第35話 ニアミスと狙撃

 燈梨は、自分で口に噛まされていた猿轡を外し、何か言おうとしたが、その前に俺が言った。


 「なんで、あんな時間に黙って家を出て行ったのか、聞かせて欲しい」

 「ゴメンなさい……」


 そして、理由を語り出した。

 燈梨は、俺に出会う前の自分がしてきたことを思い出して、嫌悪感に襲われ、昨日は、とても不安だったそうだ。

 しかし、そう思った時、俺が、自分を住まわせてくれる理由って、何なんだろうと思ったら、今の自分に、その理由がないことが不安になった。

 他の誰かが、その代わりになったら……と思うと、もっと不安だった。そして、昨夜の出来事を見たら……自分は、家に帰ってはいけないと思ったそうだ。

 今までは、少なくとも、自分がいられることに対する、明確な対価があったけど、俺との暮らしにはそれもない事が不安を加速させたという。


そして、燈梨は、俺を見てハッキリと言った。


「コンさんは、どう思っているかは分からないけど、私って、年頃の女の子なんだよね」


 今まで、それを利用して、家に帰らずに生きていくためにあちこちの男の家に泊めてもらってきた。

 そういう関係になって、求められて、その間は居場所があって……そして、自分が自分でいられるみたいな感じがしたという。

 そして、それが負担になると追い出される……その繰り返しだったそうだ。

 正直、そういうことするの、最初は嫌だったそうだが、慣れてくると、それがあることで自分が生きてる実感が湧いたそうだ。


 と、淡々と語った。

 なんか感情のこもらない、見てきたような話し方だ。


 とにかく、なんで俺は、自分を住まわせてくれるのか、そして、俺は自分のことを、どのように見ているのか、を知りたいという。

 これが分からないから、また、今までの奴みたいに、いつか捨てられてしまうのではないか、俺に捨てられずにいられるには、どうしたらいいんだろう……と、思ったら、どうしたら良いのか、分からなくなってしまったというのだ。


 俺は、幾つもある疑問を整理するべく、少し間をおいてから、沙織を置いて、2人で外に出た。

 俺は、燈梨をシルビアの運転席に座らせると、俺は助手席に座って言った。


 「俺は、この車に、かれこれ17年乗っている」

 「知ってる」

 「まぁ、聞けって。買った頃、Q’sは、ターボエンジンに換えられ、派手な色に塗り直されて、ドリフト遊びに使い捨てられる程度の価値しかなかった。それを5万で買って、自分なりに手を入れ、直したりして乗っている俺を、世間の人は『こんなゴミに金かけるなんてバカだな』って、笑ってた」


 続けて


 「でも、俺は楽しかったし、嬉しかった。ダッシュ力がなかろうが、派手でなかろうが、この車があるだけで俺の生活は潤っていたから。気付いたら17年も経っていた。今の生活だと、車なんて、こいつでなくても、用は足りるよ。荷物も一番積めず、車高のせいで、通れない場所もあるこの車を、持っておく理由なんて世間の人からしたら無いよ」


 と言うと、燈梨は黙って頷いた。

 それを見ると、俺は続けて


 「それでも、俺はこの車なしの生活は考えられない。正直、この車は何もしてくれていないと思う。税金は高いし、無遠慮にあちこち壊れるけど、俺にとっては、この車があることだけで、充分色々なものを貰ってるんだ。比較が悪いかもしれないが、燈梨との生活も同じだ」


 と言うと、燈梨が言葉を遮って


 「えっ!?」


 と言って、すぐに


 「ご…ゴメン、続けて」


 と、言ったので


 「燈梨は、何もできていないと思ってるかもしれないが、俺にとっては、燈梨が家にいると、帰ってから話せる相手もいる。休みの日も、ただ寝てるだけじゃなくなる。

 ……それだけで充分以上にもらっている。

 俺の生活は、燈梨がいることで充実しているんだ。

 今までの奴らがヤることだけにしか価値を見出していないのとは俺は違う!

 他の連中がどうであれ、俺はそういう人間だ。

 だからお前には手を出さないし、出そうとも思わない。分かるか?」


 と、訊くと、燈梨は考え込んでから、こくんと頷いた。


 「誤解を与えてしまったことは謝る。ただ、あの人は、お節介おばちゃんだ。家庭もあるから、何の関係もない。それは分かって欲しい。……で、前にも言ったと思うが、俺は見返りが欲しくてお前を置いてる訳じゃない。お前の事を放っておけないから置いてるんだ。第一、あのまま家を出て行く当てがあったのか?」


 と、言ったところ、燈梨は下を向いて首を横に振った。

 俺は、優しいトーンの声で


 「でも、まだ実家には帰りたくないんだろ?」


 と、訊くと、燈梨は首を縦に振った。

 俺は、燈梨の腕をぐいっと引っ張って俺と向かい合わせに座らせると、その両肩に手をかけて


 「俺も、燈梨がいてくれるだけで物凄く助かっている。

 安心できるし、1人じゃない……とも思える。

 それに、今は、前と違って、生きてても空虚じゃなくて、楽しいんだ。

 ……だから、実家に帰りたくなるまででいいから、一緒にいてくれないか?

 それが頼めるのは、燈梨だけなんだよ。

 ……それに、2日目の夜にも言っただろ。“口封じ”だって」


 と言うと、燈梨が、俺の胸に飛び込んできて


 「そうだったね。私がいてあげないとコンさん、困っちゃうもんね。それに口封じされてることもすっかり忘れちゃってた……」


 と、半べその顔ながら笑顔を浮かべて言った。


 俺たちは、シルビアから降りると、再び旅館の中へと移動した。

 ふと、燈梨が俺の手を握ってきた。

 その際、袖口からくっきりと、赤い跡が見えたので


 「大丈夫だったのか? 何かされたりしなかったか?」


 と声を掛けると

 

 「私、下着姿で縛られて物凄く怖かった! この人が、えっちな姿勢に、きつく縛るから手足が痺れて身動き取れなかったし……」


 と、自分がさせられた格好を、真似て言った。

 確かに、燈梨の口に噛まされた猿轡も、そっち系のグッズに見える。

 もしかしたら、燈梨は沙織に何か酷いことをされていたのかもしれない。

 ……俺は、厳しい表情で沙織に向き直り


 「お前! 燈梨に、手荒な真似はしてないって、言ったよな!」


 と、きついトーンで言うと、沙織はビクッとして


 「確かに、服は脱がせました。彼女を預かっている証拠として、制服が欲しかったので、上着だけのつもりが、はずみで全部脱がせましたが、手を上げたりはしてません! 本当です」


 と言うと、直後に燈梨が


 「……でも、何度も胸を揉まれたり、掴まれたりして『妙な真似したら握り潰す』って脅された。素肌に拳銃突きつけられて、本当に今回は殺される! って思ったの。それに縛られた状態で、気絶するまでくすぐられた」


 と、ボソッと言うと、沙織が


 「でも、あんた達、あたしに、同じこと仕返ししたでしょ! 服脱がせて、同じ格好に縛って、胸揉んで、足や脇腹くすぐって何回も気絶させて……」


 と言いかかって、ハッと気づいて慌てて下を向いた。

 感情任せに、NGワードを口にしたことに気付いた様子だ。


 「舞韻だな!」


 俺が言うと、沙織は黙って頷いた。

 舞韻は、燈梨の監禁場所を特定して、制圧したのだが、恐らく、この2人には解決しなければならない問題があったので、それを優先させたのだろう。


 舞韻も色々と慮っておもんばかっての行動なので、敢えて気付かなかったふりをしておこうと思った。


 ……ので、俺は2人に


 「舞韻には、このことを言わないようにな。……俺は、今回の事を舞韻が解決させたことを知らない……いいね?」


 2人は頷き、燈梨は


 「コンさん、舞韻さんと同じこと言うんだね」


 と言った。

 舞韻も俺も、互いに似た者同士、ということだろう。同じように慮っている。


◇◆◇◆◇


 燈梨を連れて、沙織と共に旅館を出た。

 沙織は、配電盤を操作して、電気を止め、裏口の鍵を閉めたため


 「ここの鍵とか、どうやって手に入れたんだ? どう見ても、不法侵入じゃないだろう」

 「ここの管理は今、実家の会社でやっているので、兄貴に借りました」


 と、しれっと言うので


 「お前、実家から勘当されてるんじゃなかったのか?」

 「親とは、今でも絶縁状態です。ただ、兄貴は、あたしを心配してしょっちゅう連絡してきます。今、実家の事業は兄貴が継いだので……」


 以前、舞韻から聞いたところによると、沙織がこの世界に入ったきっかけは、小さい頃から、ミリタリーマニアだった兄貴について、サバゲーを見たりしているうちに感化されて傭兵を目指した……というところだった。


 俺たちは、駐車場で車に乗り込むべく、それぞれに車に分かれた。

 俺は、シルビアの助手席ドアを開けて、燈梨を乗せ、ドアを閉めると、運転席側へと回り込んだ、同時に、沙織もソリオの運転席に回り込んだ。


 その刹那、俺の耳が反応し、俺は本能的に、沙織に向かってタックルを喰らわし、地面へと押さえつけた。

 瞬間、銃声が響き、ソリオのドアサッシに火花が散った。


 ……俺は、ドアを開けようと動く燈梨の動きを察し、


 「燈梨! 伏せろ!! ドアを開けるな!!」


 と、叫ぶと、本能的に銃を抜き、ソリオの陰に隠れて、弾丸の飛んできた方向に目を凝らした。

 ……次の瞬間、キラッと光るものを見極めた俺は、44マグナムを両手で構えて、その方向に打ち込んだ。


 俺の体を吹き飛ばすほどの衝撃が走り、次の瞬間、“キンッ”と、何かが弾ける音がすると共に光が消えた。……と、その瞬間、銃声が響いた。


 俺は、シルビアを走らせる。……次の瞬間、バックミラーにソリオが走り出す姿が映った。

 見晴らし台の駐車場に到着した俺は、駐車場に止まっていたマーチの陰に、倒れている人影に駆け寄った。


 倒れている舞韻は、ピクリとも動かなかった。

 戦闘用の、防弾ヘルメットを被っていたため頭が狙えず、心臓を狙ったのだろう。

 防御した彼女の左腕を貫通した弾丸は、左胸に当たっていた。


 「おい!! 舞韻! しっかりしろ!!」


 と、彼女を抱きかかえて言うが、舞韻の反応はない。

 彼女を調べていくと、防弾チョッキに、弾丸がめり込んだ痕がある。

 背後から沙織が


 「例の病院に連れて行きましょう」


 と言うと、舞韻を両手で抱えて、マーチの後席に乗せ、俺がマーチを、沙織が燈梨を乗せ、ソリオを運転して病院へと向かった。


◇◆◇◆◇


 手術室の前で、俺達3人は待っていた。

 燈梨は嗚咽を漏らし、沙織は、燈梨の傍に付き添っていた。

 30分ほど待った時、手術が終了した。


 結論は、舞韻が、咄嗟に出して防御した左腕と、防弾チョッキが、功を奏して弾丸は勢いを削がれて、貫通を免れたのだが、ライフルの弾丸をもろに喰らった今回の場合、勢いを完全に止めることはできず、舞韻の肋骨には、ヒビが入ってしまったそうだ。


 治療室に移った舞韻が、治療を終えて戻ってくるまでの間、沙織が、待合室でボソッと


 「流石フォックス。遠方からのライフル射撃に、瞬時に44マグナムで応戦し、しかも相手に1発お見舞いしてしまうとは……」


 と、感想を口にした。

 俺自身の動きではなく、全て無意識の動きなのだが、やはり、こういうことになると俺は、引退はしても、この世界の人間であったことを、まざまざと感じさせる。


 振り返ると、燈梨がそんな俺の背中をじっと見ていた。




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