第5話 疑念

「《エンタール》に支払われている報酬について、不審な点があります」

 そう切り出したのはルーベルトだった。基地の執務室でいくつかの書類に目を通していたアスタリクはふと顔を上げた。

「不審?」

「《エンタール》の提示した傭兵派遣料は中央の通貨にして二億リギットという莫大なものですが、それによる国庫の疲弊がこのバーミアには見られません」

 アスタリクは鼻を掻いた。

「タダ働きだっていうのか? 後払いなのかも」

 ルーベルトが眉根をひそめる。

「しかし彼女たちとの契約は先王陛下によるもので、仮に《エンタール》に対する支払い義務が負債になっているとしても、それがあなたに相続されたとするいかなる記録も見当たらないのです」

「確かに、私も聞いてない。そういうところはきっちりした人だったんだがな、親父は」

「それに傭兵派遣業が後払いというのは現実的ではないでしょう。失礼ながら、この国が敗北し一切を失う可能性もあるのに。彼女たちはすでに三機の戦闘機を搬入しています。それにかかる経費、改造費用などは誰が払ったんです?」

 ルーベルトが言いたそうなことはすぐに彼にもわかった。自分がそれを言えば彼の口車に乗ったことになるが、アスタリクもそこまで用心深い性格ではない。なにより、目の前にいる男は友人だった。

「ハイラウンド、か」

「恐れながら」

 アスタリクは腕を組み、苛々と足を踏み鳴らした。これは当然想像できたシナリオだ。

 《エンタール》という名前だけの傭兵組織を利用し、契約を装って兵士を送り込み内部から瓦解させる。そもそも《エンタール》とはそういった活動のために、ハイラウンドをはじめとした企業共同体がでっち上げた架空の存在なのかもしれなかった。

 先王がそれに引っかかったということか。

 いや、アスタリクも父親から直接この件について聞いたことはない。契約を隠し通すメリットはないはずだ。

「しかし〝推理〟だな」

「おっしゃるとおりです」

「この件についての参考資料は?」

「間接的なものしか。ここに置いておきます」

「ああ、助かる」

 ルーベルトは紙の束をデスクに置いた。

「それでは、例のローラーコースターとかいう作戦の準備はどうなってる」

 ルーベルトは片眉を上げた。

「ローリング・コースター、だったかと。そちらも並行して進めるおつもりですか?」

 アスタリクは両手の指を組んで肘をデスクに置いた。

「おまえの推測は留めておく。と同時に、この作戦の実行を決めたのも私だ。気持ちはわかるが士気というものもある。決定的な証拠が出ない限り、私は戦いをやめるつもりはない」

「わかりました、陛下。しかしこれは友人としての忠告ですが……」

 またイヤなことをいうつもりだな、とアスタリクは苦笑いした。

「私が〝敵〟なら、次の作戦はあえてこの国の勝利とします。それをどうかお気に留めておいていただきたい」

 アスタリクは頷いた。自分が敵の立場でもそうするかもしれない。あくまでもこの国の存在そのものを殲滅させるつもりなら、現状の遊びのような〝ウィークエンド・パーティー〟は、敵の本格侵攻の布石のはずだ。あくまでもココ=エンタールが敵の伏兵なら、信頼を勝ち取るための行動をする。

 いやもちろん、本当に一騎当千の凄腕傭兵であったとしても次の戦闘は勝利するわけだ。こちらにとって不都合はない、とアスタリクは考えていた。我ながら脳天気な王様だな、と思いながら。

「失礼します!」

 地上勤務の兵士が執務室に飛び込んできた。素早く敬礼し、振り向いたルーベルトに向かってこう続けた。

「食堂で、その、ケンカが――」

「ケンカがどうした。私に仲裁しろとでも?」

「いえ、その、関わっているのが例の――ラヴァール殿なもので。エンタール様はどこにおられるかと――」

 アスタリクは頭を抱えた。こちらを向いたルーベルトが皮肉めいた微笑を見せる。

 わが国が誇る空の精鋭は本当にわかりやすい連中だ。新参者とあれば突っかかり問題を起こす。紅茶に砂糖を入れるほどの躊躇のなさだ。

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