第12話 女同士の買い物の後、弟子は自分の壮絶な過去を話して捕虜との心の隙間を埋めようとした件

 舞韻さんは、食品フロアに行くと、色々な食材を説明しながらカゴに入れていった。

 それによると、おじさんは、ブラックコーヒーと烏龍茶は飲めないそうで、家にミルクは必ず置いているそうだ。そして、基本は紅茶派だそうだ。


 確かに、さっき縛られていた時も紅茶を勧めていたのを思い出して、そういう事情があったのか、と納得した。


 それから、ソースに関しても、日本でメジャーな犬のブランドではない、某醬油メーカーのソースを愛用しているそうで、細かなところでの買い物の注意があるそうだ。


 「でも、それだけ。他は何食べさせても問題ないわよ。……ところで、燈梨は料理できるの? 」


 舞韻さんに訊かれて、私は思わず


 「うん。お弁当は、いつも自分で作ってたから、それくらいは」


 と、言うと、舞韻さんは意外そうな顔で


 「へぇ~、社長令嬢なのにねぇ」


 と、口走った。

 私は、自分の情報を何故、この女が知っているのかが、とても不思議になると同時に不快になり、言った。


 「なんで、あなたが私のこと、知ってるの? 」


 すると、舞韻さんの目が再び鋭いものになり


 「当たり前っしょ! 学生証握られてるんだから。プロなら、それだけの情報で、大事な所の毛の数まで分かる系よぉ……悪く思わないでね。フォックスはね、以前に家出女子のふりをして転がり込んだ女に、殺されそうになったことがあるの! だから最初に身元を調べるのは、当たり前系よ」


 と言ったので、私は思わず


 「だったら、さっき私が話そうとしたことも、知ってるって事なの? 」


 と言うと、舞韻さんは、肩をすくめて言った。


 「残念ながら、あなたや家族が隠そうとしていることまでは、分からない系よぉ……調べるのに別料金がかかる系だし。未だにあなたの家族が、あなたは病気だって言って、誰にも会わせようとしない事くらいまでしか」

 「うっ……」


 私は、自分の知らない現状を知らされて言葉を失ったが、舞韻さんは


 「引き続き、私はこっちも調べてる系よぉ。もし、知りたい事があるなら、調べておく系だけど」

 

 と言って、その場を収め、買い物に戻った。

 舞韻さんの話では、買い物は、家から徒歩15分くらいのスーパーに行くのが一番近いが、そこまでに県道を横断したり、アップダウンが激しいため、基本は週に1回、ここに来てまとめ買いをするのが一般的なのだという。


 食材の買い出しが終わると、帰ろうとした私は、舞韻さんに腕を掴まれて


 「何のために、女の子同士で買い物に来たと思ってるの? 今日じゃないと買えないものを買うの! 」


 と言われると、生理用品や、下着などの必需品を買いに回った。

 必要ないと言うと


 「オーナーはね、買い物があるからって、買い物に送り出したの。何も買いませんでした……じゃ通用しないのよ。大体、その数の下着や靴下で半年使い回しているんでしょ! 足さなきゃダメに決まってるっしょ」


 と、強い口調で迫られ、ほぼ押し切られるような形で買うことになった。

 舞韻さんは、私の持ち物を一瞬見ただけでもかなり詳細に把握しており、私が一番安い物で済まそうとするのを一切許さなかった。


 「燈梨ぃ、あなたの下着は私も見てる系だけどぉ、そんな中学生の授業で指定されてるようなものじゃ無いっしょ! そんな買っても着ないようなものを買うんじゃ、お金を捨ててるようなものじゃない」


 こんな感じで、日用品の買い物を済ませた。

 化粧品コーナーの前を通りかかった舞韻さんは、私の顔を見ると言った。


 「色物は、あまり使ってない系ね。基礎に関しては、洗面所の鏡の裏にオーナーのがあるから、それ使いなさい」

 「えっ!? 」

 「オーナーは、そう見えないでしょうけど、元・化粧品メーカーのセールスだったから、自分で化粧水と乳液は使ってるの」

 「そうなの? 」


 舞韻さんの言う通り、あのおじさんは、ファッションとかに無頓着そうだったので、その経歴は私にとっては意外だった。

 舞韻さんが言うには、舞韻さんに化粧の重要性を教えてくれたのは、あのおじさんだったそうだ。


 その後も、色々なフロアを回り、私に雑誌を何冊も押し付けるように買ってくれたりした。


 数時間が過ぎた頃


 「今日のところは、そろそろ帰りましょうか」


 と言われて、私は舞韻さんの車に乗って出発した。


 ショッピングを出ると、私はたまらずに、舞韻さんに言った。


 「あの……さっきの続きを訊かせて欲しいなって」

 「さっきって? 」

 「あの、舞韻さんが、17歳の頃から、あのおじさんと一緒にって話」


 舞韻さんは、「あぁ」と言うと、少し考えながら話し始めた。


 「私は、とある国の兵士で、フォックスは反政府側の傭兵だったの。分かる? 」


 私は頷くと、舞韻さんは話し始めた。

 舞韻さんは、若くして頭角を現し、その歳で部隊を率いる司令官だったそうだ。

 舞韻さんの部隊は、暴走した自国の特殊部隊の鎮圧を命じられて、向かったそうだが、この任務自体が、舞韻さんの部隊を疎む軍の策略による罠で、途中、部下の裏切りによって、舞韻さんは捕虜になってしまったそうだ。


 「私は、全裸に剥かれ、拘束具に繋がれて鎖で木に固定されたわ。部下が痛めつけられても何も出来ずに、見ていることしかできない。仲間に裏切り者がいるから、本隊には『異常なし』って報告されて、誰も助けに来ない。地獄だったわ」

 

 舞韻さんは、毎日昼夜を問わず、敵兵の慰み者にされたそうだ。


 「拘束されていて、口枷をされていたから、何もできないの。その状態で、犯される。そして、1回につき、部下1人が私が目の前でなぶり殺しにされて、1人、また1人と息絶えていく。でも、何もできない。体の自由が奪われていて自殺も出来ない。奴らの玩具として、されるがままの地獄を味わった」


 ある朝、舞韻さんは、何人もの敵から慰み者にされつつ、目の前で最後の部下が虐殺されるのを見届けさせられたそうだ。

 そして、昼になって自分自身も処刑台に揚げられた。遂に自分も終わりだと、覚悟を決めたそうだ。


 そこにフォックスおじさんが率いる傭兵部隊が急襲をかけてきた。

 目的は、特殊部隊の殲滅。反政府側は、特殊部隊に酷い目に遭わされてきたので、復讐のチャンスを狙っていたところ、特殊部隊のアジトを見つけて奇襲をかけたそうだ。


 「フォックスと目が合った時、私は奴らにされたのと同じ目に遭わされて殺されると思った。私たちは敵同士だからね。だけど、処刑台から私を解放したフォックスは、裸の私に上着をかけてくれて、自分の分の飲み水をくれた。貴重品の水を敵の私にね」


 その時、舞韻さんが日本人であることに気がついたおじさんは、こう言ったそうだ。


 『一緒に日本へ行って、自分のために生きるんだ! 』


 舞韻さんは、無意識に頷いていたそうだ。

 それから数日後に、舞韻さんとおじさんは、密航船を乗り継いで日本へとやって来たそうだ。


 「私は、日本語の読み書きは出来ても、日本で暮らしたことは無かったから、フォックスが一から面倒を見てくれた。ワンルームマンションで一緒に暮らしながら、私を高卒認定試験に向けて勉強させて、次は大学受験させてくれて、大学に通わせてくれたの。両親と死別した私にとって、フォックスは親代わりだった」


 私は、そこまでの話を訊いて、舞韻さんに、そんな壮絶な過去があった事を知って、ただただ驚いた。

 まだ出会って半日足らずだが、この人に対する第一印象は、凶暴で残忍なサディスト、そして、人の心が無い、鉄の女というものだった。


 しかし、この人は、私には想像も及ばず、そして、私の身に起こったらきっと耐えられないであろう経験をして、今ここにいるのだということを知って、私の彼女に対する認識は大きく変わった。


 そして、ふと気になったことがあったので、私は思わず訊いていた。


 「舞韻さんと、おじさんって、どのくらい一緒に暮らしてたの? 」

 「私が大学卒業するまでだから、5年くらいかな」

 「その間に、ヤったりとかしたの? 」


 舞韻さんは、ちょっと哀れんだような目で私を見た後、ふぅーっとため息をついてから言った。


 「燈梨は可哀想な娘ね。1回もないわよ」

 「若い娘がすぐ隣にいるのに? 」

 「オーナーにとって私は娘みたいなもの、私にとってオーナーは父親なの。それは、ペットの動物を食べたりしないのと同じ」

 「ふーん」

 

 舞韻さんの言うことは、理屈では分かるのだが、実際に世の中にそういう上手い話があるものなのかと考えると、私には懐疑的に思えてしまう。


 何故なら、私自身がそういう経験をしていない。

 今までに何も求めて来なかった人が1人もいなかったので、当然フォックスというおじさんも、いつかはそういう風に手を出してくるのではないかと思うのだが、舞韻さんはそれは無いと言う。


 どちらを信じるべきかで色々と考えを巡らせていると、いつの間にか車は、家へと到着していた。

 そして、私の様子を見た舞韻さんは言った。


 「オーナーは、今までの連中とは違うからね。無償で甘えなさい、そして自分のことだけを考えなさい」

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