第4話 作戦
アントワーヌ空軍基地、パイロット用のブリーフィングルームでは、来る次の襲撃に向けてミーティングが行われていた。謎多き傭兵たちがここを訪れた翌日のことである。
決して広くない部屋の中には雑然とパイプ椅子が置かれ、アスタリクはいちばん後ろに座っている。肩書きは国王だが、ここに玉座を置くほど彼は酔狂ではない。みんなと同じ安物の椅子だ。誰が気を遣ったのか赤いクッションが敷いてあったが。
わずか九名のパイロットとルーベルト、そして国王であるアスタリクに三人の傭兵たち。
この部屋に詰め込まれたこの人数が、バーミア王国に遺された航空兵力のすべてである。最初から二〇名に満たない所帯だったとはいえ、ここまで数が減ったことはアスタリクにとって悔恨の極みだった。
ふてくされたような表情の戦士たちを前にして、ココ=エンタールがホワイトボードに指示棒を突きつけている。彼女が語る《モスキート》の挙動についての講義には、彼女が知りうるオーバーテクノロジーとしての情報は一切含まれていない。もちろんここにアスタリクが同席しているのは、それを見張るためでもある。
「――以上のように、敵機の挙動は極めて不規則である上に、危機回避に対する瞬発力も高く、まともな狙い撃ちでは撃墜することはあたいません。今まで主力であった攻撃方法は?」
最前列にいた兵士のひとりを指差すと、その男は面倒くさそうに答えた。
「熱源追尾型のミサイル攻撃だ。最初は効果があったが、今はほとんど追跡しない」
ココはそれが癖であるのだろう、やや首を傾げた頷きを見せた。
「おそらく敵は我々の攻撃に対して学習し、相応の対策をとって出撃していると思われます」
「そんな迅速に対応できる工場が敵にはあるのか?」
アスタリクは苦笑した。むろん人間が手作業でやっているわけではないのだが……《モスキート》が追尾ミサイルを受け付けなくなったのは、赤外線を拡散する特殊塗料を塗っているせいだ。それがわかったところで、この国の科学力では太刀打ちできない。
「レーザー誘導方式のミサイルは試しましたか?」
「セミアクティブでくっついていくやつならある。だが、そいつを当てるには敵の動きが速すぎる。ロックオンしても、真反対に急旋回するから一瞬で対象を見失っちまう」
ココはホワイトボードの左半分を棒で指した。そこには敵の基本戦術が描かれている。
「敵機の主な行動パターンは、機動の自由性に対しシンプルです。まず〝追跡役〟がターゲットを補足して追撃し、〝攻撃役〟のテリトリーに誘い込む。あとはターゲットの死角から急旋回して飛び込んだ〝攻撃役〟がエンジンに飛び込んで機体の運動性能を奪うわけです。このツープラトン攻撃の前にあなた方の戦闘機は十二機も撃墜されています。しかし、先にも言ったように戦術自体はシンプルなのです。まず、〝追跡役〟を潰してしまえばこの攻撃は軌道に乗りません」
聴衆がざわつくと同時に軽い哄笑が起こった。そんなことは誰もがわかっている。みな寝ているとき夢に〝追跡役〟の機影を見るのだ。あれさえいなければ、あれさえ破壊できたら戦闘は勝てるのに、と――。
「逃げまどう仲間のケツに向かってミサイルをぶち込むのが作戦か。それをしてたら、次の出撃で帰ってくるのは国王陛下ただひとりになる」
最前列にいた眼帯の男が批判した。そうだそうだとヤジが飛ぶ。
「私が喪主になってみんなの葬式だな。忙しくて泣く暇もなさそうだ」
続くアスタリクの言葉に会場が沸いた。一方で彼は、ココの話の続きも聞きたかった。
「背後からではなく、正面から撃ちます」
ざわめきがぴたりと止んだ。ココはホワイトボードにふたつ重なった円と、それぞれに逆向きの矢印を書き込んでいった。
「追跡役に追いかけられる機体を囮とし、背面ループを描かせて上昇、敵の速度を殺します。それに対し真向かいに侵入したこちらの攻撃役が、反対側のループからすれ違いざまにロックオン、レーザー誘導でミサイルを撃ち込みこれを破壊します」
ほぼ同半径を描くシャトルループを二機体が同時に描き、囮の尻を追いかける追跡役を撃つ。これならば相対速度によって味方のミサイルは敵の反転を待たずそれを落とすことができるだろう。またループによる遠心力は、いかに《モスキート》といえども挙動を遅くさせる。いつもの虫のような回避は不可能に思われる。
アスタリクは正直、うまい戦術だと舌を巻いたが、同時にいかにもな机上の空論だと思った。
「ふざけんなよ、ねえちゃん。こんなマンガみたいなマニューバを誰ができるんだ」
息巻いたのは先ほどの眼帯の男――空軍大尉のガニッシュ=バニットだった。隻眼ながらずば抜けた動体視力を持ち、撃墜数は空軍随一だが部下の損失も最も多い。誰よりも、この場にいるはずの英霊への敬意を忘れない男だった。
「俺と、イーリーがやる。スカートはいたギャラリーには期待してねーよ」
口髭を撫でながら傭兵チームのラヴァールが言った。挑発があからさますぎて、周りの眼が点となる。さすがのココも咳払いした。
「ラヴァール、その辺りで。どちらにしろ……」
「まだだ! ループの最中に〝攻撃役〟のテリトリーに入ったらまずかわせねぇ! そのリスクはどうするんだ!」
それに答えたのは、沈黙を保っていたイーリーだった。
「〝追跡役〟のロックから、敵の特攻までの平均時間は八秒弱。その間、〝攻撃役〟は長径楕円軌道で遠巻きに戦闘空間を監視している。ループを四秒以内に決めれば敵はテリトリーを形成できない」
場が一気に沸騰した。批判だけではない。具体的な数値と現実可能かどうかの検証。男たちの頭で計算機が火花を散らしている。実に熱く原始的だが、それはこのミーティングに〝希望〟が見え隠れしている証拠だった。
「四秒で真反対からのループ、それもぶつからないように交差しながら火器管制も行わなきゃならん」
「追跡役に複数捕まった場合はどうする?」
「そもそもどれが追跡に回るかは特定できん、囮を作ることは合理的だ!」
「危険すぎる!」
「やらないでただ機体を破壊されるよりマシだ!」
「じゃあいったい、何組のループが必要なんだ。戦場で全機が一斉に回るってことか?」
アスタリクは静かに右手を挙げた。ルーベルトがパンパンと手を叩く。部屋が一斉に静まり返った。ココがその沈黙に促されるようにして口を開く。
「えー、みなさん。どちらにしろこの機動は皆さんに覚えてもらわねばなりません。領空侵入する《モスキート》は平均で十二機。それに対処するには一機も無駄にできません。そして襲撃のインターバルはわずか八日間です。みっちりと、私が用意したシミュレーションに取り組んでいただきます」
「貴様、陛下の裁定を待たん気か!」
ガニッシュが吼えた。
「ココ=エンタール、作戦名は?」
一同が一斉に国王の方を振り向き、そしてすぐさまココに向き直った。
「〝ダブル=ローリングコースター〟と呼称しますわ」
アスタリクは口元を歪ませるようにして苦笑した。
「ルーベルト、それを可能にすべく機体の整備を徹底させろ。兵装は全機レーザー誘導ユニットと《ケルベロス》懸架四本だ。訓練はおまえに任せる」
「はっ」
こうして短い作戦会議は終わった。正直、これでいいかどうかはアスタリクにもわからない。しかし《エンタール》の運んできた新鮮な風が、自分にも彼らにも必要なのは間違いない。
風と言えば風の噂だ。それによれば、《エンタール》の作戦成功率は実に100%だという。
だが、こんな辺境で停止した文明の中生まれ育ったアスタリクにとって、それが過大広告かどうかは確かめる術もない。結局は、自分たちが生き残るのか否か、なのだ。それを確率のふるいにかけるわけにはいかなかった。
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