第18話 日常が始まったのだが、家に非日常な状況があると色々気を揉んでしまう件

 燈梨と出会って以降、初めての平日が訪れ、1日の仕事が終了した。


 今の俺の昼間の仕事は、スーパーを中心としたルートセールスだ。

 週毎の新商品や既存品の売り場を提案し、商談をして、売り場を実際に作る。


 体も頭も使う、見た目よりもハードな仕事だが、ルートは自分で決めるため時間の自由がやや利くところがメリットだ。

 この時間が自由になるという点が、そっちの仕事をこなす俺にとっては重要なポイントだった。


 更に言えば会社から貸与されている営業車にも参った。


 先代型のスズキ・エブリィのバンだが、重さの割にパワーが無い。

 ありがたいことにノンターボ版の最上級グレードなのだが、そのことが仇になって豪華な装備品と販促物、サンプルで重くなった車体は鈍重の一言だった。


 そして輪をかけてATが今時あり得ない3速なので、街乗りでは必要な時にシフトダウンせずに加速が足らず、高速では常にいっぱいいっぱい……と残念の極みのような車だった。


 結局、予定をすべて終える頃には定時より2時間ほど残業となって終了し、家に戻ると更に30分ほどが経過していた。

 エブリィを店の前のスペースの一番端に止め、店の入り口の鍵を開けてきちんと2ヶ所閉めると2階へと上がった。


 舞韻は、店が完全に静まり返っていたことから帰ったのだろう。

 さすがに舞韻も、燈梨が家事をする中に毎日やって来るのは遠慮しているのだろう。

 ちなみに以前は、舞韻が明日の仕込みと共に夕飯を作って上がってきて、2人で夕飯にしてから帰っていたのだ。


 「1人分作るのも、2人分作るのも同じ系ですからね」


 と言っていたが、それでは、舞韻の1人の時間が減るのでと、何度か断ったのだ。

 しかし、舞韻は、いくら断っても翌日、普通に夕飯を用意して待っているのだ。

 最後には、根負けしてやらせていたが、正直、無理をしているのではないかと思って申し訳なく思っていたのだ。


 2階の戸を開けると、テレビの音と共にふわっとした暖かないい香りが俺を迎えた。キッチンの方から


 「あ、帰ってたんだ。おかえり」


 と、声と共に燈梨が出てきたので、答えた。


 「あぁ、ただいま」

 「舞韻さんの言った通り、週の初めは大体このくらいの時間なんだね」


 大体週頭は、新商品がなくても、このくらいの時間までかかるのだ。


 それにしても、何故俺の帰り時間を把握しているのだろうか? 燈梨の言葉から、舞韻が帰る前に伝えに来たように思える。

 正直、気を遣って、俺の帰宅に合わせなくてもいいのに……と思ってしまうのだ。 


 すると、燈梨は顔を近づけてきたので、俺はドキッとして横を向いていると、燈梨は


 「コンさん、香水きついよ」


 と、顔をちょっと歪めて言った。

 ……ちなみに俺は香水の類を使っていないのだが、思い当たる節はあった。

 

 営業車のエブリィの車内の芳香剤が結構強めだったのだ。

 以前の俺はこの車の中でのみ煙草を吸っていたのだ。


 しかし、法律改正で、社内禁煙が徹底され、社用車内も禁煙になり、臭いのみ残るのも嫌なので消臭と芳香を強くして、その名残でずっと芳香剤が強めのままなのだ。


 「車の中が臭くてしばらくの間、匂いがきついかもしれない。申し訳ない」

 「いやいやいや、別に悪いっていう訳じゃないよ。……ただ、ちょっと気になっただけ」


 改めて家の中を見てみると隅々まで掃除されていた。


 大概、俺も汚いのは嫌いな方だと思うので、それまでも家は奇麗になっていたのだが、そこから見ても奇麗に掃除されていた。


 着替えをしに部屋に入ると、洗濯物まで畳んであった。


 ぶっちゃけ、家事をしろとは言ったが、出会いからの経緯からすると、ロクに家事などできないのではないか? と高を括っていて、むしろ、ここで家事の1つも覚えて今後の人生に役立てられれば……的な上から目線も俺にはあったのだが、その心配は杞憂で、むしろここまでしっかりやってあると、俺が驚いてしまうくらいだった。


 リビングに戻ると夕飯が用意されていた。


 ほっけの焼きとほうれん草のおひたし。

 ……案外、家庭的なメニューが出てきた。


 正直、この年頃の娘に料理を任せると、俺の理解の遥か上空を行くものが出てくるのでは……と、心配があったのだが、それも杞憂だったようだ。


 「ご飯、出来てるよ」


 と、燈梨がリビングに顔を出して呼びかけ、2人揃って椅子に座ると夕食になった。


 「いただきます」


 ひとしきり、箸をつけたところで訊いてきた。


 「どう? 」


 昨日の昼で、あまり突っ込んだ事を訊くと地雷だと知ったはずなので、燈梨はそこまで求めて来ないだろうと考えて


 「あぁ、美味い。……正直、このメニューは予想してなかった」


 素直に答えると、燈梨はちょっとドヤっとした表情になって


 「一応、道産子ですから」


 と、胸を張ってみせた。


 正直、燈梨の胸は高校生にしては大きく、胸を張るとそれが強調されるので一瞬ドキッとする。


 ……俺は、それを振り払い、また素直に感心すると


 「正直、ここまでしっかり家事をやってくれると助かるな。明日からも無理せずに頼むよ」


 と、感想を言った。


 燈梨は、ちょっと俯き加減で何故か赤くなりながら


 「そ……そんな褒められても調子狂うし……」


 と言った時、燈梨の方から“きゅるるるる”と、音がした。


 「あははは……」


 と、誤魔化すように笑う燈梨に俺は訊いた。


 「そういえば、昼は何食べたんだ?」

 「う……うん、まぁ……」


 と、視線を合わせずに言うので、俺はストレートに言った。


 「お前……昼食ってねぇな」

 「そんなに動いてないし、お腹減らないから……」

 「あれだけの家事をしていて、それはねぇだろ。現に……」


 と、言いかけたところに燈梨が


 「泊めてもらって、朝晩出るだけで十分なのに……悪いよ」


 と、下を向きながら言った。

 前も思ったが、この娘はなんで妙なところに遠慮があるのだろう。

 そんな妙な遠慮をされると、こちらとしても気分が悪いので、俺は言った。


 「前にも言ったと思うが、勘違いするなよ。俺はお前を泊めてるんじゃなくて、捕虜として監禁してるんだ。捕虜というのは、人道的に扱わないといけないんだ。だから、飯を抜くことは許されない! 」


 燈梨は、苦笑いしながら、やり過ごそうとしていたため、俺は1つの作戦を実行に移すべく、言った。


 「分かった。じゃあ明日から昼飯代を置いていく。何か食べに行くか、ここにあるもので済ませて小遣いにするかはお前に任せるから」

 「そんなことしてもらう訳にいかないよぉ……」


 と、予想通り遠慮するので、すかさず俺は言った。


 「だったら、平日は毎日舞韻に上がって来て、何か作って貰うようにするぞ。選択肢は2つしかないんだよ! 」


 1番目の選択肢を選べば、何かしら昼を食べないわけにはいかなくなる。


 仮に食べなかったとしても、燈梨は、俺から小遣いを貰うことを良しとしないのに毎日の昼代が小遣いとしてプールされていく事になる。


 2番目の選択肢を選べば言うまでもなく舞韻が来るので、彼女にも遠慮がある燈梨はそれを良しとしないだろう。


 更に言えば店のピークタイムにわざわざこちらに来るなどという行為に燈梨は耐えられるのだろうか?

 

 ……既に答えは出ているのだ。


 「コンさんの意地悪! いじめっ子!! サディスト!! 」


 と、燈梨は喚いた。


 3番目のはさすがに聞き捨てならないが、まぁ、子供の戯言と聞き流すこととして俺は


 「なんとでも言え! 制限時間はあと5秒だ。……4、3」


 と、カウントダウンを始めると、燈梨は諦めたように目を伏せると言った。


 「分かったよぉ……じゃぁ、1番目で良いよぉ……」


 俺は、狙い通りの選択肢へ誘導できたことにホッとしつつも


 「なんだ……毎日舞韻に来て貰って、ふん縛ってでも何か食べさせようと思っていたのに……」


 と、わざと逆の事を言って挑発してみせた。更に 


 「いいか、暫く昼は何食ったか訊くからな。もし2日以上食ってない日が続いたら舞韻に……」


 と、言いかけたところで燈梨が


 「分かった! 」


 と、遮る。


 まぁ、この反応なら大丈夫だろう。

 正直、同居人に妙な遠慮されるのはこちらとしても気持ちが良くない。

 それが大人でなく小娘なら尚のことだ。変な気を遣わず甘えてきて良いのだ。


 などと考えていると燈梨が


 「コンさん……私が太ったら恨んでやるから……」


 と、ジト目で見ながら言うので


 「世の中、不健康にガリガリに痩せてるのが多すぎる。第一、今のお前ならちょっとふっくらするくらいが可愛くて良いと思うぞ。……ちなみに痩せようとすると胸から痩せるからな」


 と、言うと燈梨は顔を赤くして下を向きながら


 「なに、可愛いとか言ってんの……それに、やっぱり胸はあった方が良いんだ……」


 と、言って顔を背けた。


 まぁ、事実だ。

 今の世の中、痩せてればいいと勘違いして骨と皮ばかりになっているのに臆面もなくテレビなどで“痩せたら勝ち”と、ばかりにカマキリやブルーバードの通常グレードのエンブレムのように逆三角になった顔を晒しているのが多すぎて気持ち悪い。


 燈梨は可愛いんだから少しだけ肉付きがよくてちょうど良いくらいだと思っている。


 俺は、燈梨が素直に照れる姿を楽しみながら夕食を頬張った。




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