第16話 JKよりJMが良いというのは色々な面で当然なのだが、問題は、お買い得なその価格が出せるかという1点だという件
「おはようございます」
目が覚めると、舞韻がジト目で、寝室の入口で腕を組んで入口に寄りかかっていた。
服装は、昨日とほぼ似た格好だが、シャツの色が若干違う程度だということ、更に、ジーンズの上から柄のスカートを履いているということだ。
時刻は午前9時。
舞韻はいつも時間には正確だ。
「さあ、早く起きてください。やることはたくさんある系ですから! ……もしや、2人で夕べはよからぬ事をしていたのでお疲れなんですか? 」
と、嫌味でまくしたてる。恐らく嫌味を向けているのは俺でなく燈梨に向けてなんだろう。
「したわけないじゃん! 大体この人に説教されたんだから。普通に考えてJKに誘われて説教するなんてありえないんですけどー」
燈梨が反応して返事をした。
……それを聞いた俺は反射的に
「俺はJKよりJMの方が好きだ! 」
と言っていた。
燈梨はぽかんとして、訳分からんみたいな表情でこっちを見て、舞韻はニヤニヤしながら言った。
「やっぱり出た系ですね」
「なに? JMって」
燈梨が言うと、俺より先に舞韻が説明を始めた。
「JK、JMってのは日産の初代ティアナのグレード名なの。JKは安い方、JMは上級グレードって訳、後から女子高生をJKって略すようになったから、日産は売り辛くなって2代目になるとグレード名を変更しちゃったのよ! ちなみに初代ティアナはオーナーの親御さんの車だから、オーナーはJKって略称が嫌いなの! 」
燈梨は、訊いてはいたが半分呆れたような表情になっていた。しかし、舞韻がギロっと燈梨を睨むと怯えたような表情になっていた。
舞韻は、ひとしきり燈梨を脅し終えると
「さぁ、2人共顔洗ったら、朝食にしちゃってください。用意してある系ですから」
と、既にテーブルの上に準備してある朝食を指して紅茶を用意しながら言った。
今日の朝食はオムレツとスクランブルエッグのようだ。
そして、食パンも既にフレンチトーストに調理されていた。
朝食を食べながら、燈梨は言った。
「コンさんは、やっぱり朝はパン派なの? 」
「いや、特に決まってはいないが、パンだと1人暮らしだと後片付けが楽でな」
と俺が答えると
「じゃあ、ご飯でも良いんだね。明日からは用意するね」
と燈梨はニッコリして言った。
正直、燈梨の笑顔は、素直に可愛くて彼女に最も似合っており、俺は燈梨のこの表情をもっと見たいな……と素直に思った。
すると舞韻が燈梨に訊いた。
「コンさんって……もしかして、オーナーのこと? 」
「うん! 昨夜考えたんだよ」
と言うと、舞韻はジト目で燈梨を見て
「昨夜、2人でベッドを共にしながら、考えたのね? 」
と、感情を込めて言うと、燈梨は
「そんな訳ないじゃん! ベッドの上になんて行ってないよ! 」
と、ちょっと怒りをあらわにしながら言った。
「まぁ、いいわ。取り敢えず、その呼び方でオーナーも納得してるんだったらね。もし、変な呼び方だったりしたら、即、磔にできるように、朝早く来て器具の点検をしてた系だからね」
と舞韻のジョークのように聞こえる本気を訊きながら朝食の時間は過ぎていった。
燈梨は、朝食を終えると、アイロンの場所を訊いてきたので、寝室の隣の部屋にある事を教えた。
毎日アイロンがけしてるのかを尋ねると
「そんなことしないけど……誰かがブレザーの上からロープでぐるぐる巻きにしたから、ブレザーが皺になってるんですけどー! 」
と嫌味を言われてしまった。
下を向いて申し訳なさそうにしていると、その間に舞韻がやってきて言った。
「大丈夫よぉ。今日は私が、もっときつく縛ってあげる系だから、毎日アイロンがけしてもいいくらい系よぉ」
また、燈梨の事を脅している……というより、今のうちに燈梨が俺に不遜な態度を取らないように抑えているようにも見える。
地下に用事があるために行こうとしているのを察したのか、舞韻が俺に向かって言った。
「オーナー、彼女をお借りしていいですか? ちょっと家事と、お店の掃除とかやりたいので」
「分かった。俺は地下にいるから」
俺は言うと、地下へと降りた。
射撃場で、俺はひたすらに射撃を繰り返した。
最初は愛用のベレッタと、コルト357で、更にはデザートイーグルを織り交ぜて数えきれないほど撃った。
次には複数のライフルを使って頭の中が空になるほど撃ったが、腕の衰えはなく、正確に的の狙った位置を撃ち抜いていた。
そして、今度は的を変えてナイフを投げてみたが、やはり狙いは寸分狂わずに捉えていた。
俺は思っていた。
今回の仕事は、何故、こんな凡ミスを犯してしまったのかということについて、今になって考えていたのだ。
昨日は、燈梨の事を考えていたので、すっかり気が紛れていたのだが、それが落ち着いた今日は、そうはいかないと、自分に言い聞かせていた。
燈梨は、昨日、自分が殺されなくて本当に良かったと思っているだろうが、俺自身も、昨日は燈梨がいてくれて本当に良かったと思っている。
もし、そうでなければ、俺の精神はもろくも崩壊していたかもしれない。
燈梨を脅して、どうしようかを考えながら、自分の壊れそうな精神状態を保っていたのだと思う。
もう1回銃での訓練に切り替えようと思った時、背後に気配を感じて振り返ると、舞韻が立っていた。
「燈梨はどうした? 」
俺が言うと、舞韻はクスッとして言った。
「フォックスらしくないですね、私に気付かないなんて。燈梨は、お店の設備を使ってお昼が作りたいって言うから、任せてますよ。大丈夫です、下には来ませんよ」
そして、缶のハイボールを差し出して、俺に勧めた。
俺がそれを一口飲むのを見届けると、舞韻は言った。
「一昨日の失敗、やっぱり気にしてるんですね。まぁ、気にしない方がどうかしてますけど、その失敗の事が、燈梨の件が片付いた今、勃発してきた……ですか? 」
「ああ……凡ミスだな。なんで、仕事中に素人に非常階段を開けられていたのにも気づかなかったのかって、今になってそんな事、やらかした自分が怖くてな」
舞韻は、俺に渡したのと同じハイボールの缶を開けて、飲みながら訊いていたが
「でも、それが分かってたから、ずっと引退を打診してたんじゃないんですか? 別におかしくなんてないじゃないですか」
妖艶な表情になって言った。
舞韻は、俺を安心させようとして言っているのだろう。
しかし、俺の不安はまだ収まらない。
「それでも、まだあと2回仕事は残っている。また今度もこんな調子じゃ、どんなミスを犯すか分からない! 関係ない人間を殺めたり、俺自身が死ぬかもしれない……それを考えると……」
俺の足は震えていた。
舞韻は、それをハイボールを飲みながら眺めていたが、クスッと笑って机の上に缶を置いて、俺の方へと歩み寄って俺の肩に両腕を回すと言った。
「覚えてますか? 私が日本に来て、家から1歩も出られなかった時、フォックスは、私を外に連れ出して言ったじゃないですか? 『外の世界は変わらないぞ。自分で前に進むか、後ろに進むかで結果が変わるだけだ』って。前を向いてあと2回の仕事をこなすのみじゃないですか。それで、全ては終わるんです! 」
舞韻は、意識しているわけではないだろうが、自分の胸を押し付けながら力強く言った。
俺は、黙って頷いたが、完全に納得したわけでない事を悟った舞韻は
「分かりました! じゃぁ、あと残り2回の仕事は、私もサポートで同行します」
と言い放った。
俺は、慌てて言った。
「おい! 舞韻は引退した身だ。今更仕事のサポートをさせる訳にはいかない」
「フォックスは、他がどう思おうと、私にとっては唯一無二のヒーローなんです! そのヒーローのピンチにバックアップするのは、弟子として当然の務めでしょ」
俺は、舞韻の気迫に何も言い返すことが出来なかった。
「良いですね? 」
舞韻は有無を言わせぬ勝ち誇った表情で言った。
俺は黙って頷いた。
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