第32話 猫と反省
私の意識が戻った時、壁の時計は10分の時間の経過を教えてくれた。
ベッドの横には、沙織という女が座って、心配そうな顔で私を見ていた。
そして口を開くと
「ゴメンなさい。あたし、すぐ頭に血が昇るタイプで、そうなるとコントロールが効かなくなっちゃうの。……だから舞韻からもプロ失格だって言われちゃうわよね」
沙織は、思い直したようにニコッとして
「ここからしばらくは、あたしの一方的なおしゃべりに付き合ってもらうね」
と言われ、気付いたのだが、私の口には、さっきのガムテープが、そのまま貼りついており、喋ることができない。
「昔、フォックスを狙ったのは、勿論、プロとしての力を示したい、あたしの欲望もあるけど、ある組織からの依頼でもあったの。理由は知らないけど、フォックスを消したがっていたし、報酬も高かったから受けたんだけど、あたしはあっさり捕まっちゃって失敗に終わっちゃった」
沙織は、水を口にした後、続けて話したところによると
爪も剥がれ、髪も丸坊主にされて、逃げられなくなった沙織は、言いなりに弟子になるしか道はなかったそうだ。
このまま放り出されても、依頼に失敗した沙織は、依頼者から消されるだけだったからだ。
だから、フォックスという強大な
しかし、爪も治り、みっちりしごかれる毎日にも慣れてきた半年目に、依頼主に沙織が、コンさんのもとにいる事が発覚したそうだ。
表向き沙織は、コンさんの抹殺に失敗し、返り討ちに遭って死んだと、思われてたので、コンさんを殺す計画は頓挫していたが、ならば拠点を襲って、沙織共々、亡き者にしてやろう、と計画しているという情報を耳にしたそうだ。
だから、沙織は、その日のうちに、コンさんの元から姿を消すことにしたそうだ。沙織だけでもいなくなれば、その計画は白紙になると、考えての事だったと言う。
と、沙織は一気に語った。
私は、そこで気になることがあったので
「うううう~~……んんんんん~~……」
と、声を出しながら、顎をしゃくって、口に貼られたガムテープを剥がすよう促した。
女は「ゴメンね」と、言いながらガムテープを剥がしたため、私は
「でも、その組織に狙われてるなら、今、こんなことするのは、ヤバいんじゃない?」
と訊くと、沙織は語った。
組織は、直後に、コンさんによって壊滅させられたそうだ。
あの後、組織は全力で、コンさんを消しにかかったが、それが仇になったらしい。
コンさんは、組織壊滅に関してもプロだったので、最初に幹部同士をデマで同士討させ、消耗させたところに、残った幹部の首を取って行って、3日目には、首領を倒して一気に壊滅に追い込んだそうだ。
ただ、その状況でも、沙織は、コンさんの前に姿を現せなかったそうだ。
これ以上、沙織がいる事で、あの2人が危険を背負い込む事になるのは避けたかったという思いがあったそうだ。
舞韻さんが、引退するつもりでいたのを知っていたので、自分のような危険物と一緒にいる必要はないと思ったから、沙織は、南へと流れたそうだ。
私は、それを聞いて思わず
「だったら、なんで今?」
と、恐る恐る訊いてみた。
すると、沙織は遠くを見ながら語った。
コンさんが引退するって話を聞いたためだそうだ。
その前に、一度あの時のことを謝りたかった。……ただそれだけだったそうだ。
しかし、いざやって来てみたら、舞韻さんが、コンさんの周りにいたそうだ。
舞韻さんが、沙織のことを死ぬほど嫌っているのは分かっていたから、迂闊には近寄れなくって、今日も駅で、コンさんが、一人になるのを待っていたら、舞韻さんが現れて、身の危険を感じたそうだ。
……だから、手近にいた私を人質にして、コンさんを呼び出そうと思ったそうだ。
私は、それを知り、自身の安全の確信してホッとした。
最初に捕まった時は、犯人の顔も見てしまっているし、コンさんと敵対している勢力の仕業だと思って、身の安全を危惧したのだが、この話を聞く限りは、安心できる。
明日、何事もなく、コンさんと会うことができれば、私は解放される。
ただ、私はコンさんのいるあの家に帰ることはできないので、どうしたらいいのかということはあるのだが。
……すると、沙織が
「ゴメンね……服を脱がせるつもりもなかったの」
と、照れ笑いのような笑顔で言った。
「えっ!?」
「あなたを預かっていることは、ブレザーを脱がせたから、それを使えば充分だった。だけど、寸前に電話で舞韻にバカにされて、カッとしてつい……」
私は、恥ずかしさとも、怒りとも分からないものが、こみあげてくるのを感じた。
この女の、個人的感情のために、私は脱がされて、今もこの女に、下着姿を晒しているのだ。
それに、トイレに連れて行かれた時も、素肌に銃を突きつけられて、生きた心地がしなかったのだ。
なので、思わず
「なんで! なんで私が、こんな目に遭わされなくちゃいけないわけ? 脱がなくていいんだったら、脱がせなきゃよかったじゃん! さっき、下着姿で、銃突きつけられた時、ホントにもうダメだって思ったんだから……うーうーうー!」
と、後半は、悔しさで唸ってしまった。
沙織は、くしゃくしゃと、私の頭を撫でながら言った。
「ゴメン! 本当にゴメン! 全部あたしのせい。でも、いいじゃない。あたしと違って、脱いでも、そんな大きな胸してるんだし……コンプレックスないでしょ」
よく見ると、体つきに対して、女の胸は控えめなサイズであることに気付いた。
しかし、それを突っ込みすぎると、またキレられると思い、かと言って素直になる気も起きず、ちょっとドヤ顔で
「まぁね」
と言うと、沙織は無表情で
「じゃ、明日も早いからゆっくり休みなさい」
と、黒いハンカチを取り出して、私の顔に当てようとしてきた。
私が、駅で腕を掴まれた後、鼻と口に押し当てられたものだ。
……きっと麻酔薬が染み込ませてあるに違いない。
私は、顔を背けると、足をバタつかせて抵抗しながら叫んだ。
「待って! そんなもの使わなくても、自分で寝られるし!」
「寝たふりして、隙を見て逃げ出すかもしれないでしょ!」
「こんなにきつく縛られてて、どうやって逃げられるの? それに、解けたとしても、この格好で外になんて恥ずかしくて逃げられないし……」
実際、私の腕は、きつく縛られているため、痺れて感覚が薄れているのだ。
手に力なんて入らない。
その状態で、朝まで頑張ったとしても、ロープが緩むはずはない。
それに、下着姿で、外になんて逃げられないのも事実だ。
沙織は、私の手足のロープの状態を確認した後、
「まぁ、それもそうか。でも、絶対妙な真似しないでよ! 明日の朝までの辛抱なんだから」
と、怖い表情で言った。
「分かってるし」
と、私は答えて、目を瞑って眠りについた。
抵抗するだけ無駄なので、ここは素直に眠っておいた方が面倒はない。
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