第3話 鹵獲機

 〝C4〟と書かれた格納庫の前で、アスタリクとココ=エンタールは、ゆっくりとシャッターが開くのを待っていた。なんとなくその時間が気まずかったので、アスタリクは彼女に話しかけた。

「君たちが乗ってきたあの戦闘機は――どこかで買ったわけじゃないんだろう?」

 ココは彼の方を見て、くすくすと笑った。確かによく笑う女性だが、あまり嫌みな感じはしない。まるでモナリザのような不思議な笑みだとアスタリクは思った。

「UX―30《インフェルノ》とお呼びください。そのように申し合わせてください、という意味ですが……」

 《インフェルノ》――〝地獄〟の意を持つ機体。この国の主力機であり、冥府の渡し守である《カロン》とニックネームを合わせたわけだ。

「ご依頼の通り、この国の文明レベルに合わせてチューニングしました。ベースは〝植民競争時代〟の大気圏運用機ですが、ほとんどその名残はありません。旧時代のジェットエンジンを調達することだけが難儀でしたが――しかし必要以上のテクノロジーを一切使用していないことは、今ごろイーリーが証明しているでしょう」

「……それを聞いて安心した」

 その件については事前にアスタリクが要望していたことだった。それからひと月足らずで架空の戦闘機を三機も新造し、見たこともない戦闘機動(マニューバ)をひっさげて華麗に彼を救出したのだから、そこは褒めてもいいだろう。

 とある理由から、アスタリクの治める《バーミア王国》の文明レベルは地球で言う二一世紀初頭のものに抑えられている。一万五千人に及ぶ国民は誰しもが、この惑星スパルタY3が自らが生まれ進化した母星であると信じてやまず、自分たちが一〇〇年前に外宇宙から植民したのだとは知るよしもない。いわばこの星を地球だと思いこんでいる状態だ。

 ただひとりの例外は国王であるアスタリク=イルバ・バーミア五世だけだが、戦時にあたってはもうひとりの例外がこの国にいる。それが、シャッターの奥で彼らの到着を待っていた眼鏡姿の青年だった。

「我が友ルーベルトを紹介しよう。ルーベルト、聞いているとは思うが、彼女が援軍だ」

 青年はまっすぐに背筋を伸ばしたまま、わずかに会釈した。

「三名の着任だとか。意外でしたね」

「傭兵はひとりだと思っていたからな。三倍喜ぶべきだろう」

 アスタリクがおどけて言うと、ルーベルトは困ったように笑った。

「彼は――ここで真実を語るに認められた人物、ということでよろしいですか、陛下?」

 妙に回りくどい言い方に、アスタリクは肩をすくめる。

「こいつはルーベルト=クラウンズ。私が――〝外界留学〟をしていたときの寮友だ。〝敵〟の攻撃が始まってから、私の元で作戦参謀を務めてもらっている。つまり彼も〝外部〟の人間だ」

「どうも。《エンタール》のお噂はかねがね窺っています。中央のアカデミーを卒業した私でも、残念ながら風の噂以上のことは知りませんが」

 ココはまた首を傾げながら会釈した。

「さっそく見てもらってくれ」

「は」

 ルーベルトがリモコンを操作すると、ほぼ暗闇に近かった格納庫内部が照らされる。むろん、アスタリクたちが入ってきたシャッターは、すでに閉ざされていた。

「なるほど」

 がらんとした空間の中心には、八面体をベースにした奇妙な金属の塊が転がっていた。大きさはざっと五メートルほど。八面体の各頂点には、薄い三角の安定翼のようなものが張り出している。物体の周囲は三角コーンとテープで雑に封印されているが、別に有害なものが発生しているわけではない。

「これをなんと呼称しているのですか?」

 訊かれたアスタリクはため息混じりに応える。

「《モスキート》だ」

 ココはうふふ、と笑った。

「この惑星の蚊は幾何学的形状なんですね」

「からかうな。飛び方が虫に似ているからだ」

「礼儀の教育を熱心に受けた方ではないようですね」

 ルーベルトが嫌みたっぷりにそう言うと、アスタリクの肩の疲れがいやが上にも増した。

「逆に訊きたいのですが」

 ココはやはり小首を傾げながら《モスキート》を指差した。

「国民の皆様には、これをなんと説明しているのです?」

 アスタリクの顔を横目で見ながら、ルーベルトが答える。

「南方の〝ハイラウンド帝国〟の無人航空機だと。当初は侵略ではなく偵察だと説明していたのですが、最近はそのような話を信じる者はいません。完全に戦闘行為ですから」

「あえて訊くが、君の見立ては?」

 試すつもりでアスタリクはココに訊いた。

「〝ハイラウンド社〟の小型輸送ドローンです。ただ、普通は四機ほどが連結して運行するのですが、連結器を外して機動性を高めていますね。あと、体当たりに特化するためか直進性のエンジンノズルが追加されています。攻撃性の高い改造です」

 アスタリクはルーベルトと顔を見合わせた。

「我々も同意見だ。というより、最初からわかっていたことだがな」

 ココはジェスチャーでそのマシンに近づくことを要求した。ルーベルトは渋い表情で了承する。

「君も知っての通り、我が国民は〝無知〟だ。南方にあるのは鎖国制度を敷いた帝国だと信じているし、それが牙を剥いて侵略してきたと信じている。バーミアの民にとってここは楽園だ。その土地を敵が脅かすことは、彼らにとっては説得力がある。君たちには馬鹿げた実験施設に見えるかもしれないがな」

 ココはポケットから取り出したタバコの箱ほどの大きさの物体で、《モスキート》をスキャンしているようだった。だが似たようなことはアスタリクもやっている。データの事後削除機能がついているのか、これほどまでに状態のよいサンプルを手に入れても、そこからなんらかの犯罪行為の証拠が得られることはなかった。

ただしなにがわかったとしても、国民にはこの敵機は謎多きUFOだと言い聞かせるしかないのだが。

「わたくしが知りうる情報をひとつ、提供いたしますわ」

 機械をかざしながら、ココが言った。

「ほう?」

「ハイラウンド社の経営は、決して思わしくありません。本部のある中央星系では保護主義の嵐が吹き荒れ、自由な南雲銀河での取引を活発化しています。そこで、輸送ルートとして最適なこの《スパルタY3》での資源増産を決めたのです」

「増産だと? そんなもの勝手にやればいい。どちらにしろ惑星の南半分は彼らのものだ。それに、我々の土地に資源価値がないことなど向こうは百も承知のはずだ」

 ココはハンディスキャナをポケットにしまった。

「彼らの新しいメイン商品は、希少元素のファイナジウムです」

「ファイナ……? 知ってるか?」

 ルーベルトは唾を飲み込み、頷いた。

「惑星の核――その重圧力下で生成される金属です。非常に貴重で、スプーン一杯で旅客船が買えるとか……」

「そ、そんなものがこの星にあるのか?」

 ココは眼を伏せて頷いた。

「比較的豊富に」

 アスタリクは額の汗をぬぐった。

「惑星の核から、どうやって取り出すんだ?」

「まぁ、穴を開けてでしょうね。むろん、大規模な採掘をすれば地殻変動が起こって地表の岩盤がバラバラになります。塵が大気を覆い尽くし、自然環境は壊滅します」

 ココは素っ気なくそう言った。

「は……」

 アスタリクは今まで、ハイラウンドのドローン攻撃は採掘システムを管理するAIの故障だとみなしていた。小規模であればそういった事故はよく起こっていたし、それに対処するために配備されたのがバーミア空軍だ。もちろん領空内でドローンを破壊することの正当性はハイラウンド社も了承している。

最初の〝大規模侵入〟の際に外交ルートで同社に抗議したところ、「技術者が到着しシステムの改修を行うまでの一ヶ月間、なんとか耐えてほしい」との要請があった。それから約九〇日。侵入が繰り返される中、先方との連絡も途絶え自分たちが見捨てられたことを知ってからも、どこかでこれは天災なのだと信じようとした。

 だがココ=エンタールの話が真実ならだいぶ話は変わってくる。これは、この惑星からバーミア王国の国民たちを駆逐――もしくは抹殺するための非人道的な作戦なのかもしれないからだ。

 今日会ったばかりの奇妙な傭兵の話を鵜呑みにするほど自分は愚かではない。しかし、すべての可能性を頭に入れ、しかる時に決断する義務が自分にはある。アスタリクは疼くこめかみに手をやった。

「裏付けをとれるか、ルーベルト?」

「やってはみますが、望みは薄いですよ。なにしろここは辺境すぎますので。中央星系への連絡手段は乏しいですし、この国にはどんな情報も届きません」

「ここはすでに見捨てられたといってもいい土地なわけです」

 ココは相変わらず微笑みを浮かべたままアスタリクに向き合った。若干苛ついたアスタリクだったが、彼女のガラスのように透き通った瞳を見ると、なぜだか抗議する気が失せた。

「陛下には、この国を守るご覚悟がおありですか?」

 当たり前の質問だった。しかしアスタリクは思わず口ごもった。この女が言っているのはそんな当たり前の意味なのだろうか?

「私は先に執務室に戻ります。あの傭兵たちの部屋割りもまだですし」

「個室は必要ありませんわ。三人一緒で構いません」

「かしこまりました」

 そう言ってルーベルトはガレージを出て行った。

「陛下」

 ルーベルトがいなくなると、ココは先ほど操作していたハンディサイズのスキャン装置を彼に見せた。

「あの参謀閣下を追放なさってください」

「なんだと!?」

 虚をついた言葉に、見せられているはずのスキャン画面が眼に入ってこない。

「鹵獲(ろかく)した《モスキート》からなにも得られないがために、私をここに呼んでくださったのでしょう? 相手側の情報は人間の手によってシステムから削除されています。事故でも偶然でもありません。陛下がやったのでないとしたら――」

 瞳孔が開いたアスタリクの瞳を、ココは瞬きもせず見つめ返していた。

「そんなことができるのはあの参謀ただひとりです」

 スキャナーにはおそらく、その証拠と思われる操作の痕跡が表示されているのだろう。だがアスタリクはあえてその画面を見なかった。

 かといってルーベルトをかばおうともしなかった。もちろん旧知の仲間を疑えと言われていい気がしないのも事実だ。

 国王とは、すべてを信じすべてを疑う――そういった職業なのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る