第9話 弟子は若い娘に対して非常に厳しく当たるのは、決して妬んでいるからではなく、自身の経験があるからだと、説いた話

 舞韻と縛られた燈梨と共に、1階の店の上がってきた。

 舞韻はテーブル席に燈梨を座らせてから俺に


 「座ってください」


 と言うと、窓側の席を勧めた。

 俺は、場所の確認を終えると燈梨の後ろに回って縄を解こうとした。

 すると


 「ダメです! 」


 と、舞韻が声を荒げて言った。

 舞韻は包丁をこちらに向けて構えると言った。


 「オーナーには当然、かすりもしませんが、その娘の心臓には一直線ですよぉ」

 「如何どうしろと言うんだ? 」

 

 舞韻は、包丁の刃先を舐めながら言った。


 「オーナーは、ゆっくり座っててくださぁい。もし、その娘の縄を解いたりしたらぁ、可哀想に……ですよぉ」


 舞韻は、燈梨の喉笛に包丁を向けながら言うと、にこやかにキッチンに向かった。


 俺は、舞韻の目が離れた隙を狙って、席を立って燈梨の方へと向かおうとしたが、燈梨は目尻に涙を溜めながら黙って首を横に振り続けていた。

 さっき、舞韻のダーツの腕を見て、燈梨は舞韻の機嫌を損ねたら、確実に殺されると脳内にインプットされてしまったのだろう


 舞韻は、キッチンに向かって、炒め物をしながら声をかけてきた。


 「燈梨ちゃん……だっけ? 」

 「うん! 」

 「もう少し待っててね。温かい方が、美味しいから」

 「うん」

 「それでぇ、もし、身体が痛かったらぁ、フォックスに言ってぇ、縄を緩めて貰っても良いのよぉ~」


 舞韻はにこやかに言っているが、フライパンの向こうからキラッと光るものがこちらを狙っている。恐らく千枚通しの、シャフトを強化したものだろう。

 しかも、舞韻は、光の弾道を計算し尽くしていて、俺には一瞬見えるだけだが、燈梨には反射の光で眩しいくらい存在をアピールしていた。


 「大丈夫……全然痛くない」

 「そう!? 痛くないのも問題ねぇ……だったら、お昼終わった後で、私がしっかり縛り上げておくわね。正しい姿勢で縛られてると、案外痛くないけどね」


 舞韻は、全員分の昼食をテーブルに運ぶと、ダージリンティーを3人分運んできて、自分もテーブル席に着くと、隣に座る燈梨の口に、またガムテープを貼り付けた。


 「!! 」


 燈梨が目を白黒させながら、舞韻を見るが、舞韻は意にも介さず、紅茶の香りを楽しみながら一口飲んだ。


 俺は、舞韻の残酷性を垣間見た。

 舞韻は、空腹の燈梨を縛ったまま、更には口も塞いでおいて、目の前に食べ物を置いて食べさせないという究極の拷問を行う気なのだ。


 しかし、燈梨に拷問をして吐いて貰うような内容は既に無い。

 いや、正確には無いことも無いのだが、今すぐ知る必要は無いし、下手に突っ込んで訊けば、燈梨の心のドアを固く閉ざしてしまうことになりかねないのだ。


 舞韻は、拷問の名手なので、そこのところの心得はある。

 では、何故こんなことをするのか? 

 それは、燈梨のさっきの態度に対する舞韻の怒りの現れを燈梨に示して、復讐しているのだ。


 舞韻は、自分の今までの家出生活に、苦言を呈したことに対して、燈梨が喰ってかかったことに、非常に腹を立てている。

 舞韻は、誰も助けてくれない状況に追い込まれ、輪姦されながら死を覚悟した自分の境遇を当てはめて、燈梨に対して非常に恵まれた環境だと思っているだろう。

 その恵まれた環境にいるのに、開き直る燈梨に対して無意識に怒りが湧いているのだ。


 目の前に置かれたメニューは和風イタリアンの創作メニューで、グラタンと、ハーフパスタのセットだ。

 舞韻の創作として今日のそれには、抹茶パウダーで味付けされており、しつこくなく、甘すぎない、お手軽イタリアンランチといった趣のメニューだ。


 この店の客層は、近くにある会社や工場の従業員という層の他に、近所の主婦や、学生を含む若い女子という層も多く、舞韻は、どちらかと言うと、そちらをメインにメニュー作りなどをしている傾向がある。


 俺は、口火を切った。


 「あの、舞韻……さん? 」

 「どうぞ、2人とも、温かいうちに食べてくださいね」

 「それで、燈梨の手なんだが」

 「あら? どうしました? 」


 白々しい。これは分かってやっているに違いない。


 「解いてやって貰えないだろうか? 」

 「ダメです! 」

 「じゃあ、せめて縛ったままでも、前手にするとか」

 「ダメです! 」

 「じゃあ、口に貼ったテープを……」

 「剥がしません! 」

 「でも、それじゃあ、食べられないと思うんだが……」

 「パスタは、鼻から啜ればいいんじゃないですか? 」

 「ううー! 」


 堪り兼ねて燈梨が声を上げた。舞韻は燈梨をジロっと睨むと、すぐさま


 「大丈夫よぉ、3日くらい抜いても影響ないからぁ。少し、元気が余り過ぎてるように見えるわねぇ。もう少し、ダイエットしようかぁ」


 と、ニッコリしながら言った。

 燈梨は


 「ううー! うむむうー! 」


 と、身体をジタバタさせながら叫んだが、椅子に縛り付けられていなかったために、バランスを崩して床に倒れ込んでしまった。

 俺が助けに立ち上がると、次の瞬間、舞韻が言った。


 「オーナー! 手を出さないでください」

 「しかし、これじゃ立ち上がれんぞ」


 舞韻は、人差し指を口に当てて『しぃー』のジェスチャーをすると、床に転がった燈梨の前にしゃがみ込み、燈梨を見下ろしながら言った。


 「分かる? あんたは世間的には、今の状態なの。手助けが無きゃ転んでも起き上がれないし、何も食べられもしない」


 燈梨はコクコクと頷いた。

 舞韻は、床に倒れた燈梨の上に座ると、続けて


 「なのに、あんたがフォックスに悪態を突こうなんて、1000年早いのよ。あんたは、今まで身体で払ったから1人前のつもりでいたんでしょうけどぉ、そういうのを『下衆の物々交換』って言うのよ、取引とは言わないの! 分かる? そんな手段しか使えないあんたは半人前どころか、1/4人前なの」


 燈梨は身じろぎもせず訊いていたが、その目には涙が光っていた。

 舞韻は、見かけとは違って、戦場出身のスパルタ派なのだが、燈梨は基本が甘ったれなので、舞韻のやり方では、燈梨がついてこられないだろうと思う。


 俺が、舞韻にアイコンタクトを送って、もう、止めてやるように促すと、舞韻は、燈梨の上から立ち上がり、燈梨を立たせて、縄を解きながら


 「分かった? 泣くのは、図星を突かれたからでしょ。泣くくらいなら、もうやめなさい。ここにいれば、そんなことしなくても済むんだから、それと、自分を安売りしちゃダメだからね! 分かる? 」


 燈梨は黙って頷いて、久方ぶりに自由になった自分の手をまじまじと眺めていた。舞韻は、さっきの席を薦めると


 「温めてくるから、お茶でも飲んで待ってなさい」


 と、言って全員分の食事を一度引き上げて、厨房へと戻っていった。

 俺は、舞韻の淹れた紅茶を飲みながら、涙が目尻に残る燈梨におしぼりを渡してやった。

 そして、少し前屈みになってから小声で言った。


 「舞韻の奴の事を、恨まないで欲しい。アイツは、想像もつかない程、酷い目に遭わされてるんだ。その経験から、その頃の自分と同年代の娘にはつい厳しくてな」

 「酷い目って、どんな? 」


 俺は、振り返って舞韻が、気付いていない事を確認すると言った。


 「それは、またの機会にする。アイツは、7年経った今でも、たまに夜中にうなされるくらいのトラウマだ」

 「おじさんは、知ってるの? 」

 「ああ、殺される寸前のところを、俺が助けて日本へ連れてきた」

 「マインって、外人? 」

 「日本人だ。ただ、生まれも育ちも外国だがな」

 「へぇー」

 「しかし、良かったな」

 「えっ!? 」


 燈梨は、意味分からんみたいな表情で訊いた。


 「舞韻の奴は、相手のプライドをズタズタにしてからでないと、腹を割って話をしないから、これで、少しは舞韻に信用されたってことだ」

 「超性格悪いんですけどー」

 「そう言ってくれるな。この世界では、簡単に人を信用する奴は、長生きできないからな」


 そう言って紅茶に口をつけたところで、舞韻が


 「お待たせしました」


 と言って、さっきの創作料理を持ってきた。

 それを見て、俺は気がついた。

 さっきのはデザートがついてなくて、今回のはついている。

 舞韻は、最初から一芝居打つつもりでいたという事だ。


 「まったく」


 俺は紅茶に再び口をつけて言うと、舞韻が俺の方を見てニコッと笑いながらウインクをした。

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