第14話 弟子は帰り、俺と捕虜が2人きりになると、なかなかに気まずい空気が流れる件
3人で夕食を食べた。
あんなことになった後なので、燈梨が戻ってくるかが心配だったが、無事に戻って来たのでホッとした。
その様子を見た舞韻が
「いくら私でも、そんな事はしない系ですよ」
という表情で俺を見た後、更に
「でもって、忘れてないでしょうねぇ、この娘は危ない存在ですよ。口封じに丸焼きにしてもいいくらいなんですからね! 」
という表情になって俺をじっと見つめてきた。
夕食が終わると、舞韻が
「オーナー……いえ、フォックス。今後の仕事の件ですけど」
と言って、燈梨の方を見て如実に場所を移動するよう促すので、燈梨に後片付けを頼んで3階へと上がった。
俺の残りの仕事はあと2件だ。臨時で仕事が入るようなことは、俺のクラスになると無いので、既定路線で準備すれば、無事引退と相成る。
これで、ようやく世間に胸を張って生きていけるというものだ。今までにどれだけ手を汚してきたかは別問題として。とにかく、この日が来ることをどれだけ指折り待っていたか。
一通りの話が終わった後で、舞韻は言った。
「鷹宮燈梨の事は、明日以降も引き続き調べていきます。それで、オーナーは彼女をどうするつもりですぅ? 」
「どうって? 」
「このまま消すか、ブラックマーケットに売り飛ばすか、身代金を取るか……が一般的ですね。特に鷹宮燈梨の家は、資産もあるでしょうし、世間体も気にする。まずは燈梨の身柄で1回、次に燈梨の過去で数回に分ければ、売り飛ばすよりも稼げますね」
俺は、舞韻を訝しげな表情で見ると、舞韻は恐怖で表情を強張らせながら言った。
「分かってますよぉ。分かっていて敢えて言ったんです。オーナーの、そういうハッキリと口に出さないところ、こちらとしては、困るんですよぉ、どう動いていいのかが分からないでしょ」
「申し訳ない。ただ、舞韻ならわかってくれると思ってた。燈梨みたいな娘を、俺がどうするのかについて」
舞韻は、人差し指で俺の胸をツンッとつつくと、その指で俺の胸にくるくると円を描きながら言った。
「私なりにはぁ、分かってるつもり系ですよぉ……ただ、オーナーが、個別の娘に対してどういう感情を持ってるかなんて分からない系ですからねぇ」
舞韻は、更に続けて
「じゃあオーナー、燈梨をどうしていくのかは、最後まで考えてくださいねぇ。私の時みたいに」
と、言うと2階へと降りていった。
俺が2階へと降りると、舞韻は
「それではオーナー、今日のところは帰ります。明日は泊まる系ですからね! くれぐれも、そこの小娘とよからぬ事などしないようにしてくださいね」
と、人差し指をビシッと立てて言うと、そのまま帰って行った。
そこまで大袈裟に帰ることを予告しなくてもなぁ……と思うのだが、まぁ、それも彼女の考えのうちなのだろうと思って敢えてツッコまなかった。
半日ぶりに燈梨と2人きりになったのだが、今日の大半は舞韻のリードで会話が成り立っていたようなものなので、彼女がいなくなると、なかなかに気まずい雰囲気になる。
朝は、とにかく俺に殺されることに怯えて、従順に振舞い、昼は縄を解くようにと執拗に要求していた印象しかないので、素の燈梨がどのように振舞うのかが分からない。
「あははは……」
沈黙が続いて気まずいと思ったが、何も話す話題がなかったようで、燈梨が取り敢えず笑った。
「別に面白くはねぇだろ? 無理に間をもたすことは無いよ」
俺が言うと、燈梨は
「そだね、分かったよ」
と言っているが、表情は笑顔が浮かべられている。
まぁ、言ってもこの状態だと、体に染みついているのだろう。
今日は色々あったとは言っても、まだ夜の9時前くらいだ。
互いの紹介をするのも気恥ずかしいものがあるので、俺は、この家の全体の案内をする事にした。
1階は、玄関と舞韻の店が基本だが、納戸があったり、収納系が結構ある。
舞韻店の明かりをつけ、中を一応案内したが、燈梨に
「昼間に見たからね。大体分かるよ」
と言われた。
一応、営業時間についても話しておいた。朝の8時から、夕方の6時までだが、舞韻は、大体前日仕込みをするから、朝は7時半くらいに来て、夜は8時ころまでいるのが一般的だと説明した。
「ふーん。結構1日中いるんだね」
燈梨は感心しながら言った。
「結構、頑張ってるから人気店だし、テイクアウトを始めてからも好調だからな。それに、舞韻の住まいも近いし」
「ちなみに、舞韻……さんの住まいって何処なの? 」
「このすぐ近くのアパートだ」
舞韻には、そう答えるように言われているので、俺はフラットにそう答えた。
「そっか。だから、帰りは車じゃなかったんだね」
燈梨は結構、勘の鋭い娘だと、俺はその時思った。
ちなみに、舞韻の車は、常に俺の家に置かれている。
今朝は、昨夜の俺の仕事の件で、朝からギルドに乗って出かけたのだ。
次に玄関を出て庭を案内した。
「いいか、俺と一緒だから出られるけど、勝手に外に出ようとしても無理だ。玄関ドアは、登録した人間以外は開けられないし、あの門も同様だ。下手をすると高圧電流が流れるから、間違っても逃げようなんて気を起こすなよ」
「分かったよ。でも、それだとさ、縛られなくても私、逃げられないじゃん! なんで私、ずっと縛られなきゃいけなかったの? おじさんの変態! 」
燈梨が、カラクリに気付いて喚き出したので、言った。
「外に出られなくても、室内で暴れられても困るし、電話をされても困る。それに下手にここまで出られて感電死されても困るからな。大人しくさせるのは当然だ」
燈梨は、いかにも納得していない、俺は変態だと言いたげな表情で見ていた。しかし、俺がスルーしているため諦めていたが、ふと気がついたように
「ここって、いつも洗濯物とか干してるの? 」
と庭にある木と木の間を指さしたので
「いや。いつもは2階のベランダに干してる。屋上もあるが、使ったことは無い」
と答えると、燈梨は俺の左腕に掴まってきて
「じゃあ、私のいる間は、ここに干しても良い? 」
と訊いた。
俺は、わざわざ1階に降りてきて干すのは面倒臭くないか?と思うのだが、燈梨は
「だってさ、こういう風景って、ちょっと憧れるんだもん! いいでしょ、捕虜だってお願いしても」
と言うので、俺は、若い娘の感性とはそういうものなのか……と、理解できないが思った。
「ああ、良いよ」
「ありがと、あ……えと……おじさん」
ああ、そうか、舞韻に明日までに俺の呼び方を変えないと、磔にするって脅されてたっけ? 今になって思い出したって体だな。
そして、1階には別棟のガレージがある。
中には車が4台ある。いつもは舞韻の車も入っているのだが、今日は舞韻が店の駐車場に置いて帰ってしまったため、舞韻の使うスペースだけが意味ありげに空いてしまっている。
燈梨は、中央に止まっているサファリの後席ドアにところに手をついて
「私、昨日この車に乗せられて連れて来られたんでしょ? 」
「ああ、目隠しされてたのによく分かったな」
「そりゃぁ、目隠しされてても、乗る時に階段みたいの登らされるほど背が高い車って、これだけじゃん。分かるよ」
他の車は、マーチとシルビアなので、確かにどちらも該当はしないな。
ちなみに、シルビアは、俺が解体屋でスクラップになる寸前のところを買ってきてから、かれこれ17年乗っている。古女房と言うべきだろうか、もっとも俺自身の身体にしっくりくる車だ。ちなみに型式はPS13だ。
マーチは先月引き取った。
バー時代からの常連のお婆さんに、処分を頼まれたのだが、あまりにも綺麗だったので、俺が貰うことにした。
外観はお洒落なボレロ、古いが走行距離は2万キロ台で車庫保管だったので、綺麗さには自信がある。型式はK12。
サファリも、漁港に捨てられていたものを拾って直したので、俺のところにある3台の車は、全て捨てられる運命にある状況のものを拾ってきたという点で共通している。
そんな事を思いながら、ガレージを後にして、今度は3階へと上がった。
3階には2部屋あるのだが、今の俺の生活だと使いきれていないため、実質3階フロアは物置になっている状態だ、と一通りの説明を終えると、ちょうど準備していた風呂が沸いたため、先に燈梨を入れた。
燈梨は、昼に舞韻と風呂に入ったから……と、遠慮したが、その後買い物に出かけたりしているだろうと言って押し切った。
別に風呂など入ったからといって無くなる物でもなし、遠慮せずに入ればいいのだ。
手持ち無沙汰で、燈梨が風呂に入ってる間に、テレビを見ながら、水割りを軽く飲んでいた。
あまり進んでテレビを見るようなテレビ好きではないが、空いた時間を埋めるにはちょうど良い。
舞韻が巣立って以降、こういう待ち時間を過ごすのも久しぶりの感覚なので、ちょっと懐かしい気分になっていた。
「おじさん、出たよ」
燈梨が脱衣場から出てきた。
もう寝るからだろう。ブレザーやカーディガン、スカートは脱いで、ブラウスだけになっていた。
子供とはいえ、そういう格好をされると少しだけドキッとしてしまう俺がいた。
「あのさ、確認なんだけどさ……」
燈梨は、ちょっと照れくさそうに下を向きながら言った。
「本当に、ヤらなくて良いの? ……ホラさ、私って出るとこ出てるし、結構食べてみてオイシイと思うからさ……」
燈梨はブラウス一丁の身体をくねらせて、胸やお尻を突き出して、強調するような仕草をしながら訊ねてきた。
……恐らく、今までの宿泊先で覚えてきて、していた仕草なんだろう。
俺は、ガレージにある自分の3台の車の元の持ち主に対するのと同じ感情が、燈梨を今まで泊めてきた人間に対しても湧いてきている。
俺は、あれらの車の元の持ち主は、クソだと思っている。ロクにメンテもせずに調子を崩した車を、それを理由に容赦なく捨てるような身勝手な姿勢が許せない。義務も果たさず、利用するだけ利用して、都合が悪くなると乗り捨てしていった。
表現が悪いが、燈梨を泊めてきた人間も同じだ。右も左も分からない燈梨が困り果てて、身体で払うから泊めてと言われれば、拾うだけ拾っておいて、都合が悪くなるとポイ捨て……。俺はやるせなさを感じてしまうのだ。
はぁ~っとため息をつきながら言った。
「さっきも言った通りだ。身体で払うという考えは捨てろ! 別に俺とヤりたい訳でもないのに、そんな事されると、こっちが惨めになるわ! いいか、この世界にいる人間は、施しを受けるほど貧しくないんだ。ガキに身体で払わせたなんて、末代までの恥だ! 」
燈梨は、暗い表情で下を向きながら言った。
「ゴメン。さっきはそう言われたけど、今まではそんな人は1人もいなかったから、信じられないっていうか、そんなのあり得ないっていうか……なんで、おじさんは何も要求しないでそこまでしてくれるのかが分からなくてさ……」
なるほどね、経験則で底辺に慣らされてしまったので、その上のレベルに対応できなくなってしまっているのだ。
普通の人間なら、適切な説明に苦労するだろうが、俺は、平気で人も殺す男なので、平然と言った。
「勘違いするなよ。お前を泊めてるんじゃない! ヤバいところを見られたお前を監禁してるんだ。ただ、ここに縛って転がしておくだけだと邪魔だから、タダ働きさせてるんだ! お前は俺に非道な扱いを受けてるんだよ」
燈梨は、ぽかんとした表情で訊いていたが、内容を理解すると、ニッコリして言った。
「そうかぁ、私は、口封じに監禁されてるんだね。泊めて貰ってる訳じゃなければ、今までみたいにする必要もないね」
俺は、その悟ったような表情に、安堵した。
燈梨はもう大丈夫だ。今度こそ、身体で払うという考えは捨てたと確信した。
なので、俺は言った。
「俺は風呂に入って来る。先に寝てても良いし、テレビ見たりして過ごしても良いが、舞韻から貰った宿題はやっておけ。つまりは俺の呼び方だ。俺もいつまでもおじさん呼ばわりされる事にちょっとムカついてきたからな。ちゃんと考えておけよ」
燈梨の表情は、さっきまでと違い、明るいそれになっていた。
「うん、分かったよ」
声も明るい。
良かった……なんかホッとしている俺が自分で可笑しかった。
「あ、あのさ」
燈梨の声で歩みを止めた。
「なんだ? 」
俺が振り返ると次の瞬間
「私の残り湯、飲んだりしないでよね! 」
とくだらないことを言ってきた。
「飲むか! アホンダラ!! 」
「え~! そんなこと言って、絶対一口は飲むでしょ、えっち!! 」
軽口が言える関係になれば上々だ。
俺は足取り軽く風呂場に向かった。
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