第33話 花嶋舞韻の急襲
私は、オーナーと沙織の電話が終わってから、色々と調べて、遂に沙織の居所を掴んだ。
燈梨の制服を家に置いた際、防犯カメラの死角を突いた場所に置いていったのだが、逆にそこが死角になっている理由は、影が大きく映るため誰かがいる事が分かるからなのだ。
そこに影が映り込んだ時刻から、沙織が燈梨の声を聞かせた電話の時刻を逆算した先にある地域の、沙織が借りたり、泊まれそうな施設を割り出した。
それと、情報も収集し、沙織が偽名でウイークリーマンションを借りていることも掴んで、その2つを照合した結果、条件に該当するものが1ヶ所あったのだ。
私の知る沙織の行動パターンから見て、彼女はもう寝ている。
彼女は、大事な作戦の前日にも、しっかり睡眠をとる人間なのだ。
もしかしたら、人質が逃げ出すかもしれないから、寝ずに見張っているなどという行動は取らない。
私が出したコーヒーに入れた睡眠薬で、寝てしまったオーナーを起こさないように準備を整えた。
私が解決させなければ……と、思ったのだ。
燈梨が、私の妹のような存在であるからだけではない。
オーナーは、燈梨が来てから、すっかり人が変わってしまった。
元々、荒っぽい人ではなかったが、すっかり暴力性が影をひそめてしまっているのだ。
正直、そちらの方の勘が戻っているのかが不安なのだ。
それはオーナー本人も感じているようで、今のオーナーの対応は、フォックスではなく、娘を誘拐された一般人の親のようなものになっている。
驚いたのは、私に、家と店の権利書と、委任状を渡して
「なにかあったら、ここは舞韻に譲るから……燈梨の事だけは頼む!」
などと、弱気なことを言い出したのだ。
……このままオーナーを1人で行かせたら、相手が沙織で、何が狙いかは分からないが、最悪の事も考えられる。
2人を闘わせたら、フォックスの圧勝だろうが、オーナーは、沙織相手に、そこまでの事はしないと思う。
しかし、万一、沙織が、燈梨を素直に解放しなかったりしたとしたら、もしかしたら、オーナーは沙織と刺し違えて……などという事を考えてるのかもしれない。
そうすれば、権利書の件も納得がいくのだ。以前のオーナーならば、絶対にそんなことはしない。
何かがおかしいし、絶対に阻止しなければならない。
マーチを借りて、マンションへと向かい、非常階段の鍵をピッキングで開けると屋上で装備を整えた。
そして、彼女の借りている7階の部屋のベランダに降り立った。
窓からリビングを細心の注意で覗くと、誰もいなかった。
次に、隣の窓から寝室をカーテンの隙間から覗いてみると、ベッドの上に下着姿で仰向けに縛り付けられている燈梨の姿を捉えた。
やはりここだ!
私は、燈梨の無事に、心底安堵すると同時に、スコープをエアコンの配管から侵入させて、カーテンに遮られている部屋の中を覗いてみる。
ベッドの横に置かれた椅子に座っている、沙織の姿も捉えた。
2人とも寝ているようだ。
私は、ガラスカッターで、リビングの窓を、私の手の入る大きさだけカットすると、鍵を開けて音がしないように窓を開けて、一気に寝室の入り口に飛び込んだ。
そこに沙織の姿はなく、燈梨が目を覚まして、涙目で首を横に振っていた。
その姿に違和感を覚えた。
燈梨の口には、白いガムテープが貼られていたのだ。
さっき、窓から見た時には、そんなものは貼られていなかったので、沙織がその間に貼ったものだろう。
……つまり、沙織は、既に目を覚ましていたということ、そして、燈梨に喋られては都合の悪いことが存在するということだ。
沙織なら目を覚まさないから、簡単に制圧できると思っていた判断は甘かったようだ。
燈梨が、首を振っている、ということを読み解くと、寝室に入ってくるな! と、いうことだろう。
恐らく、沙織が、どこかに隠れて待ち伏せしているということだ。
ベッドの陰か、入り口の死角か、クローゼットの中だが……
私が、スコープで確認してから、飛び込むまで30秒程度しかかかっておらず、その間に、燈梨の口にガムテープを貼って、クローゼットの戸を開け、中に隠れ、元通り閉めるのは不可能なので、残りは2ヶ所だ。
そして、燈梨の様子から判断するに、自分の意志で首を振っている。
とすれば、その様子が丸見えな、ベッドの陰というのも考えられない。
もし、そこに隠れていれば、燈梨を脅して、身動き取らせないはずだからだ。
私は、入口の死角からは、見えない位置に移動すると、燈梨にジェスチャーで入口の陰を指し示した。
すると、燈梨は、真っ直ぐな表情で、コクリと首を縦に振った。
なので、敢えて
「沙織……いいえ、キャット。隠れてないで出てきなさいよ! 人質取って隠れないと、私と闘えない系?」
と、わざと気付いてない体で、クローゼットの方を向いて呼びかけながら、2、3歩進んでみせた。
……案の定、背後から沙織が飛び掛かってきたので、銃を構えている腕を振り払い、一本背負いで寝室のドアの梁に投げつけた。
沙織は、呻き声を上げながらも、体が動かない状態だったので、用意してきた結束バンドで後ろ手に縛り上げると、部屋の電気をつけた。
燈梨は、可愛らしいピンクの下着姿で、寝かされていた。
頭の後ろに手を回され、二の腕と、手首同士をピッタリと合わせて縛られ、ベッドの柵に結び付けられていた。
足は、両足首を縛られて、そこから同じく、ベッドの底面に結び付けられていた。
枕元には、革製の猿轡が落ちていた。
恐らく、最初は、これで口を塞いでいたが、私の急襲時に、時間がなくてガムテープを貼ったのだろう。
……それにしても、この縛り方、沙織の趣味を疑う。
これじゃ、まるでSMじゃないか。
猿轡だって、それ用のものに見えるし。
人質をベッドに縛り付けるにしても、色々方法はあるだろう……と、考えているうちに、私は自分が情けなくなり、燈梨の救出に回った。
まず、私は、燈梨の口のガムテープを剥がし、手の縄を解いた。
そして、足の縄も解くと、燈梨は立ち上がって
「舞韻さん。……さよなら! 私、もうあの家には、いられない!」
と言って、下着姿で、部屋の外へと駆けだした。
私は、腕を捕まえて、部屋へと引き戻すと、燈梨の頬を思いっきり一発叩いて言った。
「なんで家に帰れないの! 黙っていなくなったりしたら、オーナーも私も心配するでしょ!」
燈梨は、わなわなと震えながら
「私が、あの家にいて良い理由って何? なんで、コンさんが私をあそこに置いてくれるのか分からない。私を、女としても見てくれていないし、私じゃない誰かが、彼女ができたら、私の存在理由が無くなっちゃうじゃん! ……だから不安になって」
と、絞り出すように言うと、私の胸にすがりついて顔を伏せた。
私は、チラッと後ろを見ると、沙織も何か言いたげな、それでいて懐かしい表情で燈梨を見つめるが、咳込んでいて話せないため
「前にも言ったと思うけど、オーナーはそういう人。見返りだとか、存在理由だとかそんなことは思ってない! ただ、燈梨が明るく笑って暮らせるようになって欲しいと思ってる。オーナーはそれを放ったらかしにして彼女作ったりしないし、同居人と体の関係が同居の理由……ってなりたくないの。下心でなく本心で立ち直って欲しいから」
と言ったが、燈梨が懐疑的な表情を崩さないため
「今回も、オーナーは、沙織の要求に応じて一人で行くつもりだったの。私には、時間や場所すら教えてくれなかったし、店と家を私に託して命を懸けてあなたを助けに行こうとしていたの。……その人があなたを追い出すと思う?」
と言ったところで、後ろでゴホゴホと咳込んでいた沙織が
「飛び出して行って、初めて分かるのよ。自分がどれだけ愚かなことをしたかってことに。あたしと同じ失敗したくなかったら、フォックスに可能な限り頼りなさい」
と、沙織にしては珍しくまともなことを言った。
私は、燈梨に
「分かった? みんなあなたのために真剣なの。私だって、どうでもいい人間だったら叩いたりしない。……だって、恨まれたくないし」
燈梨は、私の胸に力強くつかまって
「ゴメンなさい……本当に怖かったんだよ……本当に殺されるって思って、家を飛び出したことを、本当に後悔した……きっとバチが当たったんだって思って」
と嗚咽交じりに言った。
私は、燈梨の肩を抱いてポンポンと叩きながら、沙織の方を振り返り、
「だ……そうよ。あんた、一体この娘に何をした系?」
沙織は、ビクッとして後ずさりながら
「な……何もしてないわよ! そりゃあ……服は脱がせたけど……」
と、視線を逸らしながら吐き捨てた。
……直後、私にすがりついて泣きじゃくっていた燈梨が、ボソッと
「怖かったから眠ったふりしてたら胸揉まれた。……その後、何度も胸を掴まれて『妙な真似したら握り潰す』って脅かされたの。服を脱がされて、素肌に拳銃を突きつけられて本当に怖かった。あと、口にガムテ貼られて、気絶するまで足くすぐられた……」
と、沙織にされたことを話した。
それを聞いた私は、やはり沙織の趣味を疑った。
拳銃のくだり以外は、脅しや拷問というより、女子高生の悪ふざけの延長線上ではないか、だから沙織はプロ失格なんだなぁ……と思いながらも、キッとして沙織の方を向くと
「……あんたねえ! ……覚悟はできてる系?」
と言って、すがりついていた燈梨を一人で座らせ、沙織に向かっていくと
「殺すんだったら、ここで殺せばいいじゃない!」
と開き直ったため、私は、哀れなものを見下す表情に切り替え
「そぉ……胸ねえ。……そういえば、あんた貧乳だったもんね。羨ましかったんだぁ」
と、沙織を露骨に挑発してみせた。
そして、目を伏せて座っている燈梨に向かって
「今からこいつを脱がせて、燈梨がされたのと、同じ格好に縛っちゃお! 沙織さんは胸が大きくなりたいそうだから、2人で朝まで揉んであげれば2カップくらい大きくなるかも」
と、悪戯っぽく笑いながら、言ってみせた。
燈梨は、それまでの表情から一転、満面の笑みで
「うん!」
と、言った。
私達2人の影が迫った沙織の顔は、今までにないほど、恐怖に満ちたそれになっていた。
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