2人の融和編

第40話 旅と過去

 ようやく、舞韻さんのお店でのバイトにも慣れてきたとある火曜日の休憩中、舞韻さんとまかないを食べていると、舞韻さんに訊かれた。


「燈梨、明日から金曜まで予定ある?」

「いえ、特にはないけど」

「じゃぁ、悪いんだけど沙織と2人で、泊まりで荷物運んできて貰える?」

「え~~~~~~~~!!」


 思わず、叫んでしまった。

 織戸沙織。

 ……つい2週間前に、私を誘拐し、服を脱がせたり、胸を揉んで尋問するなど、数々の酷い仕打ちをした女だ。


 しかも、銃で脅され、ベッドに縛り付けられ、口にガムテープを何枚も重ね貼りされた私が、恐怖を感じている中、私の制服を着てJKになりきり、街ブラを楽しんだりするような、ちょっとズレた女スナイパーなのだ。


 今は、師匠であるコンさんの命の下、舞韻さんと一緒に生活し、お店の手伝いに入っているが……正直、2人きりになるというのは、ちょっと怖い。

 最初に出会った時も、すれ違いざまに腕を掴まれたかと思ったら、ハンカチを鼻と口に押し当てられて、強引に車に連れ込まれ羽交い絞めにされたり、服を脱がせた私の素肌に銃を押し当てて歩かせたり……と、散々な目に遭わされたのだ。


 それを察した舞韻さんは


 「大丈夫よ。あいつも変なことしないし、させないから」


 とは、言うのだが、その場に舞韻さんがいる訳ではない。


 できれば、舞韻さんに行ってもらいたいなぁ……と思っていると、それも察したのか


 「ゴメンね。明日の午後、換気の調子が悪くて、修理頼んでるのよ。私じゃないと対応できないからさ。それに、今回のは宅配業者が壊しての修理だから、手渡しにしないとさ……」


 訊くと、雑貨制作の依頼で、とあるホテルからベンチのデコ依頼があって、制作後に出荷したのだが、輸送中に一部壊されてしまったため、やり直しの依頼があったのだ。

 ……更に今回は、無理なお願いを聞いて貰っているために、相手側で招待したいと、宿泊券までつけてくれたので、行かない訳にはいかないそうなのだ。


 「ね! 助けると思って行って来てよ。向こうで、ゆっくり遊んできて良いからさ!」

 「分かりました」

 「ありがとぉ~。助かる! オーナーには、私から言っておくから」


 と、半ば押し切られる形で、私は2泊3日で、沙織と一緒に、出掛ける事となった。

 夕食時に、コンさんから


 「明日から沙織と一緒に、舞韻のお遣いで泊まりなんだって?」

 「そうなの……ゴメン、明日からの家事と、お弁当出来なくなっちゃって」

 「いいよ……舞韻も2人を信頼して、そういう仕事を任すんだから、こっちのことは気にせずに、ゆっくりしてきなよ。折角の観光地なんだから、素通りしてこないでさ」

 「ありがと」


 私はこのやりとりが、まるで夫婦の会話のようだったということに床に入ってから気がついて、隣のベッドで寝息を立てるコンさんに背を向けながら、真っ赤になってしまった。


◇◆◇◆◇


 いつもは9時半出勤だが、今日は11時出発なので、10時半出勤で良いと言われていた。

 私は準備を済ませると、10時少し過ぎには、お店へと降りた。

 舞韻さんは、私の姿を見ると、ビックリして


 「燈梨。まだいいのよ。このバカが時間がかかってるから、ちょっと遅くてもいいくらい系なのよ」


 と、沙織のお尻に蹴りを入れながら言った。

 ……沙織は憮然としながら


 「なによぉ~! あんたが昨日中に用意しなかったから、遅くなってんでしょぉ……燈梨も手伝ってよぉ」


 と言ったが、直後に舞韻さんの飛び蹴りが背中にきまり


 「人のせいにして……あんた何様系? ……大体、燈梨に散々迷惑かけてるんだから、あんたが何も頼めるわけないっしょ!!」


 と言われると、憮然としながらソファを車の荷室に積んで、ロープで固定を始めた。

 沙織の車は、この間のレンタカーと違い、水色のコンパクトカーだ。

 車種には詳しくないので、どこのメーカーの何という車かは分からない。

 ……もしかすると外車かもしれない、と思うような、ちょっとお洒落な車だ。


 外観はレトロな感じだ。

 ライトは丸で、テールランプも縦に丸型のランプが上からウインカー、ブレーキ、バックの順で、3つずつ左右に6つあった。


 荷室のドアは2分割で、上のガラスハッチが上に、下のボディが、下向きに開くようになっていた。

 ドアは、左右2ドアだが、蝶番がわざわざボルトを含めて露出されており、デザインのアクセントとして使われている。


 ドアのノブもゴツいグリップ式で、後ろの窓は電車のように、上下で分かれていて開く仕組みになっている。

 ハンドルとタイヤのホイールも、白でアクセントになっており、ゴツ可愛い感じが、お洒落さを醸し出している。


 舞韻さんは、鉄製の細長い工具箱を、沙織に渡した。

 中には、鍵が開いた状態の南京錠が入っている。


 「固定に使った縄は、使い終わったらこれに入れてロックして、必ず動画を送りなさい。燈梨をそれで縛ったりしたら、タダじゃおかない系よ!」

 「あたしを縛りマニアみたいに言わないでよ! 人質でもないのに、縛ったりしないわよ!」

 「フン、あんな変態みたいな縛り方で、燈梨を監禁したあんたが、どの口で言うんだか!」


 と、やりとりが続いた後


 「じゃあ燈梨。ちょっと早いんだけど、お願い系ね!」


 と、舞韻さんが言ったので、私は、助手席のドアを開けて車に乗り込むと、手荷物のリュックを後ろに置いた。


 エンジンがかかり、横に立つ舞韻さんに応えるべく、窓を開けようとして悩んだ。

 この車、どうやって窓を開閉するんだろう? ……と。

 この車、内装も全体が車体と同じ水色になっていた。


 ドアには2つのレバーがあり、どちらかがドアを開けるものだ。

 恐らく、上にある横一文字のレバーがドアだろう。

 とすると、下にあるハンドルのようなものが窓を開けるノブだろうが、私が今までの経験則から、見たことのないものだ。

 自動車の窓というのは、ボタンを押せば開き、逆側に押すか引き上げるかすると、閉まるものだと思っていたので、戸惑った。


 すると、運転席の沙織が


 「あんた、窓の開け方わかんないの?」


 と訊いてくるので、私は真っ赤になりながら頷いた。

 ……この女に、教えを請わねばならない自分が恥ずかしかったのだ。

 沙織は、はぁ~っとため息をつきながら


 「いい車にしか乗って来なかったのねぇ……それとも、世代間ギャップってやつかなぁ……こうよ!」


 と言うと、下側のハンドルをくるくると回した。

 ……それに伴って、窓も腕の動きにシンクロして、カッシャカッシャと下がっていった。


 「前にある三角窓は、こう開けるの……でも、エアコンかけるから、使わないと思うけど……」


 と言って、前側にあるピンのようなものを動かすと、前側の窓がピポッド式に開いた。

 私は頷くと、助手席の窓を開けた。

 それと同時に、車は出発した。


 「気をつけてね~!」

 「行ってきま~す!」


 舞韻さんが言って、私が応えて手を振った。


◇◆◇◆◇


  30分ほど走った時、沙織が沈黙を破った。


 「なんで無言なのよ?」

 「別に……」

 「あたしとする話なんて、無いって事?」

 「……特に」

 「この間の事、まだ怒ってるのね」

 「当たり前ですよね。誘拐されて、あんなえっちな格好に縛られて、服は脱がされる、胸は掴まれる、変な猿轡やガムテープで、口は塞がれる、頭や背中に、銃を突きつけられる、身動き取れない状態で、くすぐられて気絶させられる。……簡単に許されることだと思います?」

 「ごめんなさい……本当にごめんなさい」

 「私、怖かったんです。目が覚めて、自分が見知らぬ部屋で縛られてた時、目隠しもされていないこの状況で、犯人の顔を見たら生きて帰れない、と絶望した気持ち、わかります?」

 「うぅ……」


 沙織は、そこからどうやって話の取っ掛かりを掴んだらいいのかを測りかねて、なかなか話しかけられずにいたようだった。


 車は、高速道路に入って都内を抜け郊外へと出たが、車内は沈黙が続き、大きなサービスエリアで止まった。


 「ここのソフト、マジでバリ旨だから燈梨の分も買ってくるね~」


 沙織が、私の機嫌を取ろうとしたのか素なのか、妙にギャルっぽい仕草で言ってきた。


 「ご自由に。私、トイレ行ってきます」


 確かに、以前朝の情報番組か何かで、ここのソフトクリームは紹介されていたので美味しいのは知っているが、この女と食べても正直仕方がない……と思う。

 まずそこから、話の広がりようもないし、恐らく食べた後も沈黙になってしまうだろう。

 

 私は、なんで沙織の事を嫌っているのだろうか考えた。

 誘拐され、色々されたこともあるが、それ以上に、舞韻さんが撃たれて怪我をする原因を作ったのにあっけらかんとしている、この女の無神経さが生理的に受け付けないのだろう。


 トイレから出てきたが、沙織はまだ車に戻っていなかった。

 車の鍵も持っていかれているため、車の中に入ることもできない。


 ……確かここのソフトって、あれ以降、あちこちの情報番組やバラエティ番組に登場していることから、行列ができていると聞く。

 さっき見た感じだと、平日とはいえ、あと10分くらいはかかるのではないかと思うのだ。


 私は、車の前にいても仕方ないので、あちこち見て回ることにした。

 10分程度なら適当に回っていれば、時間は潰せるだろうと思ったのだ。

 休憩所の情報板を見ると、この近くにも観光地はあり、大きな湖があったり遊園地があるようだ。

 確かに、素通りして帰る土地ではなさそうだ。


 お土産屋さんを見て、この土地独自の名産品で美味しい物がないかを見てみたり、ブランドショップまであるのにはさすがに驚いたが、覗いて行ったりした。


 店内に置いてある服やバッグなどを見て値札の価格に驚いたり、観光地に来て買うものじゃないよな~……と思いながら、ウロウロしていた。

 気になる商品を手に取ってみてそれを棚に戻して、車に戻ろうと後ろを向いた時、ふと、既視感を感じる顔があったように思った。

 私の知り合いはこの辺にいないので、テレビで見た人かなんかかなぁ……と思って通り過ぎようと思った時、その人から肩を叩かれて


「やあ、真由ちゃんだよね。久しぶり!」


 私はその顔と、真由という名前の、2つのピースで思い出す人物がいた。

 確か、東京に入ったばかりの頃、数日間家に泊めてもらった男性の1人で、確か名前は、沢口だったか沢井だったか……そんな感じの名前だった人だ。


 顔立ちは、まぁ整っていて、軽くウェーブのかかった明るめの茶髪とスラッとした体形で、爽やかで優しい印象に見える人物だ。

 しかし、その内情は、やたらブランドと流行りもの信仰が強くて、ややナルシスト気味、身の丈に合わないブランド品等を入手するために、いつも家計は火の車のようで、ある日など


 「このブランドのペアウォッチを彼女に買ったら、借金返せって怒られちゃって……」


 等と、私の前で平気で言っているような人だった。

 ……私の中では、すっかり忘れ去っていた過去の人である。

 私が、驚いて口をぱくぱくさせていると、彼は言った。


 「やっぱり真由ちゃんだ。他人の空似かと思ったら、俺の顔見てそっちも驚いてたからさ」


 私は、今更ながら、努めて冷静を装いながら言った。


 「人違いじゃないんですか? 私は、燈梨って言います」

 「そんなわけないじゃん! 何日、一緒に暮らしたと思ってんだよ。その間、何回シたと思ってるの? 忘れる訳ないでしょ」


 と、へらっとして返された。

 私はぞわぞわっと、全身の毛がよだつような嫌悪感を覚えて


 「人違いだって言ってますよね? ……失礼します!」


 と言い捨てて、歩き出したその時、腕を掴まれて


 「だ・か・ら、人違いなんかじゃないって、俺も、真由ちゃんに会いたいなぁって思ってたとこだし、折角会えたんだからまた泊まっていけば? ……今は、彼女とも別れてフリーだから、前みたいに予定より早く追い出したりしないからさ」


 と、引きずられるように外へと出た。

 私は、もがきながらちょっと大きい声で言った


 「放して! 放してください!!」

 「良いのぉ? 騒ぎになって警察来ちゃっても。俺は、人違いでしたで済むけど、真由ちゃんは家出中でしょ? これで、強制送還になっちゃうよ」


 と言われて、私は力が抜けてしまった。

 確かに警察が来ると、最悪は現在の滞在先であるコンさんのところに、介入してくる可能性がある。

 そうなると、コンさんや舞韻さんに迷惑が掛かってしまう。

 それを考えると、抵抗する力が失われてしまった。


 それを見た男は、私の腕を引いて自分の車の助手席へと私を乗せた。

 黒いミニバン。

 以前は、部屋にいただけだったので、車があったことすら知らなかったが、いかにもこの男が乗りそうな車だ。

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