第11話 弟子は強引で不器用なやり方ながら、捕虜の心の中に入り込もうと必死な件
何故だろう、私はマインとスーパーにいる。
お風呂から出た後、リビングに戻ったマインは、あのおじさんに向かって
「オーナー、一仕事の後で色々お疲れでしょう? ちょっと彼女をお借りして買い出しに行ってきますよぉ」
と言うと、私の手首をガッチリ掴んで、ずんずんと1階へと降りていった。
玄関にある私の靴を持つと、マインはお店の方へと回り、そこから外に出た。
この建物の外観を見るのは初めてだが、お店の外観を見るのも初めてだった。確かにバーだったというだけあって、結構シックな外観になっているが、入口の上にあるプレートの看板が、カフェレストランに替えられており、今の経営者のマインによって、少し客層に合わせた明るい感じに変えようとした跡が見える。
マインは、お店の前にある駐車場の端に止められた車の鍵を開けた。
淡い青のメタリックのセダンで、遠くから見てもそれと分かる目の覚めるような色合いだ。ホイールは真っ白で、コントラストをつけて足元を引き締めている。
目の吊り上がった顔周りは攻撃的で、いかにもマインが好みそうな車に見える。後ろに回ってみると、丸いテールランプが片側に2つずつ……車に疎い私でも、これで車種が分かった。スカイラインだ。顔周りの攻撃的な感じと言い、マインにピッタリだ。
「なに人の車をジロジロ見てるの? どうせ『この女、こんな派手な色のスカイラインとか乗り回して頭おかしいんじゃね? 』とか、思ってたんでしょ」
「いえ、そんなこと……」
私は、いきなり心の中を覗かれたような気がして、下を向きながら答えた。
「いいから、早く乗りなさい」
私は、昨日連れて来られた時の事を思い出して、
「あのさ、燈梨はタクシーに乗ったんじゃないよ? 遠慮せず助手席に乗りなさい」
マインの表情はニッコリしていたが、明らかに引きつっており、口調もとても嫌味に言われてしまった。
先に助手席に乗り込んで、ベルトを締めると、両手を合わせてマインに突き出した。
「なに? その手」
「いや……縛るんでしょ。抵抗しても無駄だから」
マインは、プッと吹き出しながら言った。
「何言ってるの、縛らないわよ。今までは、いつ逃げ出したり、襲ってくるか分からないから縛ってただけで、もう、その心配ないでしょ」
私は頷くと、マインはキーを捻ってエンジンをかけた。
恐らくスポーツマフラーに交換されているのではないかと思われる野太いエンジン音を響かせながら、車は出発した。
車を運転している姿を隣で見ると改めて思うが、マインは体格が小柄だ。
運転に差し障るような小ささではないし、シートも一番前に引いているとか、そういう訳では無いのだが、そう見えてしまう。
スカイラインのシートが大きめなのも、そう見えている要因なのだろう。
しかし、その小柄な体から発揮される力の強さと言ったら、半端ないのは、先ほどまでで充分、分かっているし、その残虐性に至っては、桁違いであることが実証されている。
あのおじさんが、やめろと言ったから、あのレベルで止めているだけだと言っていたが、本当にそれがなかったら、私は殺されていたのだろうか?
それを考えると、ゾッとすると同時に、私は、何もかも捨ててここにいるのに、命までは投げ出す覚悟が無いことを痛感させられる。
私は、それでよかったのだろうか? それも含めて考える事と時間が必要だと、その時初めて思った。
マインの声で我にかえった。
「えっ!? ゴメンなさい! 」
私は、聞き逃していたことを謝った。
この女、あのおじさんの目の届かないところだからと、無礼撃ちしかねない。そうしておいて、後で抵抗されたとか言い出しかねないのだ。
マインは、呆れたようにため息をつくと、言った。
「私が、あなたの事を脅し過ぎたのは、謝るわ。だから、その私の機嫌を損ねたら殺される的なリアクションはやめなさい」
私が頷いたのを見ると、続けて言った。
「悩んでるみたいだから、声かけないようにしてたけど、1つだけ言っておくわね。あなたは、生きていていいのよ。むしろ、生きていなきゃいけないのよ」
「えっ!? 」
私は、マインの心の中を見透かしたような一言に、思わず反応してしまった。
それを見たマインは、ニヤッと笑うと言った。
「やっぱりそんな事、考えてたんだぁ。何悩んでいるかは知らないけど、今回の事はね、本来最大のタブーなの。目撃者を生かしておくなんてさ。だけど、フォックスはちょっと色々あったから、今回はこんなことしたのよ。その最大のラッキーは活かしなさい」
私は、それを訊いて心が凄く軽くなった気がした。
私は、本来殺されるところを、あり得ないくらいの確率の幸運によって生き延びられているのだという事に。そして、それが故に生きなくてはいけない事に改めて気づかされた。
そして、そのことを、ここでぶっちゃけて教えてまで、私にその事を伝えようとしてくれたこの人になら、私が何もかもを捨ててまで、今ここまで流れてきた理由を話したい、と思った。
「マイン……さん」
「なぁに? 」
「あの……私がなんでここまで……」
と、言ったきり、声が出なくなってしまった。
口はパクパクと動くのだが、その先の事が、言葉となって出てこないのだ。
マインは、素早く車を路肩に止めると、シートベルトを外して、助手席に乗り出して私の肩を抱くと言った。
「分かったぁ。それ以上はまだ話せないんだよねぇ。分かるよ! 分かるから、今日無理に全部話す必要ないよ。いつか話せるようになったら、ゆっくり訊かせてねぇ」
私は頷くと、自分の情けなさに下を向いたまま、顔を上げられなかった。
すると、マインは缶の紅茶を買ってきて、渡すと、自分も飲みながら
「人には多かれ少なかれ、抱えていて話せない悩みなんてあるもんだからさ、それを今、無理に話すことは無いよ。燈梨の場合は事情が特殊だと思うからさ」
「うん、でも……」
私は、それでも話したいと思ったのに、声となって出なかったのだ。
その様子を見たマインは
「分かるよ。私になら話したいかも……と思って、話そうとしたら……だったんでしょう? 」
私は頷いた。
「つまり、それはまだ、燈梨の心が拒否してるんだよ。整理が付いてないから。だから、あの家でゆっくり考えよう。そのための時間はいくらでもあるはずだからさ」
私が落ち着いたのを確認したからだろう。マインは、運転席に戻って車を出発させた。
それで気がついたのだが、このスカイラインはMT車で、マインは、それをものともせずに動かしているのだ。
走り始めてしばらくすると、マインはこちらをチラッと見た後で言った。
「実はね、私も、17歳の時にオーナーに拾われて、一緒に暮らしてたんだぁ」
「ええっ!? 」
私は、あまりに唐突に、そして、あまりにも意外な過去をカミングアウトしたことに驚いていると、車は、ちょっと大きめの商業施設に到着した。
駐車場の2階フロアに車を止めると、おあずけを喰った犬のように、自分を見る私の目線に気付いたのか、へらっと笑って
「ゴメンね。続きは帰り道でね」
と言った。
私はあまりの寸止めに、早く買い物が終われと、心から願った。
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