第37話 決意とJM
お店の駐車場に、見覚えのない車が入って来ると、その車の中から、2人が降りて戻って来たので、コンさんに
「どうしたの? この車?」
と、尋ねると
「舞韻が負傷して、暫く自分の車には乗れないだろうと思って、実家に寄って貰ってきた」
話によると、実家の車は明日、新車に替わるのだが、下取りがつかなかったこの車は、同時に解体される予定だったことを思い出し、負傷した舞韻さんの移動用に貰ってきたという事だ。
……薄い金色の大型セダン。
なんか、見覚えがあると思ったら、以前CM動画で見たティアナだ。
後ろを見ると、「230JM」とある。
やはり、コンさんは、JKよりもJMなんだな、と改めて面白さがこみ上げた。
舞韻さんから言われ、私はお風呂を沸かして入った。
今、着ているのは、沙織という女の部屋から借りてきた服なので、同時に洗って返さなければいけない。
お湯に入って、今回、いかに酷い目に遭わされたかを、実感させられた。
手足がヒリヒリと痛む。
縛られた箇所が擦れたのだ。
今まで、舞韻さんに、何度か縛られたことがあったが、きつく縛られてはいても、痕が残ったり擦れたりはしなかったのだ。
しかし、今回ばかりは、そうはいかず、痛みがある。
沙織という女が、プロとしては、まだまだだ、と言われる理由が何となく分かった。
体を洗い、湯船に入った私は、ふうっと一息つくと天井を見上げた。
色々な出来事があった1日だったが、ようやく家に戻って、心から安心したのだ。
ここまで安心したのは、何時くらいぶりだろう。
私が、実家を飛び出してまで、求めていたものの1つは、この安心感である。
ホッと一息つける場所が、今までの私には無かったのだが、今になってそれを手に入れていることに気付いた。
そして、私は、その貴重な場所である、この家から飛び出そうとしていたことも、思い出した。
私は、自分の思慮の足らなさを、今更ながらに反省した。
もし、私が、沙織という女に誘拐されなければ、私は漠然とした不安を胸に、当てもなく彷徨っただろう。誰を信じることもなくである。
……そう考えると、私が沙織という女に捕まったのは、ラッキーだったとも思えるようになった。
えっちな格好に縛られ、散々いたずらをされたり、銃を突きつけられたりしたのだが、私には信頼できる人達と、安心して帰る場所があることを、再認識させてくれた。
その意味で、昨日からの時間は、貴重な時間と体験だったと思える。
私は、お風呂から上がると、漠然とながら考えていた次のステップを踏み出すべく舞韻さんを探した。
舞韻さんは、コンさんと、お店の駐車場にいたので、私は、2人に向き直ると、その言葉を告げ……る前に、私は衝撃の事実を知ってしまうこととなる。
◇◆◇◆◇
オーナーが沙織と、初代ティアナに乗って戻って来た。
レンタカーが無くなっているので、返却させたのだろう。
狙撃犯に見られている、あの車は目印になるので、早めに無くした方が良い。
ティアナは、オーナーの実家の車だ。今までも何度か見たことがある。
オーナーたちが、私に話がありそうに見えたため、私は外に出ると燈梨に
「昨日から、お風呂入ってないんじゃない? 色々、大変だったろうから、1回さっぱりしてくれば良いよ」
と言って、彼女をお風呂に行かせてから、2人のもとに向かった。
「舞韻。今回の事は済まなかった。暫く、体に、不自由させてしまうことになるだろうから、その間、この車を足に使って欲しい」
私の腕が、狙撃され、暫く片腕が使えないため、持ってきてくれたのだろう。
訊くところによると、明日新車と入れ替わり、廃車の予定だったので、強引に貰ってきたとの事だった。
車検は、2ヶ月後まであるので、問題なく使えるのだが、貰って来て良かったのだろうか?……と、訊くと
「舞韻が、怪我して困っている、と言ったら、気前良く、くれたぞ。くれぐれも、舞韻によろしく伝えてくれだそうだ」
と、言われた。
オーナーは、気付いていないが、ご両親は、私とオーナーが、特別な関係だと勘違いしているのではないか? と、思うことが、しばしなのである。
その辺の事情は、以前に伝えたはずなのだが……たまに、オーナーが誤解を招くような行動を取るため、どうにも、説得力に欠けているようだ。
そして、私は沙織に訊いた。
「……で、あんたを狙っている相手に、心当たりはある系?」
「ここを出る以前ならあったけど、以降は、裏稼業からは、遠ざかっていたから、 無いのよ。向こうでも、狙われたり襲われたこと無いし……」
そう考えると、向こうにいる頃から、沙織を追っていたのではなく、沙織がこっちに来てから狙い出したことになる。
すると、沙織が言った。
「あたし、こっちに来てから、2週間くらいになるけど、その間、尾けられたり、見張られたりもしてないのよ。流石にあたしだって、それくらいは感じ取れるし。
それに、あたしを殺るなら、いくらでもチャンスはあるし、むしろ、夕べ、ここに1人で現れた時なんて一番のチャンスだと思うんだけど……」
私は、確かにそうだと思った。
オーナーに会うまでの沙織は、プロとして大した実績も上げていない、駆け出しだった。
例の組織だって、若い女のプロなら、もしかしたら……程度の期待値で、寄越したに違いないのだ。
その沙織を、狙ってくる人間がいるとは思えない。
それに、昨夜までの沙織は、1人で動いていたので、殺るなら、わざわざ私やフォックスがいる、あの場所を狙う必要はなかったのだ。
私は、一度、この襲撃について、調べてみる必要があると思い、情報収集に向かおうとしたところ、沙織に
「あたし、思い出したんだけど、沖縄にいた頃、お店に、あの燈梨って娘の事を聞きに来た奴らがいたのよ」
と言われて、以前のヘボ探偵の事を思い出した。
……しかし『奴ら』と、言うフレーズに引っかかり、訊いた。
「どんな奴らだったの?」
「1人は、親戚を装ってたけど、恐らく探偵。画像見せられて、見かけたり働いたりしてないかを聞かれた。
もう1人は、若い男で、プロではないわね。雰囲気も微妙だし、聞いてくる内容も一般の家出人探す家族レベルだった。
そして、あの探偵の雇い主。
……直後に煙草吸いに裏に出たら、裏路地から電話で『あいつは役に立たない。こっちにはいないと思うから東京に戻る』って、言ってたから」
それを聞いて、私には、もう1つ調べることが出てきた。
燈梨を探している、もう1人の人物の特定と、その人物が、どこまで燈梨に迫っているか……だ。
あのヘボ探偵は、私のミスリード情報に乗って、宮古島を探し回っているのは把握しているが、プロでもないのに、燈梨が沖縄にはいない……と、いう事が分かり、なおかつ、東京に網を張っている人物。……正直、厄介だが、特定しておく必要がある。
私は、ちょっとだけ、本気を出さなければならない、久しぶりの状況に、体の中が熱くなるのを感じた。
……すると、不意に沙織が、
「話変わるけど、どうやって、あんた昨夜、あたしの居場所を突き止めたの? ……あの娘。電話してる時、あんたに監禁場所を伝えたんじゃないの?」
と、訊いてきたので、私は
「あんたの脇が甘いのよ……ついでに臭いし。防犯カメラに映ったお間抜けが、電話をかけるまでの時間で、逆算して、そこら一体を調べたら、あんたの偽名パターンの1人が、借りてる部屋が浮上しただけ。大体、電話で話す時、人質の口を自由にしてるあんたにマジがっかり」
と、嫌味たっぷりに答えると、沙織は反論した。
「あたしのワキは臭くないわよ! それに、あんたとの電話の時も、猿轡をして黙らせてたのに、電話が終わった後で、外してた事が分かったの。だから、あの娘があんたに喋ったんだと思って」
そもそも、電話をしている時に、感情が高ぶるあまり、人質に対して目がお留守になっている段階で、お粗末なのだが……沙織は、私が小さな声でも、聞き取れることを知らないようなので、敢えて教える必要もないと思い
「さっきも言った通り、調べたら簡単に分かった系。……それに燈梨と話したけど、あんたに、麻酔で眠らされて連れて来られたから、どこに監禁されてたか、なんて知らないっぽいし。あんた、第一、燈梨が話してるの聞いたの?」
と訊くと、沙織は首を横に振った。
なので、話題を変えた。
「沙織。……あんた、燈梨の制服を、ここに届けに来るまでの間、制服着てたでしょ?」
「バレてた?」
「紙袋から出した時、温もりが過ぎたの。それでピンときた……あんた、全寮制の女子高が嫌で、中退したから、共学の女子高生に、コンプレックスがあることに。
あんた、可愛い、ブレザーの制服とか着てみたくて、あの時も、コスプレ衣装で、フォックスを騙そうとしたもんね。だから、無理矢理脱がせたんだぁ……」
と、沙織が昔、女子高生のふりして、オーナーのもとに転がり込んだ際の事を、思い出しながら言った。
「ち……違う、本当に、はずみで脱がせただけなの! 最初は、ブレザーだけ脱がせてあったから、それ使うつもりだったけど、舞韻に、電話でバカにされてムカついたから見せしめに。
でも、車の中で、それを見ているうちに、あたしも、普通に女子高生になってたらこんな感じになるのかなぁ……って思ったら、つい着ちゃってた」
と沙織は、下を向いて真っ赤になりながら、言った。
ふと後ろを見ると、燈梨が、マジで? みたいな表情で立っていて
「……サイテーなんですけど」
と、絞り出すように言った。
「私、銃で脅されて、脱がされて、本当に心細かったんだから! あんな、えっちな格好に裸で縛られて、この女に、そっちの趣味があったら……命が助かっても立ち直れないかもって、本気でどうしようか、考えてたのに……」
と、わなわなと肩を震わせながら、続けて
「なのにその間、私の制服着て、女子高生気分満喫とかマジあり得ないんですけど。
……どうせ、ケータイで画像撮って、SNSに『女子高生なう』とか、アップしたんでしょ! 私が、逃げることも助けを呼ぶことも諦めて、帰ってきたら、イタズラされるかもしれないと絶望してる中で…ひどいよ」
沙織は慌てて
「ゴメンなさい。……でも、違うの! 断じてネットにアップしたりしてないから。あの縛り方も、昔、ハードボイルド小説で読んだのを真似しただけで、決して、あなたにイタズラするつもりで縛ったんじゃないの! 信じて」
と、釈明した。
燈梨は、下を向いて、肩をわなわな震わせたまま
「他には?」
「え!?」
「他に、私の制服着て何をしたのか、聞いてるの!」
「何で?」
「監禁場所から、この家まで、車で10分くらいでしょ。でも、私の制服持って出かけた時、2時間くらい戻って来なかったじゃん! ……帰りは、まっすぐ帰ってきたとして、制服置きに行くまでの間、何してたわけ?」
と、具体的に問い詰めると、沙織は
「ターミナル駅の、カフェに行って、タピオカ飲んでみたり、その辺りを、ぶらぶらして、女子高生が行きそうなところを散策してきた。……ほとんどの店が、閉まってたけどついつい……」
と、後半は、小さな声で言った。
……燈梨は
「酷いよ! もし、私が、その間にトイレに行きたくなったら、どうするの? 口に詰め込まれたタオルを喉に詰まらせたら、どうするの? 身動き取れない私を、放っておいて、遊び惚けるなんて……」
と肩を震わせながら、更に詰め寄った。
沙織は、完全に狼狽えてしまって、何も言えない状態になってしまった。
それを感じ取った燈梨は、パッと顔を上げると
「あははは、ないない。
そこまで真剣じゃないって……まぁ、勝手に制服着たり、私を放ったらかしにして遊び惚けてたのは、そりゃまぁムカつくけど、あれだけやられたんだから、ちょっとくらい、からかいたくなっただけ」
と、けらけら笑っていた。
その向こうで、沙織が、わなわなと、震えているのが見えたため、私は
「まぁ、この馬鹿がやったことは、取り敢えず、これで許してやってくれない?」
「うん、こんなもんで許してあげる」
と、ニコッとして言った。
そして、燈梨は、私とオーナに向かって真っすぐやって来ると
「コンさん、舞韻さん」
と改まって言うと、続けて
「お店で働かせてください」
と言った。
私は、突然の事に、オーナーと顔を見合わせた。
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