第13話 弟子は捕虜の娘にマウントを取りたがるのだが、俺は、みっともないからやめておけ……となだめる件

 俺が掃除を済ませて昼寝をしていると、2人が買い物から帰ってきた。

 取り敢えず、2人に片付けと夕飯の準備を頼みつつ、客間に行って布団の準備等をしていた。


 2階の間取りはリビングとキッチン、トイレと風呂場以外には、俺の寝室と客間しかない。

 舞韻と2人で住んでた頃は、今の客間が舞韻の部屋だったのだが、舞韻が家を出た今は客間という名の物置部屋になっている。


 取り敢えず、その部屋を当面の燈梨の部屋にしようかと思って、片付けをしていたわけなのだが、それを訊きつけた燈梨が


 「私の部屋があると、ずっといて良いみたいだけど……」


 と、言って少し嬉しそうな表情をしている後ろで、舞韻が鬼の形相でこちらを見ながら、身振り手振りで『それはダメです! 』とサインを送っているため中止した。


 しかし、部屋の余っているこの家で、俺の部屋で2人で寝る方が遥かに不自然だと思うのだが、舞韻のああいう時のアドバイスは結構的確なので、今回も舞韻の言う通りにする事にした。


 直後に舞韻が、燈梨に対して


 「いい? 燈梨の今の立ち位置は、死刑囚から捕虜になったの。捕虜は本来なら収容所の牢に入らなきゃいけないところだけど、オーナーの慈悲によって居室での生活を許可されてるの。個室なんて10年早い系よ」


 と言っていた。

 燈梨が


 「だって、牢なんてないじゃん! 」


 と反論すると、舞韻は言った。


 「あるわよ。さっきの地下室の奥の方に3室ほどね。……お望みだったら、入れてあげる系よぉ。ただ、消灯時間が早いのと、静かすぎるからねぇ、超寂しい系よ」

 「嫌だよぅ。それに、牢に入ってたら、炊事洗濯が出来ないじゃん」

 「大丈夫よ。私が毎朝、お店の仕込みに来た時に出してあげて、後片付け終わったら牢に入れてあげるから。牢外にいる間は手錠して貰うけどね」

 「嫌だ嫌だ! 牢になんて入らない! 牢に入るくらいなら、ここで縛られてた方がずっとマシだよ」


 それを訊いた舞韻は、ニヤリとすると、納戸から出した縄を手に取って言った。


 「じゃあ、お望み通り縛ってあ・げ・る」

 

 舞韻に壁際まで追い詰められた燈梨は、怯えながらも喚いた。


 「今、私を縛ったら、今日の炊事洗濯が出来なくなるんですけど」

 「大丈夫よ。そしたら今日に限って私がやる系だし、最後の夜伽だけやってくれればね。それは、縛られててもできるっしょ」


 舞韻が平然とした表情の中に、ニヤリとした表情を浮かべたのを見た燈梨は、首を左右に振りながら


 「しない、しない! 夜伽なんてしないもん! 」


 と叫ぶと、舞韻はふーんというような表情で燈梨を見下ろすと、言った。


 「ようやく分かってきたみたいね。そう、あなたがここにいるために、嫌なのに身体を差し出すことなんてないの。これで、牢に入れる必要はないみたいね」


 燈梨は、自分が試された事が不服で、舞韻の方をじっと睨んでいたが、舞韻は更に


 「じゃあ、さっさとやりなさい。拷問されるよりもずっとマシだと思う系よ」


 そう言われて燈梨は掃除を始めようとしたので、俺は言った。


 「今日は、俺が掃除を済ませたから良いよ」

 「ありがと、おじさん。じゃあ洗濯させて貰うね」


 と燈梨は言うと、脱衣場脇の洗濯機の方へと向かったが、その前に舞韻が立ち塞がった。


 「なに!? 」

 「燈梨は、まだ私の親愛なる師匠であるフォックスを『おじさん』呼ばわりしてるわね! それは、私に対しても『おじさん』呼ばわりしているに等しい系よ」


 舞韻は、まだかき回そうとしている系だ……って、舞韻の口癖がうつってしまった。

 舞韻は、燈梨を最初に完膚なきまでに叩きのめしてから、自主的に物事に取り組ませるように企んでいる。それは、軍隊における養成プログラムそのものだ。


 俺も舞韻も幼少の頃に軍隊に放り込まれたという境遇は共通なので、このやり方は自然なのだが、俺の見る燈梨の性格では、これではもたずに逃げ出してしまうように思う。


 「まぁまぁ、明日の朝までにって言ってなかったか? まだいいじゃないか」


 俺は、舞韻の方に向かって言った。

 舞韻は憮然としながら言った。


 「そうですかぁ? まぁ、じゃあ特別に明日の朝までは、許してあげるけど、もし、明日もそんな呼び方してたら、地下に連れて行ってはりつけにするから」

 「ふーん、分かった」


 燈梨は、フラットに返答した。


 今の舞韻の話を燈梨は冗談だと思っているのだろうが、俺の経験からすると本気だ。

 舞韻は過去に、この家の地下で、侵入者を磔にして、3日3晩拷問したことがあるのだ。それは壮絶なもので、俺でも目を背けたくなるようなものだった。


 なので舞韻は、燈梨の俺に対する呼称について、結構なこだわりがあるようだ。

 恐らく、燈梨が『おじさん』とフラットに呼ぶ事で、俺という人間の格が下がるような気がしているのだろう。


 舞韻の中で、師匠である俺は、常に神の扱いでなければ……と、彼女は思っているフシがある。

 ギルドの中で、俺の事を『過去の栄光にすがった老害』だとバカにした若造がいたのだが、舞韻はそいつを襲い、利き腕を飛ばして、この世界にいられないようにしてしまった。

 俺自身は、全く気にしていないにもかかわらず……だ。


 俺が、客間の片付けをしていると、燈梨がやって来た。


 「手伝う事、ある? 」

 「いや、ただ要らないものと要る物の選別が、俺視点だとなかなか捗らなくてはかどらなくてな、見てくれると助かるな」


 部屋の中にある箱の中を確認して、燈梨の目で選別すると、結構要らないものが多いという事に気付かされた。

 空の洋酒の瓶だったり、壊れた置時計など、とんでもない物も出てきて、この部屋にある物の半分以上はガラクタだということが分かった。


 舞韻はどうしたのかと思ってリビングを見ると、ソファに座ったまま寝ている舞韻の姿があった。恐らく、昨夜からギルドとの連絡や交渉、今朝からは燈梨とのゴタゴタがあって疲れていたのだろう。


 その最中に、燈梨がボソッと言った。


 「その……舞韻さんも、色々大変な目に遭ってきたんだね」

 「舞韻から訊いたのか? 」


 燈梨は黙って頷いた。

 珍しいな。舞韻は、自分の過去の事については滅多に話したがらない。それだけトラウマなのだ。


 「それだけ舞韻が、お前の事を信用しているって事だよ」

 「そうなの? 」

 「ああ、舞韻の過去をそこまで知ってるのは、ごくごく限られている。舞韻の友人でも、知らない事だぞ」

 「そうなんだ……」

 「そうだ。だから、舞韻のさっきみたいなのは、アイツの照れ隠しみたいなもんだと思って水に流してやって欲しい」


 と言うと、燈梨はニコッとして


 「そうなんだ、良かったぁ~。さっきは、牢に入れるとか、磔にするとか、とんでもない事ばかり言うから、どうなっちゃうのかと思ったけど、冗談なんだね。磔なんて、できないもんね」


 と言うので、俺は


 「ただ、それは本気だと思うぞ。さっき、銃の手入れに行ったついでに、牢の鍵がかかるかを点検したって言ってたし、磔の器具は、舞韻が前に作ったしな」


 と、教えてやると燈梨は


 「もぉ~、あの女マジムカつくんですけど、あんな事したり、磔の器具作るとか性格悪すぎなんですけどー」


 と、怒りをあらわにした。

 すると、背後から


 「あらぁ~、奇遇ねぇ。私もムカつく女がいる系よぉ、フォックスを誑かそうたぶらかそうとしてる女子高生とかねぇ」


 と、舞韻の声がして、振り返ると舞韻が部屋の入口に立っていた。

 舞韻は、顔面蒼白になって口をパクパクさせている燈梨の襟首を、ニコニコしながら掴んで立たせると


 「燈梨と、夕飯の支度しなくちゃぁ。……女子高生で取ったダシで作るお味噌汁とか、美味しそうかもねぇ」


 と、言いながら、キッチンの方へと姿を消していった。

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