第19話 JKと買い物に行くことに抵抗は感じないのだが、強がりを言わなければならない自分には罪悪感を感じる件

今日は休日。朝はゆっくり寝ていられる。


 ……とは言え、燈梨が来てからはそうもいかない。彼女の生活リズムに合わせて起きている。


 燈梨は「お休みの日くらいゆっくり寝てれば?」と、言うのだが、プロの世界に生きている俺は、人の気配で目が覚めてしまうので寝られないのだ。

 ……困った職業病ではある。


 燈梨が洗濯している間、俺は物干ししやすいようベランダの掃除をしてから新聞に目を通し、携帯に目を通していた。


 ……非常に人から言われることなのだが、俺は携帯のメッセージアプリに目を通さなさすぎるらしい。


 俺はパソコン通信からインターネットへと移行したころの人間で、その辺の頃は最新のツールであるメールを使いこなして、新世代の裏稼業人として名を馳せたものだ。

 その後も、携帯メール、SNSのダイレクトメッセージくらいまでは使っていたのだが、このメッセージアプリはどうにも使いこなせていない。


 しかも、相手が見たか否かまで『既読』で分かってしまうのが余計なお節介で、会社の同僚からも「藤井さん、メッセージスルーし過ぎると、ハブりますからねー」等と言われてしまった。


 ……こうも先端ツールに置いて行かれるようになると如実に自分が『おじさん』なんだな……と、実感させられてしまう。


 出会ってから2日間、燈梨に散々おじさん呼ばわりされて嫌な気分になったものだが、なんて事はない事実なのだ。


 暫く携帯に目を通していると、燈梨がやって来て


 「コンさん。悪いんだけど、食材とか色々ないから……」


 と、言うので準備をして買い出しに一緒に出掛けることとした。


 家の近所にスーパーがあまり無いこともあってか、週末にまとめ買いをすることが多くなっている。


 元より燈梨は1人で買い物に行くことが出来ないので、尚の事、その傾向が強くなっている。


 適当に着替えると、ガレージからシルビアを出して、燈梨を待っていた。


 サファリは、普段の買い物に行くには大きすぎて取り回しづらく、マーチはラゲッジが小さすぎるので今回はこいつが適当だったのだ。


◇◇◇◇◇


 大型スーパーの食品フロアで、俺と燈梨は、食材の買い出しをしていた。

 主に俺はカゴ持ちで、ほとんどは燈梨が選んでいたのだが……。


 燈梨は、主に何を作るかの骨子は決めていて、それに沿いつつも、特売の入っているものを組み合わせてメニューを改変していくタイプなので、所々で


 「コンさん、何か食べたいものある?」


 とは、聞いてくるのだが、大半は俺が


 「……特にはないかな……」


 と、返答してくるのが前提での質問になっている。


 下手に具体的に答えた時など

 

 「えー!……だったら最初に言ってよぉ……何曜日のメニューと取り換えるか考えなきゃいけないじゃん!」


 等と言われて、面倒なことになったので、何か食べたいものがある時には、買い物前に言うようにしている。


 食材関係は終わり、そのまま日用品の買い出しを行っていた俺は、さっきから気になっていた事がある。


 周囲の買い物客の一部が俺に向ける奇異な目線である。


 ……なにか俺に後ろ暗いことでもあるかのような目線で見られるのは愉快ではないので、逆に目線を向けて消えてもらっているが、今日は妙に多い気がするので、燈梨に


 「なーんか妙な視線で見られてる気がするんだが、俺、何かおかしなことあるか?」


 と、言うと、燈梨はへへへ……といったような笑いを浮かべて


 「恐らく、コンさんがJK連れて買い物に来てるから“パパ”だと思われてるんだよ」


 と、ボソッと言った。


 ……俺はそれを聞いて恥ずかしさを覚えると共に、誰にともなくちょっとムカッとした。

 そして


 「まったく、失礼な。大体俺はJKより……」


 と、言い終わるより前に燈梨に


 「JMの方が好きなんでしょ。……でも、他人はコンさんの趣味なんて知らないし、客観的にそう見えちゃうんだよ」


 と、言われて周囲を見てみる……と、確かに女子高生は周囲どころかこのフロアの中でも燈梨だけかもしれない。


 そして、それに輪をかけているのが燈梨の服装だ。『私は女子高生です』と主張せんばかりの制服姿。

 休日のスーパーの食品フロアでは一際、浮いているのだ。


 ……なるほど、この状況と、更には燈梨の制服は北海道のもので、この辺では見かけないため、またそれが一層目を惹くのだ。


 現に、燈梨の事をチラチラと見ている高校生風の女子ともすれ違っているのだ。


 食品と日用品の買い物を終えると、荷物を店舗の冷蔵ロッカーに入れてから燈梨と別のフロアへとやって来た。


 「コンさん、何か買うの? 」


 燈梨が訊く。


 ここは、専門店街の衣料品フロアで、服に関してはありとあらゆるジャンルの店舗が集まっている。


 ……俺は


 「燈梨。外出用の服を買おう。……ついでに家着も」


 と言うと、燈梨の顔色が変わり


 「いいよ! いらない、いらない!! 」


 と言うので、俺は


 「毎週買い物に来るたびに、俺が世間から冷たい目で見られるのは嫌なんだよ!」


 と言うと、燈梨は困った表情をあらわにして言った。


 「でも……買ってもらう理由なんてないよ。私、そこまでの事をしてないし……」


 ……俺は、そこら辺の価値観がよく分からないのだ。

 別にねだっているわけでなく、俺が買ってやると言っているのだ。

 妙な遠慮などせず素直に買って貰って何が問題なのだろう?


 それに、この流れで、何故そこまでの事をしていないからその資格がないという風に受け取るのだろうか?


 全く理解に苦しむし、そんな理由で拒否されるのも不愉快だ。

 なので、俺は小声で


 「俺は、何かの対価で買ってやるというつもりはない。捕虜は、人道的に扱わなければいけないという観点で義務として買うんだ。それに、毎日ブラウス一丁で寝られて、パンツ見せられるのも、ちょっと困るしな……」


 と、ちょっと恥ずかしくなりながら言うと、燈梨は、最初はぽかんとしていたが、意味が分かると、俯き加減になって


 「コンさんが、良いんだったら……」


 と言うので、有無を言わさずに、あちこちの店を回って、あれこれと着せてみた。


 ……最初は嫌々動いていた燈梨だったが、やはり、あれこれと見させているうちに活き活きと見始めて、何店も回って、最終的にこれ、というものを決めて購入し、着替えて帰ることとなった。


 燈梨はにぱっと明るい笑顔で


 「ありがとう」


 と、言った。


 俺はそれを見て、これが本当のあるべき燈梨の姿なんだろうと思った。

 連れが俺だという点は除くとしても、本来、この娘は活き活きとした目で服や靴を選んだり、明るい笑顔で外に出かけたりするのが似合っているのだ。

 俺は、燈梨に1日も早くこのあるべき姿に戻って欲しいと思った。


 ……そんな思いから燈梨の言葉で現実に戻った。


 「……もし、嫌でなかったらだけど、コンさんの服も見て行こ」


 「え!? 俺の? いいよ、いらない」


 と言ったところ、燈梨が


 「毎週、買い物に行くのに私の格好とギャップがあって、世間から白い目で見られるのは困るんだよ!! 」


 と、さっきの俺のセリフをまねて、ビシッと指を指して笑いながら言った。

 先週舞韻からも「オーナーの休日のファッションは実年齢より上に見えますからね」と、言われたことを思い出して


 「よし、じゃあ任せるとするか」


 と言って、燈梨と2人であちこちの店を回ることとなり、今度は俺があれこれ着せられて買うこととなった。

 ……何のかんのと動き回ったが、今日はとても楽しかった。


 燈梨の明るい笑顔や、活き活きと服を見て回る姿、そして、俺の服を見立てている時の楽しそうな表情は、俺の中で忘れられないものとなり、今後の燈梨に取り戻して欲しいと心から思った。


 最後に化粧品のコーナーに入って、俺はいつもの化粧水と乳液を探していた。

 ある程度の予備は持っておくのだが、今は使う人数が倍になっているので、以前の予備では心許なくなっていたのだ。


 俺は、大学卒業後は化粧品メーカーで営業をしており、化粧品に関しては一家言ある。

 その核の1つは、『基礎化粧品は質より量』だ。高いものを少しずつ使うのであれば、安いもので良いからしっかり使う事こそが重要だ。

 食べ物と同じだ。高い食事をする代わり、3日で1食しか食べないのと、安くても毎食きちんと食べるのと、どちらを取るかということに等しい。


 それもあって、今の俺はこの年齢の男としては異様なくらいにモチモチしていて、状態もよく見えるので、この言は間違いないのかもしれない。


 そして購入していたのはかつて俺が勤めていたメーカーのものというのは不変のようだ。


 今は燈梨もいるので、倍の数量を買おうと思ったところで、ふと、隣で居づらそうにもじもじしていた燈梨に声をかけた。


 「燈梨は何か使いたいものとかないのか? 」

 「私はいいよ……コンさんが良いと思うので……」


 と、遠慮するので、俺は


 「とは、言っても、俺も特定のメーカーにいて、視野狭窄だからさ。この機会に違うものを使うのもアリだと思うんだ。……そこで、現役の燈梨に聞きたいわけなんだ」


 と、さりげなく、燈梨にリードを渡すように向けると


 「私も毎回色々なものを試していたから……コレっていうのはないんだけど……」


 と言って、最初は仏頂面で探していたが、色々見ているうちに嬉々とした表情になって、最後に什器に展開されているシリーズの前で止まり


 「これなんて新商品だし、試してみたいかも……」


 と、言った。

 俺が使っているのと別メーカーのもので、恐らく、以前の俺なら一生縁がなく終わっていただろう商品だ。


 俺は、そこからひょいと1本化粧水を取るとカゴに放り込んだ。

 ……それを見た燈梨は言った。


 「いいよぉ~……普段通りで。それ、いつものより高いよ」

 「俺が試したいんだ。お前の指図は受けない。それに普段のやつも買っているんだから、そんなに嫌だったら、お前が普段の方、使えば?」


 と、俺は半笑いで言い捨てた。


 ……すると、燈梨は俺の脇腹を肘で突いて


 「コンさんの意地悪! サディスト! 」


 と、へらっとしながら言った。


 ……何故いつも燈梨は俺をサディスト呼ばわりするのかは分からないが、意は汲み取れたようなので、燈梨に他に買うものが無いか、しつこくチェックするように訊くと、家で化粧などしないから無いと言われ、帰ることとした。


 まぁ、それもそうか、それに、燈梨は元が可愛い顔なので、下手に今から塗る事を考えるより、今のうちに基礎化粧品の使いこなしをしっかりさせる方が、後々のためになると俺も思うのだ。


 化粧品コーナーを出ようとした時、俺はある什器の前で立ち止まると、とてもモヤモヤした気分になったのだ。それを見た燈梨が言った


 「コンさん、どうしたの? 」

 「何故だかは分からないが、これを見ているととてもモヤモヤした気分になるんだ……しかも、女子高生に対して……なにかこう苛立ちのような……」


 と言うと、燈梨の表情が強張ったものになって


 「私もJKだって忘れてない? ……でも、このブランド、JKには不変の人気だよね」


 と、言った。


 ……俺は、色々とその什器を見たり、触ったりしていて、テスターから伸びているテグスを見た時に、残像が頭に蘇ってきて、ふと口にした。


 「思い出した」

 「え!? 」


 と、燈梨が目を見開いて、こちらを見ながら言った。

 俺は噴飯やるせなく、続けた。


 「昔、こいつのテスターが女子高生にしょっちゅう万引きされて、補填しても追いつかずにやられるんで仕事にならず、女子高生に殺意が湧いた時期があったんだ……うん」

 「そうなの? 」

 「まったく、奴らときたら、テスターは商品じゃないと勘違いしやがって! あれは、補填するたびに販促費から引かれるんだ。つまりは、景品やイベントの予算が削られてくるんだ」


 と、昔を思い出して熱くなっている俺を、燈梨はクスクスと笑いながら見ていた。


 次の瞬間、俺は背後から殺意に満ちた視線を感じて、瞬時に燈梨を抱いて、身をひるがえし、壁際に燈梨を追いやると身構えた。


 しかし、その方向を見やっても、それらしい人影はなかった。

 俺の勘は、戦場仕込みの本格的なものなので、間違いなくいたのだが、姿を隠したとしか思えなかった。


 「ど、どうしたの? 」


 燈梨は、何が起こったのかも分からず、俺の影から顔を覗かせて言った。


 「ああ、ちょっと殺気を感じたんで、燈梨を隠したんだが、見失ったようだ」


 周囲に警戒しながら、燈梨を解放すると、燈梨は何故か真っ赤になりながら


 「あ……あのさ、コンさん? 」

 「なんだ? 」

 「い、いや……何でもない」


 まだ燈梨は赤くなって言った。

 俺は床に置いた買い物かごを拾うと、燈梨に言った。


 「すまない。どうも、勘が鈍ったのかな。……街中で、取り乱したりしてな。どうかしてるわ。仕事は目撃されるし、ヤキが回ったかな……」


 俺は言ってから、ハッとして自分の失言を呪った。

 燈梨は、そのヤキの回ったせいで、俺に捕まって、俺と舞韻に怖い目に遭わされ、俺の家で軟禁生活を送っているのだ。

 その燈梨に言うには、不謹慎すぎる事に気がつかなかったのだ。

 俺は、燈梨に向き直ると、彼女を真っ直ぐ見て言った。


 「申し訳ない! 今の言葉は、燈梨に対して失礼だった」


 すると、燈梨は俺の言葉が終わるとすぐに


 「そんな事ない! 私、コンさんに出会わなかったら、今でも、自分がどんな危ない事をしているのかにも気がつかないで……いや、気がついてても、気付かないフリして、取り返しがつかないところまで突っ走っていたよ。だから、それが無かった方が良いなんて思わないで欲しいな」


と言うと、燈梨は俺の手をぎゅっと握ってきて


 「いいんだよ。……それで。私も、時間がかかるかもしれないけど、コンさんも一緒にゆっくりでいいから解決していこう」


 と、俺の顔を覗き込むように見上げながら言った。


 俺は黙って頷く。こういう時に、まじまじと思うのだが、燈梨は強いな……と思わされる。

 なのに妙なところで甘ったれていて、俺には燈梨という人間が時々分からなくなる。


 考え込んでいたところに、突然耳に息をフーっと吹きかけられて、ビクッとする。

 燈梨が笑いながら


 「あははは、ぼーっとしてるからだよ。さっき、いじめたお返し! 」


 すぐ傍で言った。


 ……どうにも殺気を感じないと簡単に間合いに入って来られてしまうのは、プロの職業病のようなので、もし作戦行動だったとしたら、燈梨という人間は俺にとってウイークポイントとなるだろう。


 俺は、それを振り払うように、燈梨をヘッドロックの体制で捕まえて


 「昼、食べて帰るぞ」


 と言うと、燈梨は俺の腕をぱんぱんと叩いてギブ宣言をしながら


 「うん! 」


 と言って、昇りのエスカレーターへと向かった。


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