第36話 世話焼きと銃創

 廃旅館から3人が出てきた。

 燈梨と沙織の問題は、解決したようで、それぞれの車に乗って出ようとしている。


 「何やってんだか、私は」


 思わず、声に出してしまった。

 私は、燈梨にとって、おせっかいな姉のつもりだが、沙織に対しては、そんな感情はなかったつもりだ。


 しかし、今の私は沙織に対しても、おせっかいを焼いている。

 私は、一足先にオーナーの家に戻らねばならないので、足早に車に戻ろうとした。

 ……が、刹那、不穏な気配を察知した。

 と同時に、銃声が響き、直後にもう一発銃声が響いた。


 普段なら聞き取れるが、久しぶりに、戦闘用ヘルメットを被っていて、勘が鈍っていた。

 最初がライフルで、次が拳銃の音なので、オーナーが不意の銃撃に反撃したのだろう。


 私は援護をするべく、自分の銃を抜こうと手をかけようとしたその時、こちらに向けた殺気を感じ、そちらに向いた瞬間、銃声を聞いた。

 相手はライフルなので銃弾の速度は速い、こちらが抜いて反撃する間はない。


 見晴らし台なのが仇となって、隠れる場所もない。

 防弾チョッキは着ているが、近距離からのライフルでは、貫通してしまう危険がある。

 何かで勢いを削がないと、考えると同時に、利き腕と逆の腕をかざして防御した。


 ……腕を貫く熱さと共に胸に、衝撃を受け、私の意識は途切れた。

 病室から出ると、泣き腫らした燈梨と、心配そうなオーナーと沙織に、出迎えられた。


 私の狙い通り、防弾チョッキの貫通は防いで、衝撃で肋骨にヒビを入れてしまった。

 折れてないだけマシだろうが、私の頭の中では、相手に対する恐怖よりも、お店の心配の方が大きかった。


 私も、オーナーと同じで、すっかり普通の暮らしを望んでいるのだ……と、改めて実感した。


 オーナーから、沙織の面倒を見るよう言われて、私は


 「沙織、あんた。今日中にマンション引き払いなさい」

 「待って! あんた、ガラス切ったでしょ。修理してからでないと」

 「後で、修理費請求してもらえばいいだけでしょ……それか」


 と私は、携帯を出して、裏世界にいた頃、この手の後処理を任せていた人間に電話をした。

 そして


 「分かった。手続きは明日以降でいいけど、引っ越しは今日中!」


 と厳しく言い放った。沙織は


 「準備があるんだけど……」

 

 と、言うので


 「分かってる? 狙われたのはあんたと私なの。正確には、あんたの狙撃に失敗して、狙撃に気付いた私に、反撃されそうになって私も始末しようとしたの。だから、悠長にしてられないの!」


 と、言い放ち、私と燈梨は、オーナーの家に戻り、沙織とオーナーをウイークリーマンションに向かわせた。


 次に沙織が狙われたら、今の私では、フォローできないからだ。

 左腕を撃たれたため、私が沙織の乗ってきたレンタカーで家に向かった。

 道中、燈梨が言った


 「痛む?」

 「そりゃあ、痛くないと言ったら嘘。でも、この程度は、かすり傷系。戦場では、この程度だったら、自分で弾丸抜いて、包帯巻いて、次の日にはマシンガン撃ってた系」


 と、強がってみせた。事実ではあるが、それは昔の話だ。

 今の私には、この痛みは無縁のものだ。


 「ゴメンなさい! 私のせいで……私が、勝手に飛び出して、誘拐されたせいで……」

 「燈梨のせいじゃない。狙われたのは沙織。遅かれ早かれ、沙織は、何かしらアクションを起こすつもりだっただろうから、その時に同じ目に遭ってた」

 「でも……」


 と、燈梨が、申し訳なさそうに言うので


 「いつまで、そんなネックレスつけてる系?」


 と言うと、燈梨は自分の首元を見て真っ赤になった。

 沙織に、噛まされていた猿轡が、首元に下がったままになっていたのだ。

 ……恐らく猿轡を外した時に、口から外して、下に下げただけだったのだろう。

 声は出せるので、用は足りるが、そっち系の道具のような猿轡を、首からぶら下げて歩いているのはちょっと恥ずかしい。


 燈梨は、怒ったような表情で


 「私を、えっちな格好に縛って、こんなもの咥えさせたんだよ! あの人に、そっちの趣味があったらどうしようっ……て、途中から怖くなったんだから」

 「……でも、助けに来たのが、舞韻さんで良かった。……コンさんにあんな格好見られたら……私」


 と、恥ずかしそうに言うので


 「案外、オーナーも、そういうの趣味かも」


 と、茶化してみた。


 「絶対嘘! ……でも、本当に趣味だったら……」


 と言うと、また下を向いて黙り込んでしまった。

 オーナーの家に戻ると、私達はリビングで2人を待つことにした。


◇◆◇◆◇


 俺が、沙織とマンションの部屋に入ると、部屋中の至る所をチェックして回った。

 舞韻を病院に運んでいる間に、狙撃犯が、この部屋にやって来て、何かを仕掛けてきてもおかしくはないからだ。

 何もないことが、確認できたところで、沙織は荷物をまとめ始めた。


 身辺整理をしてきたというだけあって、沙織の荷物は、旅行用のトランク1つにまとまる程度だった。

 家具や家電付きのマンションだったため、引っ越しはシンプルに済み、俺達は、荷物をマーチに積み込むと、舞韻の狙撃現場へと向かった。


 シルビアを置いてきたこともあったが、状況を確認したかったからだ。

 道中、沙織が


 「申し訳ありません! 私のせいで、舞韻は撃たれるし、燈梨って娘には、怖い思いをさせて……」


 と、言うので


 「お前がやったことに対しては、怒りの気持ちがないわけでもないが、結果に対しては気に病むな。……お前が騒ぎを大きくしなければ、お前が、ひっそり殺されていただろうし、お前が攫わなければ、燈梨も家を飛び出したまま、最悪の結果になっていただろう。結果的にはお前の行動で、最悪の結果が回避できたんだ」


 とフォローした。

 言っていて気付いたが、これは本当の事だ。


 結果的に沙織の軽率な行動が、2つの最悪を回避する結果となったのだ。

 特に、燈梨とのすれ違いを正すことができたことは、俺の中で大きな意味を持っているので、その意味では良かったのだ。


 見晴らし台の外れにある、古びた塔の最上階に、俺たちは足を運んだ。

 元々、この地は、この見晴らし台と、朝の廃旅館のある辺りを含めた景勝地であり、観光スポットとして栄えたのだったが、バイパス道路の開通と、10キロほど先にできたテーマパークや、アウトレットモールに押されて、すっかり廃れ、人の寄り付かなくなってしまった場所だと聞いている。


 この塔は、展望台跡で、解体されず放置されていた。


 銃弾の飛距離と、舞韻から聞いた状況的に、狙撃者はここにいた可能性が高い。

 床を見ると、足跡は消されていたが、他のフロアに比べて、明らかに埃を被っておらず、最近、人の出入りがあったことを如実に物語っている。


 「最近、人の出入りした痕跡がありますね」


 と、沙織に改めて言われ、ここぞ、と思う地点を調べてみると、古びたコンクリートの手摺に擦れた跡がある。

 ここから砲身を出して狙っていたのだろう。

 ……薬莢は落ちていなかった。

 ……恐らく回収し、痕跡も消していったのだろう。プロの仕業だ。

 下に降りて、建物の周囲も調べてみたが、物証は見つからなかった。


 次にシルビアの鍵を開けて、室内を丹念に調べた。

 トランクのフロアや、エンジンルームも見てみたが、何かを仕掛けたり、誰かが侵入した形跡もなかった。

 なので、俺はシルビアに、沙織はマーチに乗って家まで戻った。


 家に戻ると、俺と沙織は舞韻に招かれ1階の店にいた。

 そこで、舞韻は、機械で俺と沙織の全身と、沙織の荷物をチェックした。


 「どうした?」

 「盗聴器が、仕掛けられていないか調べたんです。始末屋から連絡があって、沙織の部屋の修理に入った時、部屋のドアに、ピッキングされた跡があったと報告があったので」


 と言うと、沙織の携帯を取り上げて調べ


 「盗聴アプリも入ってない系だし……レンタカーも、念のため調べたんですけど、そっちにもない系なので」


 と言われ、俺も気になっていたことと繋がった。

 狙撃者は何故、沙織が、あの場所に行くことを知っていたのか? という事だ。


 もちろん、沙織をつけていた、という事も考えられるのだが、プロである沙織と、舞韻がいるのに気付かれない、という事は普通に考えてあり得ない。


 更に、見晴らし台の狙撃地点に、舞韻より先に潜んでいた、という事は、先もって人質との取引現場を知っていたことになる。


 俺は、沙織を連れて、改めてマンションの部屋にやって来た。

 舞韻から借りた機械を使って、部屋を捜索すると、計4つの盗聴器が仕掛けられていた。

 恐らく、2つが簡易的なものだったことから、2つが本命で、もう2つはサブ兼ダミーと思われる。


 部屋の異変に気付いた、沙織に捜索されたとしても、サブを見つけてしまえば、これで撤去したと安心して、それ以上捜索されないという読みのもとで仕掛けたのだろう。


 これで、あの現場に、先に行けた謎は解けた。

 取り敢えず、4つとも電波をシャットアウトするボックスに入れて、無効化させると、ある場所に寄り、更にその後、沙織にレンタカーを返却させ、家に戻った。




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