レーダーに映る巨大な影を見つめながら、その場にいた全員が言葉を失った。

 そこには何人かの管制官がいたが、人払いをしてアスタリクとルーベルト、そして未だドレス姿のココ=エンタールだけが残っている。

「このでかさは――間違いないんだな」

 ルーベルトは振り向きながら頷いた。

「はっ、おそらくは《アイランド》です」

 それはハイラウンド社の無人空中プラントだった。この惑星の南半球を回遊し、採掘した鉱物を加工して軌道上の輸送ポートへと送り出す。他ならぬ《モスキート》を製造し、送り込んでくるのもその人工島である。

 当然その存在を知るのは王国ではアスタリクただひとりだった。迎撃戦闘機である《カロン》の航続距離はわずか三〇〇〇キロであり、普段なら二万キロ先に浮かぶその姿を見ることはできない。

「全面攻撃が現実になりましたね」

 至って冷静なココ。

「もはや決戦は避けられません」

「敵の目的はなんだ。あんなデカブツが侵攻してきても、攻撃能力はないはずだ。《モスキート》でたたみかけるつもりか?」

「いいえ、もっと効率的な戦術がありますわ」

 そうして湛えたココの笑みは、どこか邪(よこしま)でさえあった。

「あれは新資源を狙うハイラウンドにとっては無用の長物。となれば資産整理というやつです。つまり、この国に落として自爆するつもりなのでしょう」

 アスタリクの顔が青ざめる。

 この国にはもうひとつ秘密がある。それは、人間向けに調節した大気が、わずか五〇〇キロ四方にしか維持できないということだ。それを地中の分子拡散抑制機によって力場保持し、目に見えないバリアを作っている。いわば局地的なテラ・フォーミングなのだが、先祖たちの限られた財力では、そういった付け焼き刃の惑星改造が関の山だった。

 現実にはこの惑星の大気は高密度なオゾンに覆われていて、数呼吸で人間は死に至る。

 例の《アイランド》は、まさにその生命線である分子拡散抑制機を狙っているのだ。全長二キロの金属の塊が質量攻撃してくるとしたら、この王国に防衛の術はない。

「陛下、プランBのご検討を!」

 ルーベルトが汗だくの顔を向けた。彼とてこの国と運命をともにする義務はない。

「そのプランは?」

「完全に最後の手段、さっききみに言ったとおりの〝方舟〟だよ。言っただろう、脳の装置。それの緊急コードを発信するとこの国の住民はすべて休眠状態に入る。その隙に巨大な宇宙船に連れ込んで他の惑星に移住するという作戦だ。だが、そんな船や時間がどこにある?」

「確かに――《アイランド》があの速度で進めば、有視界距離に達するまで十二時間しかありません」

「明日の……朝八時か」

 アスタリクは拳を震わせた。

「恐らくはその数時間前に《モスキート》の襲来があるでしょう。あのプラントの中に製造ラインがあるとしたら、今度は何機で襲ってくるか想像もつきません……」

「方法はあります」

 ココがきっぱりと言った。

「誰よりも早く《エンタール》の三名が《アイランド》に乗り込み、巡航プログラムを書き換えるとともに《モスキート》の侵攻も解除します。あなた方の眼に触れなければ、テクノロジーの行使は違法ではないかと」

 アスタリクは息を呑んだ。そんな方法があると知っていたら、もっと早くに頼んだかもしれない。

「あの巨大なシステムを制圧することなど――」

 ルーベルトの反論を待たず、ココは続けた。

「我が隊のイーリーがそのためのスキルを持っています。そういったオプションの実行も見込んだ上での編成ですので」

 アスタリクは呆気にとられてしまった。

「ハイラウンドが次にどう出てくるかはわからんが、とりあえず急場はしのげるか。なによりもあの巨大な浮遊島を国民の眼に晒すわけにはいかん。彼女たち三人のことは私から説明する。苦しい説明だが――」

「奇蹟とでも」

「いや、考える。なにか別の言い訳をだ!」

 戸惑うアスタリクを見て、不敵に唇を拡げるココ。そのやりとりを見てルーベルトが訝(いぶか)しむ。

「問題は、用いる機体の航続距離です。運良くアイランドに辿り着けても《モスキート》の襲来には間に合いません。あちらの〝足〟の方がはるかに長いですから、入れ違いにこの基地に向かってくるでしょう」

「われわれが死守するしかあるまい」

 もはやそれしか方法は残されていなかった。

 すでにそのとき、決死の出撃がわずか数時間後に迫っていたのだ。

「それでは王さま、明日は早いので」

 こんな状況だというのに、こじゃれた仕草で挨拶すると、決して慌てるでもなくココは管制情報室を出て行った。大きく背中の開いたドレス。幾何学模様に変化した刺青の上半分が顔をのぞかせていた。

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