第41話 天罰と銃弾
車は、私を乗せるとサービスエリアを出て、本線を猛スピードで加速していった。
私は、走り出してすぐ違和感を感じた。
この車にいるのは、私達2人だけではない。
後部席に、更に2人男の人がいる。
ミラー越しにチラッと見ただけだが、ガラの良くない感じの2人であることは確かだ。
運転しながら、名前も忘れた沢井だか沢口は言った
「真由ちゃん。今の宿泊先でも毎日セックスしてるんでしょ? ……でもさぁ、ぶっちゃけ今のところだって、あと何日居られるか分からないじゃん。俺達とだったら、毎日何倍もできる上に暫くいられるわけよ。いい話だと思うけどなぁ」
私は、男をキッと睨みながら言った。
「今のところには、もう2ヶ月くらいいるけど、1回もしてません! ……私は、もうしませんから!!」
「前は、そんなノリの悪いこと言わなかったじゃん! 俺がブサメンとか、生理的に受け付けない、とかじゃなかったでしょ……分かんないな。減るもんじゃなし。まぁ、別にみんなと毎日やってれば、今まで通り楽しくなるでしょ!」
「嫌、嫌!!」
と、首を振りながら言った時、突然車の後方から
“ガンッガンッガンッ”
と、いう音が響いてきた。
音のする方向を見ると、すぐ脇に沙織の運転する車が並走していて、運転席の窓から鉄パイプで、こちらの車を叩いている沙織がいたのだ。
「おい!!」
後席にいた1人が窓を開け、身を乗り出した瞬間、開いていた沙織の車の天井から、沙織が投げた鉄パイプが男の顔面に当たって、男は、高速で走る車の窓から道路に落ち、次の瞬間、私の乗る車が、何かに乗り上げる衝撃が走った。
1人が脱落したこちらの車では、あとの2人が、完全に混乱の最中にいた。
後席の男が叫んだ。
「おい、あいつヤバいぞ。マジでキレてやがる! ……何とか逃げ切れよ! 相手は1000ccだろうが」
「こっちも思い切り飛ばしてんだよ! あの車、化け物だって。メーター振り切ってるのに、まだ加速してるんだから!」
2人が、怒鳴り合っている中を沙織の車は、悠々と前に回り込んだ。
すると、こちらの車は急に車線変更をした。
……どうやら今、差し掛かっているインターから、一般道へと降りるようだ。
沙織の車も慌てて高速を降りようとしているが、こちらの車の方が先に出口に向かって行った。
ミラー越しに、沙織が窓から身を乗り出して、この間私を脅した銃を構えているのが見えた。
次の瞬間
“キンッ、ゴンッ、ブシュッ”
という音がして暫くすると、ボンネットから白い煙が出て、メーターの中に赤いランプが点灯すると共に、車はゆるゆると減速を始めた。
後席の男が怒鳴る
「何やってるんだ!」
「ダメだ! 水温の警告が点いて、アクセルが言うこと聞かない!!」
車はしばらく惰性で走った後、何もない空き地に力なく停車した。
私は、素早くベルトを外して、外に出ようとしたところを、後席の男に羽交い絞めにされて、後ろのドアから外へと出された。
沙織の車がやって来てすぐ前に止まった。
降りてきた沙織が言った。
「燈梨は、あたしの連れなの! 放しなさい!」
「うるせぇ! これが見えねぇのかよぉ!」
と、羽交い絞めにした私の首筋にナイフをピッタリと突きつけて叫んだ。
……次の瞬間、男は肩を抑えながらうずくまった。沙織の手には銀色の拳銃が握られていた。
私は、その隙に走り出したが、沢口だか沢井に捕まってしまった。
沙織は、それを一瞥してもなお挑発を続けた。
「見えなぁい! ……だってぇ、遅いんだもん!」
「クソがっ!!」
うずくまっていた男が急に飛び掛かってきたが、直後に3発の銃声と共に勝負は決した。
弾丸は男の両足の甲と、さっきと逆の肩に当たった。
そこにはタトゥーが入っていたのだが、そのタトゥーの柄の生物の、眉間に見事命中していた。
「あがあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
男は、叫ぶと同時に倒れて動かなくなった。
「……あんた、次歯向かったら、その汚いタトゥーの訳わからん生物と同じ位置に弾丸撃ち込むわよ!」
沙織は、銃の弾丸を入れ替えると、腰に手を当てて片手に拳銃を持ちながら、気怠そうに言った。
「沢井! 次はあんたの番よ! 警告する。燈梨を放しなさい!」
「うるさい! なんで邪魔するんだよ! ……あんたが真由ちゃんの今の宿主ってとこか? ……そうか、女同士だから今はヤッてない訳か」
沙織は、害虫を見たかのような視線を沢井? に向けた後、ケッと痰を吐いてみせてから言った。
「ヤるとか、ヤらないとか下衆い奴! ……だから女に逃げられるのか。今の彼女の宿主はあたしじゃない。あんたお望みの オ・ト・コ よ。男と暮らしてるけど、ヤっちゃいないって事!」
「そんな男、いる訳ないだろ! 家出女子高生に『困ってるから泊めてくれ』って、言われて対価なしに、面倒見るなんて! どうせそいつは、枯れたジジィかインポなんだろ!」
「違う!! コンさんは、そんなんじゃない! ……ないもん!!」
私は、思わず反論してしまった。
すると、満足したような表情を浮かべた、沙織が言った。
「テメェの狭い世界観が、世界の全てじゃねぇんだよ! 地球の裏の、隅の隅まで探しぁ、奇麗な人間はごまんといるってことだ!」
「そんなこと言ったって、都合が悪くなると、追い出すに決まってるさ。俺と同じようにね! 今、何ヶ月かつつがなく続いてるようだが、この後はどうするんだ! 大学は? 就職は? 親じゃないのに、そこまでの面倒見きれるわけじゃないだろ!」
私は、沢井の言葉にドキッとした。
……そうだ、私は何処まで行っても逃れられないのだ。
社会的な空白期間が、そんなに長く続けられるわけがない。
……いつかは帰らなければならないのだ。あの家に。
……それを考えると、目の前が真っ暗になっていくのを感じた。
視線の先の沙織は、さっきと同じ視線を沢井に向けて、再びケッと痰を吐くと
「バカは、何処まで行ってもバカか……可哀想。さっきも言っただろ。テメェの狭い世界観が、世界の全てじゃねぇって! 見た男がいるんだよ! 見知らぬ女の子を面倒見て、大学行かせて、就職させた。そこに、下衆い肉体関係なしにだ。今、燈梨がいるのは、そういう男のところだ。テメェみたいな、男の器も下の玉も、ちっちぇ奴じゃねぇんだよ!!」
沙織はそれを言った後、はたと気づいたように続けて
「そろそろ、燈梨を放してもらえる? ……時間もないし、あんたも、お迎えが来そうだし……」
後ろを振り返った沢井は、怖い表情になると、私をきつく抑え込んで
「うるさい!! ここまできたのも、全部お前らのせいだ! 動くな! 真由ちゃんを人質に逃げ切って……」
と、沢井は言いかけたが、次の瞬間一気に間合いを詰めた沙織の喉輪が沢井に決まり、怯んだすきに私は解放された。
沙織は、解放された私を突き飛ばして遠くへと引き離すと、沢井の正面からボディブローを一発お見舞いした。
……そこから更に腹にアッパーを数発、その上で、腹に膝蹴りを数発お見舞いすると、体勢を立て直して、一本背負いで沢井を地面に叩きつけた。
沙織の服装は、いつものように、キャミソールの上からワンピースを羽織ってる動き辛そうな恰好なのに、俊敏な動きだった。
「燈梨は、あたしにとって妹なのよ! 次あたしの妹に、手ぇ出したらこんなもんじゃ済まさないわよ!」
と言うと、私のところに駆け寄って、肩を貸して立たせて声を掛けた。
「大丈夫? 怪我無い?」
私は大きく頷いた。
沙織は車まで一緒に行くと、私の埃を払って助手席に乗せた。
運転席に回った時に、向かいから銀色のミニバンと、レッカー車がやって来た。
沙織は、右手を挙げて合図をすると、その車は、その先に倒れている2人と、車を回収して去っていった。
沙織が運転席に戻ると、私が何か言う前に言った。
「何で沢井を知っていて、今の連中が誰かって事?」
沙織が言うには、沢井は、城台金融という反社系の金融機関の、賞金首リストに載ってたそうだ。
沢井は借金で首が回らず、闇金にも断られて、車の中にいた2人と城台金融の裏金の運搬車を襲った結果、表裏、両方の世界から追われる身となったそうだ。
沙織は言った。
「そっちの世界の仕事をやるつもりはなかったけど、燈梨が、沢井に連れ去られるのを見たら……取り敢えず、使えるところは使っておこうと思ってね。……小遣い稼ぎにもなるし」
車は山道を走り、もう一度、降りたインターの1つ手前のインターから、高速に入った。
そして、さっきのサービスエリアに入ると、車を止めた沙織が言った。
「燈梨、もう一回ソフト食べよう! 折角並んで買ったのに、あんたが連れ去られたのを見たら……捨てちゃって……ダメ?」
私は、上目遣いで訊いてくる沙織を見て、さっきの事を思い出した。
『燈梨はあたしの妹なの』
……それを思い出すと、自然と頷いた。
2人でソフトを買うために並ぶと、やはり20分ほどの時間がかかった。
沙織は、味が3種類あるのに希望を訊かなかったので、さっきは私の分までコーヒー味を買っていたそうだ。
こういう美味しいソフトクリームというのは、大半がバニラ一択なのに……だ。
車に戻って、2人でソフトを食べていると沙織が
「どう? あたしはコーヒー一択だから、他は分からないんだけど」
「美味しい……です」
私は、言葉を詰まらせながら言った。
沙織は、私の様子を、チラッと横目で見ると
「言いたくないことは……言わなくていいよ。
あたしも今回暴れちゃったから、沢井だっけ? の事は舞韻には言うけど、煽られて絡まれた時に気付いた、とでも適当に言っておくから。
……ただ、何もしてない舞韻に今回の報酬の一部、むしり取られるのはウザいかなぁ……」
私は、さっきの事が整理しきれずに、体を震わせてうずくまっていた。
……それを見た沙織は、ポンと背中を叩くと優しい声で言った。
「車の外で煙草吸ってるから……すぐそこにいるから安心して」
顔を上げると、ボンネットに座って煙草を吸う沙織の姿があった。
恐らく、喫煙所まで行ってしまうと、あんなことに遭ってしまったばかりの私が心細くなると思って、敢えてやっているんだろうと思う。
2本吸い終わると、沙織は車に乗る寸前に、小さなスプレーボトルを全身に吹きかけた。
そして、車に乗ると置いてあったボトルからガムを出して噛み始めた。
「噛みたくなったら自由にやっていいわよ」
私は、黙って首を縦に振った。
沙織は、ハンドルにもたれかかって遠くの方を見ている様子だった。
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